その450

キルトログ、オークの呪術師と戦う

「アレ ハ カタマリ ダ!!!」 

 目の前に現れた人影の、ふんぷんと解き放つ瘴気の禍々しさに、私は顔面蒼白となり、必死で嘔吐をこらえた。片膝をつき、噴水の縁に手をかけ、しばらく荒い呼吸をした。くらくらとした眩暈が、徐々に収まっていった。おそるおそる薄目を開け、周囲を確認してみたところ、人影は影もかたちも見えなくなっていた。

「ユルセ! イマノハ マチガイ ダッタ ゼ!」

 みつけるくんはそんなことを言った。自分のミスを認めるとは、なかなか殊勝な人形ではないか。

「デモ オレサマ ノ セイ ジャ ナイ ゼ!」

 訂正。やっぱり可愛くなかった。

「チョット マッテ ロ…… モウイチド ケンサク カケテ ヤルカラ ヨ!」

 みつけるくんはトコトコと足元へ近寄って来、ぴょんと私の腕に跳び乗った。「ナンセイ ニ ヒョウテキ アリ!」と声高に叫ぶ。要するに引き返すのだ。私たちは一体、何のためにジ・タくんだりまで出かけてきたのだろう。


 みつけるくんが私たちをダボイへ誘導するにつけて、ああやはり、と確信を強めた。その一方で、ロ・メーヴで見た不気味な人影が、気になって仕方なかった。あれが夢でなかったことは、ApricotとLeeshaが証明してくれる。私と同じ恐怖を感じていたのかは定かでないが、いったい何だったのでしょうねと、話が尽きることがなかった。

 奴の容姿を思い出してみる。

 最初に院長と間違えたように、小柄であったのは確かである。しかし今思えば、タルタルにしてはずいぶん横幅が広く、全体的に丸い身体をしていた。着ていたのは黒い僧衣。右手には杖を握っていた。肝心の顔ははっきりしない。卵型の禿頭は巨大で、ひどく猪首だったから、鼻から下は僧衣に隠れてしまっていた。だが土色の肌と、生気を欠いた視線は、嫌悪感をもよおすのに十分で、あまりにも印象深く私たちの記憶に残ったのだ。目にしたのはほんの一瞬であるというのに。

 奴の正体については、みんながめいめいに意見を述べたが、結論は出なかった。「宇宙人みたい」とApricotは不思議な表現をした。私は私で、「トンベリのようにも見えたが……」などと言いながら、自分の言葉を全く信じちゃいなかった。奴から感じたのは、トンベリの取り澄ました凶暴性ではなく、世界から断絶しているかのような異質さ、どうしようもない禁忌なイメージだ。トンベリは確かに恐ろしい。だが怨念洞の奥に行ったときでさえ、私の身体が拒絶反応を示したことはない――先ほど奴に会ったときのようには。

 それに、みつけるくんの台詞も気になるではないか。“カタマリ”とは“塊”に相違なかろうが……ではあいつは、一体何の塊だというのだろう?


 セーダル・ゴジャルに会うのは造作もなかった。私たちが知っている場所にいたからである。彼は相変わらず王立騎士団を待っていて、顎が抜けるような大あくびをしていた。私たちはこっそり彼に近づいていったが、彼の不意を狙い打つかのように、みつけるくんが金切り声で叫び始めた!

「ケヒヒヒヒ! トウトウ ミツケタ! ソコノ タルタル!」

「うわーーっ!」
 セーダル・ゴジャルは壇から転げ落ち、したたかに尻もちをついた。
「魔法人形! き、きみたちは、耳の院の追っ手!?」

 あんまりセーダル・ゴジャルが驚愕しているので、何かとても悪いことをしているような気がしてきた。院長を連れ戻せ、としか指令を聞いてない私だが、考えてみれば、彼は重要な職務を放っぽり出し、国を出奔してきた身である。場合によっては重罰を課せられるかもしれず、そう考えれば彼の顔色の青白さには納得が行く。帰国の交渉はもしかしたら長引くかもしれん。

「ぼくはここを動かないよ!!」
 
 木製の床の上に、彼はあぐらを組んだ。やはり開き直られた。だが私の方も、はいそうですかといって帰るわけにはいかない。

「サンドリアからの援軍を待っているんだもの。せっかくオークの大将を封じ込めたんだ。奴らを一網打尽に出来るチャンス、これをフイにしたら、きみたちサンドリアの人から七代まで祟られるよ!」 

 エルヴァーンのベルナール隊長が、オークが来ないかどうか見張りながら、こちらにじっとりと湿った視線を投げた。その真意は読めない。私たちを牽制しているようでもあるし、単にお前たち、うっとおしいから静かにしろ、と言われているようにも思える。

「こう申しては何ですが、院長は暇を持て余しているようにしか見えませんが」

 セーダル・ゴジャルは、私の言葉にかちんと来たようだ。
「封印には、集中が必要なんだよ!」
 彼の声が少し甲高くなった。
「まあ強い封印だから、簡単に破られるとは思っちゃいないけどさ。ぼくの精神集中を妨害してくる奴がいるんだよ。遊んでるように見えるかもしれないけどね。ぼくは今まさに――きみとこうして話してる間にも――人類を狙う刺客と丁々発止やりあってる最中なんだよ!」

 師匠と弟子は似る、というのは本当だ。私はコル・モル博士のことを思い出した。

「……そいつは、何者なんですか」
 セーダル・ゴジャルはちっちっと指を振った。
「オークに決まっているだろう、きみ」
「オークが院長を襲いに来ているんですか」
「精神攻撃だよ。レベルの高い呪術師だね。たぶん呪術の杖を持ってるな……そうでないとこの強さは納得できない……」

 セーダル・ゴジャルが「うっ」と顔をしかめた。彼は頭痛に耐えるように額を押さえていたが、壇に自力でよじのぼり、ふたたび天辺に立って踏ん張ってみせた。半信半疑で聞いていたが、どうも冗談で言っているのではなさそうだ。少なくともコル・モルのように、白昼夢に溺れているわけではないらしい。

「そのオークは、本当にいるんですね?」
「間違いないね。呪術をしかけてぼくを妨害し、封印の集中を妨げようって腹だね。今のところはぼくも余裕があるけど、ちょっと強めの攻撃が来たときはね……きついときもある」
「そいつがどこにいるのか、院長わかりますか」
「多分だけど」

 セーダル・ゴジャルは、右手をゆっくりと上げた。私は彼の指の先を追った。高台の上の建物をまっすぐ指し示している……屋根の崩れて、激しく老朽化した修道院を。
私は思わず「嘘でしょう」と言ってしまった。

「攻撃はこっちの方向から来るんだ。しかも近い。呪術には集中がいる……ぼくの予想が正しければね、冒険者くん。オークの呪術師は、あの修道院の中にいる。安全な場所から念を送り、ぼくの集中の邪魔をしているとしか思えないんだよ……」

(06.06.23)
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