その432 キルトログ、聖者の招待を受ける(1) 「Kiltrog、きみに召喚状が来ているのだ」 天の塔ガード詰め所を訪れたとき、隊長のゾキマ・ロキマが私に言った。彼が封筒を差し出す。なるほど、星の神子さまの封蝋がついている。私は無造作に封筒を開けて、中を確かめた。早急に出頭するように、という短い文章で、具体的な指示はない。会って話すということなのだろう。 「けっこう前に出された文書なのだが、渡すのが遅れてしまった。なかなかきみが帰国しなかったからな」 「すいません」 「大事な用事でもあったのかな? ジュノの方で」 「ええ、まあね」 「何にせよ、無事に渡せてよかった」 ゾキマ・ロキマはにっこり笑った。 「聞いているか、例の、口の院院長に対する処分……」 「まだ闇牢の中なのですか」 封書を折り曲げながら尋ねた。ゾキマ・ロキマは「知っていたか」とかぶりを振った。彼の様子を見る限りでは、何か進展があったというわけではなさそうである。 「闇牢につながれるなど、20年ぶりの重刑だよ。アジド・マルジドといえば、切れ者で通っていたのだが、あわれなものだ。功を急いだのだな。過ぎた野望は身の破滅を招く……」 「まこと」 「ところで、彼に協力していた冒険者がいるらしいぞ」 「そうですか」私は顎を撫でた。 「では、その冒険者も捕えられたので?」
ゾキマ・ロキマは、ふるふると首を横に振った。 「そういう話は、ついぞ聞かないな。それに、手配書が回ってきているというわけでもないし」 「セミ・ラフィーナどのは有能なお方です。そんな人物がいるなら、必ず正体をつきとめるでしょう」 「彼女の考えているところはわからんよ。こういうことをあまり言いたくはないが……種族が違うと、考え方もずいぶん違う。こう見えても、私はガードを務めて長いのだが、日ごろ仲間として接しているにもかかわらず、まだ真にミスラを理解できないでいるのだ」 「お察しします」 「そして、ガルカの気持ちもな」 「……」 「しばらくは、冒険者に対する警備を、厳重にしなければならない」 ゾキマ・ロキマは背筋を伸ばした。 「きみたちに対して、つらく当たらなければならんこともある。だがこれも、連邦を守るためなのだ。どうかわかってくれたまえ」 「お仕事であることは理解しておりますよ。ゾキマ・ロキマ隊長」 天の塔の階段を上がりながら、私は自分自身の、奇妙な平常心に驚いていた。はったりとは違う。逮捕されるかもしれぬという恐怖はなかった。それはもしかしたら、大きな仕事を果たした満足感から来るのかもしれぬ。1ヶ月前ならこうは行かなかった。ゾキマ・ロキマだろうがセミ・ラフィーナだろうが――あるいは、星の神子さまだろうが――斬り倒してでも行かねばならぬ理由が、当時の私にはあったのだ。 天文泉の守護戦士たちに挨拶をして、羅星の間の前まで来た。扉が小さく開いており、中からかすかに灯りが漏れていた。ふたりの人物が言い争うような声が聞こえた。両方とも女の声である。 「……召喚がとても危険なものだということは、あなたもわかっているはずです……」 扉から中を覗き込むと、冷静そうな神子さまの顔が見えた。もう一人の姿は陰に隠れて見えない。神子さまがまっすぐ前を向いているということは、同じ程度の身長の持ち主、おそらくタルタルを相手に話しているのだと思われる。 「しかし、連邦を救ったのも召喚だったのです!」 女の声はたかぶっている。女神のうつし身を前にしているという緊張はないようだ。 「20年前、カラハ・バルハさまがあの魔法を使わなければ、ウィンダスは滅ぼされていました……」 「あなたの言う通りです。しかしその代償として、カラハ・バルハが命を落としたことを忘れてはいけません。過ぎた力はまた、多くの犠牲を必要とします。召喚魔法を決して解き放ってはいけません。それは禁じられた力なのです」 「神子さまは間違っていらっしゃいます。冒険者の間では、すでに認められ、利用されている力です。召喚を禁忌とするのは、古い思想だと私は思います」 「誰がそれを広めたか、突き止める必要があるでしょうね」 神子さまの答えは冷ややかだった。 「それがアジド・マルジドだとしたら、なおさら闇牢から出すわけには参りません。彼を解き放つには、私の作る闇の札が必要……そして、私にはその気は一切ありません。彼は私の信頼を裏切ったのです。彼は罪を償わなくてはなりません……死ぬまで獄中で過ごすことでね。おわかりでしょう」 扉が突然開いて、私の傍らを、小さな影が駆け抜けていった。ピンク色のフードがちらと見えた。私は、何事もなかったように部屋へ入っていって、神子さまにかしずき、長い間連邦を留守にしていた非礼を詫びた。 「Kiltrog、顔をお上げなさい」 私は無言で立ち上がり、改めて深く一礼をした。 「アプルルとの話を聞いていましたか」 私は頷いた。彼女が手の院院長であることは、言うまでもないことである。 「彼女も、口の院院長のことが気になっているとみえます。私の知る限りでは、ふたりはいつも喧嘩をしておりましたが」 「こう言われましたよ。