その436

キルトログ、第六の院を訪ねる(2)

 突然の叱責に、私は凍りついた。その人影は、現人神、女神アルタナのうつし身、そのおん方以外ではあり得ない。とっさに私は「神子さま!」と叫んでいた。さっきの部屋には仲間がいる。少なくともLeeshaやParsia、Apricotら女性陣は、心の院に入り、興味深そうに部屋を見学していた。彼女たちが見つかっては大変だ。私の声を聞いて、素早く身を隠してくれればいいのだが。

 相当驚かれたことだろうが、神子さまの声は毅然としていた。本当にお怒りであることがわかった。どのように言い訳をすべきか? それにしても、神子さまはなぜ心の院にいらっしゃったのだろう?

「どこから来たのです……? ここへは、天の塔の私の部屋を通る以外に、入る方法はないはず」

 もう一つのルートがわかった。トスカ・ポリカが説明しないはずである。羅星の間を通って侵入できるわけがない。

「トライマライ水路から参りました」

 私は努めて平静に言った。むしろ、冷静すぎないように気をつけた。どのような理由があっても、こんなところで神子さまにお会いして、驚かないのはむしろ不自然だといえる。

「モンスターを退治して通路に入りましたら、突き当たりの扉が不思議に開いたのです……興味をおさえられず、中に入ってしまいました。申し訳ありませんでした」

「偶然というのですね」
 神子さまのお声は冷ややかだ。
「目の院の指輪がないと、あすこの扉は開かないはずなのですが」


 冷や汗が背中をつたった。万事休すだ。嘘であることがばれてしまった。私はもともと「罪人」だ――アジド・マルジドの従犯だったのを、ヤグードとの試合に勝利することで、かろうじて恩赦を戴いたのである。今度はそういうわけにはいくまい。口の院院長の件で、連邦が揺れている最中なのだ。トスカ・ポリカも、徹底的に調べられるだろう。アジド・マルジドとの関係を疑われたら、彼も闇牢だ。きっと私も……。

「さあ、指輪をお出しなさい」

 神子さまが仰った。私は震える手でポケットを探り、神子さまに献上した。タルタルの指輪である。私の指では、落とさずにつまんでいるのが精一杯だ……特に今のような、絶体絶命のときには。

「Kiltrog? これを、どこで手に入れたのですか?」

 神子さまのお声に、動揺の色が加わった。私はおやと思った。神子さまが見つめていらっしゃるのは、緑青の浮いた、古い指輪の方だった。トスカ・ポリカのは現役だけあって、もっとずっとぴかぴかしているのである。

「間違いなく目の院の指輪……。しかし古い……。同じ指輪を作り直したのは一度しかありません。カラハ・バルハが持っていた指輪は、戦時の混乱で失われてしまったのです」

「オズトロヤ城で拾いました」
 私は本当のことを言った。
「まさか、そのような大切な指輪でありましたとは」

 余計なことはつけ加えないように注意した。神子さまはじっと私をお見つめになり、やがて目を逸らされた。「それならば、カラハ・バルハの導きかもしれません」と仰られる。
「よろしい。とりあえずこの件に関しては、咎めることはやめておきましょう。現にカラハ・バルハの指輪を持っているのですからね」


 不思議な偶然で、私は救われた。とはいえ、神子さまのお声には、芯の通った鋭さが残っている。完全に疑いを解かれてはいないようだ。黒に近い灰色、疑わしきは罰せず、というところなのだろう。

「私の周囲で、あなたに警戒の声があがっています。自由人の立場でありながら、連邦の機密に深く関わり過ぎている。しかしあなたは、闇の王を倒して世界を救ったにもかかわらず、その功績を決して吹聴しない。私は思うのです。あなたの口のかたさ、誠実さには信頼がおけると」

 私は黙っていた。これは、決して話すなという神子さまの――ウィンダス連邦のプレッシャーなのだ。

「ここは心の院。25年前に作られた、隠された第六の院なのです」
「いったい、何のための機関なのでしょうか」
「召喚の研究ですよ」

 神子さまは、振り絞るように仰った。

「ここで研究を続けていた、ある方――彼はかつて、私にこう言いました。現在の魔法術の発展は、ほとんど限界に近づいていると。魔法の原理とは単純なものです。自然に宿る魔法の力を借り、エネルギーとして使うということ。しかしその方法では、出力が限られてしまう。彼は考え抜いたあげく、新しい魔法術の開発に乗り出すことにしたのです」

