その416

キルトログ、内なる嫉妬と戦う

「おいしいところを取られた」
 床に散乱した怯懦のかけらを拾いながら、Landsendは悔しがっていた。魔法陣を脱出すると、RuellやRagnarokが、祝福の拍手をしながら我々を出迎えた。Urizaneが危険な目にあう一幕もあったが、基本的にTTは、我々の掌の上で踊っているに過ぎなかった。完璧な勝利である。

 私のささやかな復讐は果たされたが、思ったほどの感慨はなかった。敵はまだ4体も残っている。トゥー・リアにいるのは機械の庭師ばかりで、TTの戦死をエルドナーシュに伝える者はおらぬ。我々の襲撃が発覚するまで時間がかかるだろう。だが、安心してばかりはいられない。もし奴らがエネルギー感応のような能力を持っているなら、仲間の死を既に感じ取ったかもしれないのだ。

 
 我々は第二の「ラ・ロフの劇場」に到達した。屋根の下の扉、その奥に広がる魔法陣。景色は先刻とほとんど変わらないが、中で待つ相手が何より違う。ミスラの姿をしたアークエンジェルMRは、シーフと獣使いの能力を併せ持つ強敵である。

 MRについても事前の情報を得て来た。奴は戦闘に際し、自分のペットであるモンスターを召喚する。かつて、古代の虎や、マンドラゴラと一緒にいたのを目撃されている。こいつらに加担されては厄介なので、Steelbearが「魔法で眠らせる」と言った。MR自身も、睡眠効果のある技を使ってくるらしい。全員が寝てしまっては危ないというので、睡眠耐性のあるナイト――Parsiaと、忍者のRuellが一緒に行くことになった。本格的な盾役が二枚いるのは非常にたのもしい。

 最大の懸念は、MR得意のあやつるアビリティである。獣使いがモンスターを捕まえるとき使う技術が、我々に対して用いられるのだ。術中に落ちてしまった人間は、あわれMRに魅了されて、機械的に奴の味方となってしまう。メインの盾役を張るのはRuellだ。彼に敵に回られては大変である。
「そのときは、Kiltrog隊を全滅させますから」
 頼もしいんだかそうでないのかわからないことを言う。結局ペットと同じように、あやつられた仲間は眠らせることにしたが、睡眠対策にみんなで毒薬をあおる予定だから、首尾よくスリプルがかかってくれるとは限らない。難しいものである。


 みんなで武器を振り上げ、必勝を誓い、魔法陣に飛び込んだ。小部屋から闘技場へ続く道。やはり景色は先刻と変わらぬ。思うに、ラ・ロフの劇場というのはすべて同じような場所なのだろう。

 円形の闘技場を取り囲む堀から、青い、クリスタルを思わせる光が立ち上っていた。オーロラのカーテンの向こうに見えるのは、前屈姿勢を取った小柄な人影である。右手に握っているのは、どうやら片手斧のようだ。見たところ、MR以外に敵影は見当たらない。

「内なる嫉妬が、お前たちを齧りとる……」
 MRはきりきりした声で言った。そのとき奴の顔は、当の「内なる嫉妬」に支配されて、歪んだ笑みを浮かべていた。もとより負けられない勝負ではあるが、たとえ万が一にも、このような醜い感情に遅れを取ることがあってはならぬ。

 
 私とRuellとParsiaは、遠巻きにMRを囲み、じりじりと間合いを詰めていったが、奴も身構えているばかりで、一向にけものを呼び出す気配がない。さすがはクリスタルの戦士、その体勢には一分の隙もないが、こうしてにらみ合っているわけにもいかぬ。最初に動いたのはRuellだった。鬨の声をあげながら、片手剣で切りかかり、すかさず強力なスピリッツウィズインを叩き込んだ。しかし敵もさるもの、冷静にハボックスパイラルを打ち返してくる。横なぎに斧を振り払い、Parsiaの装甲を傷つけ、私とRuellの胸をさっくりと切り裂いた。こんな鋭い技は見たことがない。アークエンジェルだけが体得している古代の斧技なのであろうか。

 MRはしばらく、Ruellと派手な斬り合いを続けた。その援護に入りながら、ふと傍らに目をやると、青々とした毛皮の大きな虎が、凶暴な牙を剥いている。MRの飼い虎に違いないが、いったいいつの間に呼び出したのだろう。

 Steelbearがスリプルの呪文をかけたので、虎は彼に飛びかかっていった。魔法を数度繰り返したのち、凶暴なペットは床に転び、穏やかないびきをかき始めた。我々の戦いで起こすことがあってはならぬ。我々はじりじりと後ろへ下がり、けものと距離を取った。これで虎が戦線に復帰しても、Steelbearが呪文を使う時間を稼ぐことが出来る。


 MRはひどくすばしこいという評判だったが、実際に戦ってみた限りでは、決してついていけないほどではなかった。とはいえ、超一流の斧使いであることに変わりはない。奴はRuell、Parsia、私の3人を相手にして、堂々と片手斧を振るい、鋭い斬道で分身を切り裂いていった。Ruellの空蝉が間に合わぬほどであり、そんなときは鉄の刃がRuellを打つのだったが、彼が身を呈して的になってくれたおかげで、敵の側面に隙が生まれ、私が斧を思い切り打つことが出来ていたのである。

