その425

キルトログ、最終決戦に臨む(3)

 私は斧を振るいながら、呆然と倒れたふたりを見つめた。

 悪いときに悪いものが重なった。敵の挑発が間に合わなかったのは、私のミスである――しかし、フェイズシフトのダメージを受けた直後に、玉が目を覚ましたことは、不幸以外の何ものでもない。Steelbearは瀕死の状態で、体力を回復する余裕がなかった。奴らがあと10秒寝ていてくれたら、と思うと、嘆いても嘆き切れぬ。

 Leeshaが、女神の祝福を使った。彼女とSifはたちまち回復したが、私とLibrossは、エルドナーシュに釘付けになっており、恩恵を受けることが出来なかった。奴がスリプガ2を唱え始める。そのとき私は、身体から毒薬の痺れがなくなっているのに気がついた。
「しまった」
 エルドナーシュの魔法が効いた。がくっと全身の力が抜けた。重くなった瞼の向こうで、玉と格闘しているLeeshaが見えた。Librossが「くそっ!」と舌打ちをした。彼もバインドで縛られている。後衛がピンチだからといって、助けに駆け寄ることさえ出来ないのだ。

 どこかでぶつぶつと、呪文を囁く声が聞こえた。途端、凍てつくほどの猛吹雪が襲ってきて、私は吹き飛ばされてしまった。古代魔法フリーズだ! 思わず地面に倒れ込んだ。心臓が脈を弱くして、死んだかと一瞬思ったが、持ち応えた。無駄に頑丈な身体を持ち、体力を持て余すこともあったのが、今ではありがたかった。私は立ち上がれる。まだ、やるべきことが残っている。

 フリーズは強烈な目覚ましとなったが、睡眠の代償は大きかった。エルドナーシュは機械に乗ったまま、滑るようにLeeshaのところへ移動し、フレアを唱え出した。綺麗なオレンジの光が吹き上がり、Leeshaの身体を包み込んだ。彼女は身体を焼き尽くされてしまい、前のめりにばったりと倒れ落ちた。そうであろう。そもそも体力のない妻が、強力な古代魔法に耐えられようはずもない……。


「うおおおおお!」

 私は怒りの咆哮を挙げ、エルドナーシュを挑発した。戻ってきた奴の身体を、思い切り斧で殴りつけた。Sifが玉に襲われているが、私とLibrossは手一杯だ。魔王子の相手をせねばならぬ。
 パーティはすでに、3人が失われた。Sifは玉を寝かせられるだろうか? きっと、睡眠を呼び起こす歌があるはずだ。しかし、もし彼がそれに成功したとしても、事態の好転は難しい。Sifの魔力は尽きかかっている。そんな状態では、私とLibrossが手痛いダメージを負ったときに、とっさの回復役を務めることは難しい……それが出来るのは、もはや彼しかいないというのに。

 絶体絶命!

 ふと視界の端を、大柄な人影が駆けていくのが見えた。その人物は、Leeshaに駆け寄り、動かない彼女を助け起こした。真っ赤な衣装……ガルカ……Steelbearだ! あらかじめ、彼はリレイズを使っており、頃合いを見て復活して来たのだ!

 彼はスリプルを唱え、玉をたちまちに眠らせた。そうだ、妻もリレイズが使える。彼女はあらかじめ、それを自分にかけているはずだ。だとしたら、彼女も息を吹き返すだろう。虚弱状態だから、100%の補助は期待できない……しかしこの戦いに、まだ少しだけ希望を持つことが出来る……ほんの少しだけでも。


「夢想阿修羅拳!」

 Librossの拳が、再びエルドナーシュを撃った。奴はLibrossに向き直った。魔王子の身体が、ゆらゆらと揺れている。奴がふらついているというより、台座が安定感を失っているのだ。斧と拳の攻撃を何度も食らったせいで、浮遊機械が壊れ、異常をきたしているものらしい。

 エルドナーシュはLibrossに向かって、詠唱を始めた。
「トルネド!」 

 させぬ。

 私はすばやく空蝉をかけ、奴を挑発した。標的がこちらに移った。すかさず斧の一撃、二撃。Librossが側面から続いた。彼のパンチが台座を直撃した。ずどんという快音! ダメージが一直線に通り抜けた。機械がじじじ、と異音を放ち始める。エルドナーシュが詠唱を辞めて、思わずあっと息を飲む。

 台座が爆発した。我々は飛び退った。魔王子は空中に投げ出され、地面に身体をしたたかに打ちつけた。遂にやった! 私はとどめを差すために、奴に走り寄った。マンイーターを握る手に、力が篭った。このままひと思いに額を割ってしまえば、ジラートの一万年の野望を――全てを終わらせることが出来る!



 私は立ち止まった。

 機械の爆発に巻き込まれたかららしい。エルドナーシュのローブは、ところどころが破れ、焼け焦げていた。地面に転がり落ち、うずくまっている姿は惨めだった。今では、ぼろ布のかたまりにしか見えなかった。ジラートの王子ともあろうものが……だが、しかし……。

 私は、斧を引き抜く手を止めた。ひと思いにとどめを差すことが出来なかった。慈悲ではない――この期におよんで! 本能的な危険を察知したからだ。エルドナーシュの身体からは、紫色の霊光が、炎のように吹き上がっている。奴の身体の奥から、エネルギーが溢れ出しているのを感じる……。この男、まだ余力を残している!

「お前たちを……少し甘く見すぎていたね」

 エルドナーシュは、幽鬼のような声を出した。

「そうだね……カムラナートを倒したんだからね……不肖の弟とはいえ、あいつだって全然弱くなんかなかった。ましてや、アーク・エンジェルたちはさ! あいつらに守護役をやらしたりせず、お前たちにまとめて当たらせておけば、こんな苦労をすることはなかったものを」

 奴はゆらりと立ち上がった。左目の眼帯が吹き飛んでいた。そこから覗いているのは、黒い空ろではなく、奴の内側から噴出している、紫のクリスタルの輝きである。

「本気を出すとしよう……選ばれた者には……こういうことが出来る」

 エルドナーシュは、空中に跳躍し、突然、虚空にその姿をかき消した。

(06.02.09)
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