その441

キルトログ、鼻の院院長を探す(5)

 イル・クイルの研究室には、誰もいなくなってしまった。私は部屋を眺め渡し、本棚へと近寄った。本の大半は専門書らしく、背表紙の文字でさえちんぷんかんぷんだったが、イル・クイル自身の手になると思しき、肉筆の書を見つけることが出来た。

 私はそれをぱらぱらとめくった。どうやら彼の日記であるらしい。判読不能の箇所もずいぶんあるが、何ページかは文字をはっきり読み取ることが出来た。

【某月某日】
「私は、フェ・インという遺跡の地下部分に、たくさんの小部屋があるということに注目したい。そして各部屋には、魔法生物ゴーレムや、巨人がたくさん配置されている。これらは、ここに住んでいた者によって、ガードマンや召使いのような役割を与えられていたのではないだろうか?

 宿主の正体は、古代の民で間違いないように思う。ただし彼らは、何かの事件で突然滅びたようなのだ。これほどまでに高度な文明を誇った古代の民を、唐突に全滅せしめた事件とは、いったい何だったのだろう?」

【某月某日】
「あの場所は、やはり呪われた場所だったのかもしれない。我々それぞれが、何か見えない力に引かれたうえ、あえてそのように振舞っていたように思う。

 今だから言うが、私は怖くて仕方がなかった。かくも怖いと思ったことは、生まれてこのかた一度もない。あの地では、何もかもが強い恐怖の前にかき消された。それは、決して私のみならず……」

【某月某日】
「祖国から便りが来た。多国籍調査隊にサンドリアから参加した、フランマージュ・M・ミスタル氏が怪死を遂げたそうだ。そしてつい昨日、同じ調査隊として共に歩んだ、我が友ヨー・ラブンタが命を落とした。

 彼らの死の共鳴は偶然ではあるまい。奇妙なことだが、私にも闇が近づいてくるのを感じる。それまでこの研究は完成するだろうか。おそらく無理だろう。私も早晩、闇に飲み込まれてしまうに違いない。やっと伝説の終点にたどり着いたというのに……」

 日記はそこで終わっていた。あとは白紙が続くばかりである。私はそれを棚に戻して部屋を出た。もう二度と、この研究室に足を踏み入れることもないだろう。



 私はウィンダスに戻り、鼻の院へ駆けつけた。扉を開けると、大の男がわんわんと泣いている声が聞こえた。「いっいっ院長、おかえりなさいだッペええ!!」とわめき騒いでいるのは、ご存じリーペ・ホッペである。地面にひれ伏す彼の頭を、ルクススが撫でてやっている。女神のような女性だと思いながら微笑ましく見ていたのだが、彼女は部下に優しい言葉をかけながらも、ローブのすそをしっかりと抑えているのだった。リーペ・ホッペが間違って鼻をかまないよう用心しているものと見える。

「イル・クイル氏は生きていたのですかあ?」
 ケルトトがまぶたをこすりながら言った。
「いえ、残念ながら。しかし彼の思いはじゅうぶんに伝わりました。収穫はありましたよ。どうもありがとう」

 ケルトトはまたうっつらうっつら瞑想を始めた。「こっちへ……」とルクススが私を誘った。私たちは外へ出た。鼻の院裏の水園の方から、気持ちのよい、冷たい風が流れてくる。
「Kiltrogさん、いろいろとありがとうございました」
 頭を下げるルクススにつられて、いえいえ、と私も丁寧におじぎをした。

「これはお願いですが、あそこで見聞き知ったことは、誰にも話さないでいて貰えませんか」

「それは構いませんが」
 私は顎を撫でた。
「しかし、事実を発表することは、イル・クイル氏の名誉挽回に繋がるのでは?」

「確かにそうです、Kiltrogさん。ですが、今はまだ、国民に真実を知らせるべきではないと思うのです。彼らにはその準備が出来ていない。私たちも……。ならば五院の院長として、民心を動揺させるような行為は避けなければ。
 先生もおそらく、そんなことは望んでないと思うのです」

 私は頷いた。
「そうでしょうね」


「私はこれから、フェ・インの調査に戻ろうと思います」
 もうですか、と私は言った。私より少し早く帰国したとはいえ、疲れを取るほど養生してはいないだろう。

「研究員たちを置いてけぼりにして来ましたからね。彼らもきっと寒い思いを続けているでしょう。私だけウィンダスでのんびりとは出来ません。
 それに、発掘調査を続けていると、いろんな悲しいこと、つらいことを、忘れられるような気がするんです。その時だけかもしれませんが」

「その気持ち、わかります」

「しかし、Kiltrogさん……神子さまは……」
 ルクススは声を落とした。

「神子さまのお立場では、そのようなことは許されぬのです。どんなにお辛いことがあっても、天の塔をお離れにはなりません。
 Kiltrogさん、私からのお願いです。どうか神子さまをお守り下さい。あなたになら、それが出来るはずです……」


 ルクススは北の地へ去った。鼻の院のミッションを完遂したことで、私はランク8になった。皮肉なものだ。ひとつ偉くなるとともに、また罪を深くする。これが私の運命なのだろうか。結末はいつ訪れるのだろうか。

 そういえば、ウィンダスに足を踏み入れたとき、大きな流星がひとつ、星空を滑り落ちていったのだった。

(ともに、導きの星を作りましょう……Kiltrog)

 星の燃え落ちる行く先は、女神アルタナだけが知っている。


(06.04.24)
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