 鋭いランページが、幾たびかRuellを斬り刻んだが、Leeshaの注意が行き届いていたおかげで、致命傷を負うことはなかった。このまま打ち合って、MRを徐々に追い詰めようと思ったときである。奴の肩口を捉えたはずの斧が、不意に宙を切った。すかさずバックハンドで斬り返したが、MRは難なくかわしてしまう。絶対回避だ! シーフのアビリティであり、30秒の間ではあるが、物理攻撃をすべて無効にしてしまう。ここで絶対回避を切り出すとは! 今のままでは追い込まれるとみて、早め早めに勝負に出て来たに違いない。

 我々は落ち着いてMRから離れた。すかさず魔法の攻撃が始まる。Steelbearがグラビデ、Parsiaがフラッシュ、Ruellが捕縛の術――3人がMRの力を弱めにかかる一方、Urizaneは大胆にもサンダー4を唱えて、一息にとどめを差しにいった。だが敵もさるもの、唐突に大きな金切り声を上げ、私たちの動きを封じた。耳障りな咆哮! それはもしかしたら、奴の醜い嫉妬が表出したものかもしれぬ。私たち――前衛3人とSteelbear――は麻痺してしまい、あやうく得物を取り落とすところだった。Leeshaのパラナが回るまで、しばらく時間を要した。その騒動の間に、絶対回避の効果は過ぎ去ってしまったが、ラ・ロフには新たな危険が生まれつつあった……唐突に古代虎がその目を覚ましたのである。



 痺れが取れたばかりのSteelbearが応対した。魔法はすぐにはかからず、彼は凶暴な虎に何度も噛みつかれた。その傍らで、私たちとMRとの死闘も続いていた。UrizaneがTTを屠った魔法――ブリザド4を高らかに詠唱すると、MRの周囲の空気がぴきぴきと音を立て始め、氷の刃が硝子のように降り注いで、敵に無数の切り傷を作った。奴は憤怒の表情で、Ruellに思い切りランページを叩き込むと、Urizaneに標的を変えた。斧を身構えて駆け寄っていこうとするが、Ruellがそうはさせなかった。逆手に持った2本の刀で、鋭くMRの背中に斬りつけたのである。

 けだし、目にも止まらぬ太刀さばきとは、彼の技のためにある言葉だろう。Ruellの刀は、一瞬にして計5度、MRの身体を切り刻んだ。これぞ! 東洋に伝わる刀技の最たるものであり、忍道の奥義とされている。レベルの上昇とともに覚えられるような技術ではない。彼は修行してこの最終奥義を会得していたのである(注1)。

 彼の後について、私も負けじと斧を振るった。ランページ! マンイーターとジャガーノートが、右へ左へ、容赦なくMRの小柄な身体を叩く。最後の一撃が脳天に決まろうとしたが、MRは首をすっと傾けて、急所を打たれるのを避けた。とはいえMRは瀕死である。もはや戦の大勢は決まりつつある。

 再びハボックスパイラルが来た。ホーバージョンの胸板を通してなお、伝わる鋭い痛み! MRは続けてカラミティを打ち込んできた。私はかろうじて斧で受け止め、後ろに跳びすさった。いったい奴の身体のどこに、そんな余力が残っているのだろうか? 恐るべしクリスタルの戦士! たとえ旗色が悪くなっても、敵にうしろを見せず、果敢に得物をうち振るい、一人でも斬り倒して果てようという覚悟なのだ。

「沈めます」
 Urizaneが冷静に言い、呪文を唱え始めた。RuellとParsiaが立ちはだかっていたので、MRに詠唱を止める術はなかった。奴の頭上から、再び氷の刃が降りかかる! 今度こそそれは、MRの息の根を止めたかに思われた。だが、奴はしぶとかった。体温は無残に下がり、皮膚は引き裂かれ、絶対零度に冷やされた鎧によって、焼きごてを当てられたような苦痛を味わっていても、まだ奴は死ななかった。黒い斧を上段に構え、いかにも弱々しい手つきではあるが、瀕死の重傷を負っていてなお、更なる一撃をUrizaneに加えようとしている。

 私の挑発は間に合わなかった。ハボックスパイラルが一閃して、Urizaneばかりか、SteelbearとLeeshaにまで深い傷を負わせた。私は奴の首筋に斧を叩き込み、強引にこちらを振り向かせた。このまま奴を引き連れ、後衛から安全な距離を保とう。そう思ったときだった。私の身体の陰から、鋭くRuellが飛び出し、全身全霊の力を込めて、MRを袈裟がけに斬り下ろした。

 それが致命傷だった。MRは床に倒れ込み、再び大きな咆哮を挙げた。内側から炎が吹き上がるように、叫び声も強さを増したが、やがてふっつりと途切れ、奴も――今度こそ――完全に全ての動きを静止した。

 アークエンジェルMRは絶命した。私は斧の先で死体をさぐり、奴の身体から、嫉妬のかけらを入手した。これが奴の原動力だったに違いない。だがそれにしても、最後までMRを捉えて離さなかった負の感情――奴自ら嫉妬と呼んだのだが――いったいそれは、何に向けられた羨望だったのだろう?


(06.01.13)
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