「魔法の威力が十分でないとは、にわかに信じられませんが」
 私は正直な不満を述べた。これまでに戦士として、友人の魔法の強さを目の当たりにしてきたからだ。

 神子さまは寂しそうに微笑まれて、
「時代が時代でした。私たちは闇の王という最大の敵を前にして、力を欲していました。非力なタルタル族が、獣人軍と互角に戦うためには、彼ら以上の魔法力が必要だったのです。それこそ、大軍を一撃で粉砕できるほどの力が……。しかも早急に。
 新しい魔法の開発といいましたが、彼の考えた原理は、そう難しいものではありません。魔法力の源泉を変えようというのです。自然ではなく、生物から力を借りる方法に」

「それならば、自然の方がもっと……」
 言いかけて私ははっとした。

「そう、並みの生物であれば、その魔法力はまったくお話にならない。しかし、自然を超越する存在であれば? 私たちはそれを知っています。偉大なる獣の力を借りて、連邦を救うこと――もともと召喚とは、そのための魔法に過ぎなかったのです」


「召喚の研究は、生命の尊厳を脅かしかねないとして、当時の院長から反対の声もあがりましたが、私たちにはどうしても力が必要なのでした。彼は――カラハ・バルハは、何かにとりつかれたように、召喚の開発にのめりこんでいきました。そして、不眠不休の研究のすえ、ついに魔法の完成を見……彼は死にました。ウィンダスの多くの民を救うことと引き換えに、彼は、自分の命を代償として差し出さなければならなかったのです。

 アプルルが言っていました。召喚魔法は既に世界に広まり、冒険者の間で認められた技術なのだと。おそらくそうなのでしょう。そういう観点で見れば、私の考えは、時代おくれ以外の何物でもないのでしょう。

 ですが、忘れてはいけません。大自然の力をも超越する、偉大なる獣をあやつるということの意味を。カラハ・バルハのような不世出の天才でさえ、持て余した力なのです。結果がわかっていたにもかかわらず、みすみす彼を死なせてしまった……自然すら制御できない人間たちが、どうして偉大なる獣をあやつることが出来ましょう」

 神子さまは俯かれてしまった。アルタナの生まれ変わりというのではない、ひとりのタルタルの女性として、彼女はひどく小さく、頼りなく、はかなく見えた。

「ここにある本を、読んでもかまいません。それがカラハ・バルハの導きならば」
 神子さまは小さな声で仰った。

「しかし、あなたが行き過ぎた行動を取ると、私は再び処罰を考えないといけません……わかりましたね、Kiltrog」


 しゅ、しゅと、絹ずれの音をさせながら、神子さまは通路を戻られた。私は動悸を抑えながら部屋に帰り、本棚の書物の調査もそこそこに、仲間を連れて心の院を後にした。

カラハ・バルハの机
大量の本
天幕つきの寝台

「神子さまがいらっしゃったと!!」 

 心の院での出来事を話すと、トスカ・ポリカは飛び上がって驚いた。

「ムムムム! どどどーするのだ! どーするのだ!」

 どうもこの人は小心者である。一歩間違えば闇牢に繋がれる、という事情はわかるが、院長という要職にある者が、こんなふうにおろおろしているのは格好いいものではない。

「わ、わ私におとがめがあるだろうか……?」 
「わかりませんが」
 軽はずみなことは言えない。
「その辺りは神子さまのお気持ちひとつ。もっとも、セミ・ラフィーナどの次第とも言えましょう」

 守護戦士の名前を出したのが引き金となった。トスカ・ポリカはますます、壊れたおもちゃのように部屋を走り回った。「オオそうだ!」と彼は拳をうち、本棚から箱入りの書物を引っこ抜いて、棚に空いた隙間から中へ潜りこんだ。一体何をしているのだろうと思っていたら、見覚えのある古い本を小脇にかかえて出てきた。例の文字が消えてしまったやつである。

「こ、これを君……」
 トスカ・ポリカは、魔力を失いし神々の書を差し出した。
「これを持っていてくれたまえ」

 よくわからないが私は白き書を受け取った。
「処分するのですか」と言うと、トスカ・ポリカは真っ青になって否定した。
「馬鹿を言うでない! 大切に保管しておくのだ。わ、私がもしも――もしもだぞ――闇牢に繋がれるようなことがあれば」
「あれば?」
「それを使って神子さまと交渉するのだ。私が出られるよう。いいな?」


 とりあえず了承して戻ってきた。人が保身に奔走する姿なぞ、あまり見たくないものだ。とはいえ、白き書をだしにして何が出来るだろう? あるいは、私に本を持たせておき、すべてを私に被せるつもりかもしれない……そんな邪推すら浮かんでくる。


(06.03.22)
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