その445

キルトログ、ジョーカーと話す

 装備をしっかり整えてから、私は石の区に駆けつけた。

 モグハウスの外に出たとき、すでに日は沈みかけており、家々の魔光草がぽつぽつと灯り出していた。カラハ・バルハ邸も例外ではなかった。しかし、戸口は煌々と輝いているのに、窓はぽっかりと暗く、人の気配をうかがうことは出来ない。そのアンバランスさが、かえって薄気味悪さを助長しているようだ。

 聞こえるのは、すすり泣く女のような川の流れの音ばかり。私はぶるっと身震いしてから、ひとつ深呼吸をして、英雄の家の中に踏み入った。

 カーディアンがいた。

 それは、部屋の真ん中に堂々と突っ立っていた。そんなに目立つ場所にいるのに、不思議に景色に調和して見えたのは、カカシのひっそりとした佇まいのせいだろうか。カーディアン――ジョーカーは、私が入って行ってもぴくりとも動かなかった。もしかして、既に魔導球が外れているのだろうか? 調べてみようと足を踏み出したとき、“彼”はようやくこちらを向き、きりきりと頭を振ってみせた。

「ドウゾ オマチ して イマシタ。 Kiltrogさん」

 意外なことに、ジョーカーは歓迎の言葉を述べた。

「ワカッテ います。 アナタ は ワタシ の マドウキュウ を ハズシ に キタ ので ショウ?」

 不意を打たれて、私は少し動揺した――どうやって彼は、私の来訪の意図を悟ったのだろう。

「ホンライ ならば シュジン の タメ に シヌ こと は カーディアン に とっては ナンデモ ありません。 アナタ は シュジン では ないが ワタシ が シナ なければ ナラナイ のなら ヨロコンデ ワタシ は シニ ましょう。
 ケレド ナゼ でしょう。 ワタシ は タメラッテ いる」

「私も、同じだよ」
 思わず呟いた。
「自分がどうすればいいのか、まだ悩んでいるのだ」

「アナタ も デスカ」
 ジョーカーは、くるくると頭を回した。
「ニンゲン でも タメラウ の デスネ」

 むしろ私が言いたかった。カーディアンでもためらうのだと。単純なカカシの心中にも、死への恐怖が潜んでいるということなのだろうか。

「Kiltrogさん」
 ジョーカーが私の名を呼んだ。
「やらねば ナラナイ ことが アル としたら アナタ は シニ ますか」

「何だって?」

「ワタシ には やらねば ナラナイ ことが アル のです。
 ワタシ は ソレ までに シヌ わけには イカナイ のです。
 とても ダイジナ こと。 シュジン に サカラッテ でも ヤラナクテハ ならない こと。
 でも ワタシ には ソレ が ナニ かは ワカラナイ」

 私は当惑した。ジョーカーの真意を図りかねたからだ。彼の言葉は真実なのだろうか。つまり、本当に使命を持って生まれてきて、それを思い出せないので苦しんでいるのか。あるいは、未熟な頭脳なりに、自分の人生は何なのかという悩みに突き当たり、機能不全を起こしているのか。
 後者なら、興味深いというだけに留まる。しかし、前者の可能性は無視できない。彼は特別なカーディアンである。「ジョーカー」という唯一にして全ての名を持ち、カラハ・バルハ邸に安置されていたという事実からして、彼が単なるカカシであるわけがない。その事情を最もよく知る人物――この家のあるじ――は、もう二度と戻ってはこない。だから、当のジョーカー自身にインプットされてない限り、誰もそれを知り得るはずはない。

「アナタ は ボウケンシャ です。 ワタシ に チカラ を カシテ ください」

「出来ることなら、やるよ」
 私は言った。ジョーカーを壊さねばならないにしても、話を聞いてやってからでも遅くはあるまい。
「ワタシ が モトメル ナニカ を サガシテ ください」
「それはいいが、どうやって」
「トライマライ スイロ で。 きっと ソコ で ミツカリマス」


 なぜジョーカーは、自分の喪失感を、トライマライ水路と関連させたのだろうか。彼が独自に推理したのかもしれない。作り手があらかじめ、キーワードを刷り込んでおいたのかもしれない。いずれにせよ収穫はあった。カラハ・バルハは、宝箱の中にそれを隠していたのだ。おおかたの冒険者なら、大量のギルの方に目がいって、無視して拾い上げもしなさそうな、つまらないもの。

「見つかったぞ」と告げると、ジョーカーは首を左右に動かした。それが歓喜の動作なのかどうかはわからない。

 私は“それ”を取り出した。
「何の変哲もない、魔法がかかっているわけでもない……」
 “それ”は随分ぼろぼろだったが、図面の横にはっきり“JOKER”の文字を確認することが出来た。
「単なるカードだ。だが、探しているものはこれだったのだろう? カラハ・バルハが隠した、ジョーカーのカード

