その426

キルトログ、最終決戦に臨む(4)

 エルドナーシュは、宿星の座の虚空にかき消えた。

 私は首を振り、奴がどこに行ったのか確かめようとした。「来て!」とLeeshaの呼ぶ声。我々は再び一つ所に集まり、体勢を立て直した。痛みと疲れを癒す回復魔法。だがそれは、新たなる戦いのためのものだ。最終章はまだ終わってはおらぬ。

 魔王子が姿を見せるなり、すぐさま攻撃できるように、私は2本の斧を抜き、油断なく身構えた。悲鳴がすぐ後ろであがった。「来た!」Sifが叫んだ。Librossの背後に、小柄な人影がある! それは空中を漂っていて、全身が霊光できらきらと輝いていた。Librossを後ろから襲おうとしたが、危険を察知した彼が、さっと身体を傾けた。エルドナーシュの拳は空を切った。魔王子は小さく舌打ちをして、Librossにフレア――Leeshaの命を奪った呪文を唱え始める。

 詠唱でエルドナーシュが動かない間、Steelbearは冷静に魔法を使った。スロウ、パライズ! 弱体魔法がエルドナーシュを包み込んだ。ほとんど同時に、フレアの光がLibrossを襲ったが、焼き尽くされたと思ったのは、紙で出来た分身に過ぎなかった。彼は前もって、空蝉の術をかけ直していたのだ。

 Librossが走り出して、後衛と距離を取った。私も後に続いた。後ろを向いて身構えたのだが、エルドナーシュは、再び空中にかき消すようにいなくなった。どこへ行った? きょろきょろ辺りを見回すと、思いがけず近くで標的を見つけた。Librossの背後で、冷酷な笑みを浮かべながら、エルドナーシュが一撃を加えようとしている!


 奴は思い切り、Librossの無防備な背中を殴りつけた。
 今度は、確実に命中した。
 Librossがぐらっとよろめいた。エルドナーシュは格闘家ではないが、その小さな拳には、クリスタルの力が宿っているらしい。Librossの様子を見るに、想像以上のダメージのようだ。身体が小さいからといって、まったく油断はならぬ。

 エルドナーシュは、再びLibrossに攻撃を加えようとした。その身体が不意に引きつった。パライズだ。私は奴に向かって、思い切り斧を振り下ろした。

「ランページ!」

 斧が何度か空中を切った。失敗した! 魔王子の身体を直撃とはいかなかった。せいぜい2度当たった程度に過ぎない。しかし刃は、霊光の皮膜を通して、しっかりと奴の肉体に食い込んだ。手ごたえから察するに、奴の防御力は高いとはいえない。小さなエルドナーシュが、私以上の体力自慢とも思えない。瞬間移動にエネルギーを割いているからか、奴の肉体は打たれ弱い。何とか着実にダメージを重ねていければ……そのためには、何としても奴のスピードに食い下がらなくては。

 Leeshaがレイズを唱えていた。Parsiaを蘇らせるのだ。Sifがエルドナーシュに向かって、修羅のエレジーを吹き鳴らした。Steelbearがチョークを唱えた。歌と魔法の効果が、たちまちにエルドナーシュを襲った。攻撃の間隔が長くなり、体力が徐々に――真綿で首を絞めるように――失われていく。しかし魔王子は、意に介した様子もなく、Librossにクエイクを詠唱する。彼の分身が吹き飛ぶ。

ヴォーテクス!

 エルドナーシュの身体が、一層高く浮遊し、再び舞い降りてくる。奴の身体がいっそう光輝き、衝撃波がParsiaとLibrossを襲う。ふたりは石のように硬直してしまった。ダメージはさほどではないようだが、Parsiaには深刻なはずだ。Leeshaのケアルがかかっていなければ、彼女は倒れてしまっていただろう。

 そう、LeeshaとParsia、Steelbear。彼女たちの衰弱はまだ続いている。ケアルをフルに使ったとしても、子供同然の体力しかない。エルドナーシュの攻撃を受けさせてはならない。とりわけ、防御力の低い後衛には。回復の要となるLeeshaには。
 エルドナーシュの姿が消えた。今度は後方に姿を現した。白いローブを着た、Leeshaの背後だった。エルドナーシュの拳が、どん、と彼女の心臓を撃ち貫いた。

 Leeshaは倒れた。あっけない最後……二度目の死。


 Leeshaがフレアでやられたとき、妻にはリレイズがかかっていた。彼女はそれで復活できた。だが、リレイズは二重に使うことが出来ない。誰かにレイズをかけて貰えば、また息を吹き返すだろう……だが、誰に? それこそが彼女の役目だった。Parsiaはナイトだから、蘇生魔法が使えるかもしれない。だが、こんなぎりぎりの戦いの中で、そんな余裕があるだろうか? 回復役がやられてしまった以上、その役割は、残りのメンバーが担わねばならぬ。Sifと、Steelbearと、Parsia。そのうちふたりは手負いである。レイズには膨大な魔力が必要だ。Leeshaを救うことは、今の我々には出来そうもない。

 エルドナーシュが、再び姿を現した。Sifの背後だった。「うお!」と彼が声を挙げる。Librossが歯ぎしりをする。「くそ……バインド!」彼とParsiaは固まってしまっている。助けられるのは一人だけだ。ヴォーテクスに巻き込まれなかった、アタッカーの私、戦士のKiltrog。

 私はエルドナーシュに駆け寄った。挑発をして、正面から思い切り殴りつけた。奴の右手から衝撃波が放たれる。胸に強烈な痛み! すかさず空蝉の術を使う。それは、すんでのところで間に合った。呼び出されたばかりの分身は、エルドナーシュのトルネドに巻き込まれて、あっという間にばりばりと剥がれ去ってしまった。

 バインドの解けたLibrossが駆け寄って来た。「夢想阿修羅拳!」エルドナーシは身を捻って直撃を避けた。Librossは、懐から薬瓶を取り出した。秘薬イカロスウィングを使って、魔王子を追い込もうというのである。
 そのとき、傍らにいたSifが、高らかに楽器を鳴らした。

「進軍のしらべ!」

 栄光の凱旋マーチが、我々を包み込んだ。エルドナーシュのしつこい攻撃を受け、Sif自身瀕死であるにもかかわらず、それはとても美しい音色で、疲れた我々を癒し、鼓舞した。

 栄光の凱旋――。


「Kiltrog。生きて帰るの。絶対よ」

「野暮を承知で言う。旦那、ヴァナ・ディールを頼む」

「我々こそ、クリスタルの戦士……すでに運命を選んだ」

「さあ、お前さんの本気を見せてもらおう」


 戦いには、賭けどきというものがある。私は、数々の経験から、それを学んだ。私は戦士だ。未熟なりに努力をして、今の境地に辿り着いた。マート翁との激闘を経て、強く悟った――戦士は常に、これより来たり、これに帰る。そうではないか? 師よ。そうではないか? 女神よ。

「勝負だ……ジラートの王子エルドナーシュよ……全力で行くぞ! マイティストライク!!

(06.02.08)
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