アジド・マルジドは、ばかでまぬけでとんまだけれど、私のたった一人の、大事なお兄ちゃんなんです、と」 「……」 「しかし、彼女にどれほど請われようと、アジド・マルジドを許すわけにはいかぬのです。彼の行動は常道を逸脱していました。許可なくホルトト遺跡に手を加えたばかりか、聖域であった満月の泉に下りてしまったのですから」 「神子さま……彼のやったことは、本当に闇牢に値するのでしょうか?」 「あなたが思うより、ずっとずっと重い罪なのですよ、Kiltrog」 神子さまが、じっと私の目を見つめた。私は視線を逸らさなかったが、一方で何を答えることもしなかった。 「満月の泉で、何を見たのですか? Kiltrog」 私はゆっくりとかぶりを振った。 「何を見たかというより、何を見なかったのかを申し上げる方が、適切のように思います」 「そう……あなたには、わかっているのね」 神子さまは淡々と言った。 「あなたにも、しかるべき償いを求めねばなりません」 「やはり闇牢でしょうか」 「本来なら、そうすべきでしょう。しかしながら、アジド・マルジドが主犯というのは明白なこと。それにあなたには、大きな借りがあります。闇の王の影が迫るとき、私はあなたをコマとして使ってしまった……しかしあなたは、何の不平を言うこともなく、任務を遂行し、私たちを救ってくれました。 いわば私は――ウィンダスは、あなたに借りがあるということです。罪を帳消しにするわけにはいきませんが、ひとつの機会を与えることにします。 ヤグードとの間に行われる、バルガの武闘大会について知っていますか」 いえ、と私は正直に答えた。 「そうですか。それでは、詳細を説明しましょう。 バルガの武闘大会とは、ウィンダスとヤグード、互いの信頼を高めるために行われるものです。両国の代表となる勇者が、ギデアスにあるバルガの舞台で闘います。模擬戦ではなく真剣勝負ですから、死者も出ます。危険な大会です……しかもウィンダスが負けると、ヤグードへの敬意を示すために、献上品を増やさねばなりません」 「なるほど」 私は肩をすくめた。「大した信頼ですね」 「Kiltrog……あなたも、アジド・マルジドと同じ考えなのですか? このような回りくどいことをせず、ウィンダスは獣人と戦うべきであると?」 「戦うことでしか得られない平和もございます。特に相手と、根本的に相容れないようなときには」 「あなたの言う通りなのかもしれませんね」 神子さまは力なく微笑んだ。 「しかし今、ウィンダスにその力はないのです……私たちに残された方法は、相手の申し出を飲むことだけなのですよ。いかにそれが、不当と思われるものであろうと」 「僭越ながら、不当とは感じませぬが」 高慢な言い方にならぬよう、私は気をつけた。 「要するに、相手のヤグードをぶちのめせばよろしいのでしょう?」 「頼もしい言葉です、Kiltrog。あなたを呼んでよかった。あなたは、あの闇の王を破った人。ウィンダス代表として、このような大会に出るにふさわしい勇士です。あなた以外の適任者は考えられません。 私からの指示です。命令と取ってもらってもかまいません。何があっても必ず勝つように――よいですか――敗北は確かに、連邦の不利益になることですが、そちらの心配はいりません。ウィンダスの勇士の命に比べれば、いくらかの献上品なぞ、いったいどれほどの価値がありましょう。 ご安心なさい。ひとりで挑めとは言いません。ヤグード側は条件として、こちら側の出場者を6人までと定めています。聖者の招待状を持っている者だけが、大会に参加できます。あなたにも一部渡しておきましょう。 過去、武闘大会は何度も行われました。そのたびに私は、挑戦者に招待状を渡してきました。もしウィンダスで勲功を積んだ者なら、同じものを持っているでしょう――そういう助っ人を探しなさい。バルガの舞台から死なずに戻ったというだけで、相当の実力者のはず。あなたの力になってくれるはずです」 「何人か、心当たりがございます。ご安心下さい。ちなみに向こうは、何匹――何人が出てくるのですか」 「4人と聞いております。いずれもヤグード歴戦の勇者たち」 私は小さく口笛を吹いた。 「6人のところを4人ですか。嘗められたものだ」 私は一礼して扉を出た。守護戦士のひとり、ヴァン・パイニーシャが、私にちらちらと横目を送ってきた。 「何だか楽しそうだな」 そんなふうに見えるかな、と私は言った。 「そうだ……黒い使者の話……」 ヴァン・パイニーシャは声を落とした。 「ほら……神子さまを襲撃した謎の賊(その265参照)……奴が他国にも姿を現したらしい。いよいよもって正体がわからぬ。もしかしたら、闇の王の残党なのではないか。どう思う?」 私は唖然とした。闇の王は確かに死んだ。しかるに、黒い使者はまだ健在であるという。やはりヤグードなのだろうか? だがそうだとしたら、なぜ他国にまで出没する必要があるのだろう? (06.03.15)
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