 不思議なことが起こった。ジョーカーによく見せようとカードをかざすと、突然彼が、魔法に打たれたように痙攣し、身体を前後に激しく揺らしたのである。
 そしてジョーカーは、ゆっくり手を伸ばし、カードを受け取った。私は本能的に理解していた――彼は一瞬で変わってしまった。これまでの鈍重なカカシではなく、何か別の、知性を持つ高等な生き物へと。

「ありがとう、Kiltrogさん」
 ジョーカーはなめらかな口調で言った。
「私はやっとわかった。私が何者なのか……何のために生きているのか」

「そうか、よかった」
 奇妙なことに、それは本心だった。ジョーカーの姿は、目も鼻も、表情すらないにも関わらず、以前の私を思い起こさせたからである。
 大いなる敵と戦う前の自分。二度の覚悟。

「ホノイ・ゴモイ氏が、私を分解するよう頼んだのでしょう」
「なぜそれを知っている?」
「子供たちが、私のところへやって来たのです」
 ジョーカーは淡々と語った。
「彼らは、ホノイ・ゴモイ氏のことを話しました。私を壊そうと思っていたのでしょう。しかし迷い、葛藤して、最後は泣きながら家に帰りました。その後にあなたがやって来た。あなたは冒険者だ。だとすると、理由は明白です」
「スターオニオンズは、君を友達だと思っている。どうしても君を、壊す……いや、殺すことが出来なかったのだ」
「だから、あなたもためらっていたのですか」 
 少し考えて答えた。「たぶん」
 ジョーカーが、少し笑ったように思えた。私の気のせいだったかもしれない。

「私には使命があります。だから、分解されるわけにはいかない。あなたにあげるものがあります。私の箱をお調べなさい」

 言われるままに部屋の隅へ行った。ジョーカーが入っていたと思しき木箱の隅に、皮袋につまったギル貨幣が入っていた。8000ギルある。

「どうかそれを受け取って下さい」
「君から金を貰ういわれは、私にはない」
 ぴしゃりと言った。
「私を買収するつもりか?」

「そんなふうに言われるのは意外です。人間は、お金を何よりも尊ぶものと思っていました」
「人によるね、そいつは」
「どうあっても、ホノイ・ゴモイ氏の依頼を断っていただかないと」
「嫌だと言ったら?」

 私たちは黙ったまま、お互いをじっと見つめ合った。少しも目は逸らさなかった。私は必要があれば、すぐ斧を抜く用意をしていた。ジョーカーはぴくりとも動かなかった。沈黙の時間が続いた――1時間にも及ぶかと思われたが、実際にはせいぜい1分というところであったろう。

「あなたに、お願いしなくてはなりません」
 心なしか、ジョーカーの声は小さかった。
「どうしても壊されるわけにはいかないのです。わかって下さい」
 
「君が大きな力を秘めていることは理解している」
 我知らず、諭すような口調になっていた。
「だが君が、果たして人類の味方なのか、連邦に仇をなす存在なのかは、まだ量りかねている。肝に銘じておくといい、ジョーカー。もし君が我々に弓を引くなら、私は君を倒さねばならぬ。君に使命があるように、私もまた、世界と連邦と、人々を守らねばならぬ。そのときには決して容赦はしない」
「よく覚えておきます」
「どういう縁か、君と私は、スターオニオンズの一員となった」
 私は胸に手をやった。
「コーラロ・コロたちの流儀は、なるほど幼いものだ。だが、彼らは大切なことを私たちに教えてくれている。欺瞞に満ちた世界に生きている私たちは、何が正しいのか、間違っているのかを、ときに忘れてしまう。いつか彼らが壁に突き当たるとしても、私はそれを鼻で笑うことは出来ぬ。何故なら、現実に打ちひしがれるのは、いつだって自分の信念を守り、正直に生きている者だけの特権だからだ。
 スターオニオンズを裏切ることは、私が許さない。それさえ忘れないなら、ジョーカー……いま君をここで壊すことはしない」
「ありがとう、Kiltrogさん」

「私も、礼を言わなければならない」
 ギルの詰まった皮袋を拾い上げながら、私は言った。
「ようやく答えを出すことが出来た。これは貰っておく」
「依頼を断ってくれるのですか?」
「違うな。君から依頼を受けたのだ」
 私は笑いながら言った。ジョーカーに理解できるかどうかわからないが、愉快でたまらないので、どうしても笑いがこみ上げるのを止めることが出来ないのだった。
「君が、命を救ってくれと私に頼んだ。そして、これが報酬だ。わかるな? 契約は成立した。もはや私が、魔導球を持ち帰らねばならない理由はないのだ。ホノイ・ゴモイからは何も貰ってないのだからな。爺さんに頭を下げるのはしゃくだが、彼にはそうやって説明することにしよう」

(06.04.25)
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