その453

キルトログ、手の院で密談をする(1)

 トゥー・リアで激闘を終え、ウィンダスへ戻ってきてから、頻繁にゲートハウスに顔を出すようになった。これまではあまり気にしなかったが、さすがにランク8にも上がると、私の顔は売れてくる。こちらが彼らを覚えてなくとも、「おお、Kiltrog!」と声をかけられたりするのだ。ガルカだから記憶には残りやすいのだと思うが、風来坊だった私が、いつの間にこれほどの著名人になってしまったのか。思い返せば感慨深いものがある。

 ある日、私は森の区のゲートハウスで、隊長のラコ・ブーマと談笑をしていた。ここによく来るのは、ウィンダスの玄関口で便利だからという理由で、他意はない。森の区はミスラの自治領であるから、ガードは隊長をはじめミスラばかりなのだが、ミリ・ウォーリという朴訥、あるいは堅物なタルタルがおり、奔放な猫娘たちのからかいの対象になっている。このときもミリ・ウォーリ氏、剣を握ってしゃっちょこばっていたのである。その様子を見て私は笑ってしまったのだが、彼を見つめるラコ・ブーマ隊長の目に、思いがけず真剣な光が宿っており、私は彼女が、何か重大な覚悟を決めていることを知ったのだった。

「Kiltrog……少し、いいかい」
 ラコ・ブーマは、私をゲートの隅へ連れて行った。
「お前さんに折り入って話がある……」

 これはただ事ではない。私は腹をくくったが、表情の明るさは解かず、端からは世間話のように見えるよう配慮していた。

「今からお前に頼むのは、ミッションだと思ってもらっていい。これはゲートハウスの、ガード全員の総意で頼むものだ。水の区、石の区、ウィンダス港、そしてもちろん森の区、全隊員の同意は得ている。
 手の院へ行って、院長のアプルルを助けてくれ……あたしからは以上だ。いいな」

 私は、ラコ・ブーマの顔をじっと見つめた。緊張に耐えられなくなった彼女が、ちっと小さく舌打ちをした。
「言っておくが、守護戦士どもには秘密なんだ。頼んだぞ」
 退出するとき、ミリ・ウォーリの側を通った。かちんこちんに緊張しているタルタル君が、私に敬礼をしながら、甲高い声で言った。
「て、手の院長さまに協力するのです……! ほ、星の神子さまを裏切るわけでは、ないのです……!」


 アプルルに会えばすべてわかる。とはいえ、事態の想像はつく。守護戦士に話を通してない件も含め、例の人物に関することだと考えて、ほぼ間違いはあるまい。

 驚くのは、それに関して、ガードたちが結束を見せている点だ。全員の合意がなされているとは只事ではない。ましてや内容は――ミリ・ウォーリの口ぶりからすると――神子さまに対する裏切りと捉えられかねないものなのである。
 そういえばトスカ・ポリカも、守護戦士が検閲を厳しくしている、と言っていた(その434参照)。政敵が片付いたので、調子に乗りすぎたのだろうか。どうやらセミ・ラフィーナたちは、想像以上に敵を多く作っている様子である。


 手の院の表では、職員がカーディアンを整列させ、発声練習を行っていた。「はい、アメンボアカイナ、アイウエオ!」とタルタルが言うと、カカシどもが「アイウエオ!」と唱和するのである。根気よく、赤子に教えるように、丁寧に。まったく面倒な話だ。これで一番予算が少ないのだから、職員たちは割りに合わぬに違いない。

 発声練習大会のおかげだろう。手の院はがらんとしていて、院長アプルルだけがデスクワークをしていた。彼女は「Kiltrogさん!」と叫んで、私の足元に近寄ってきた。ブーツにすがりつき、懇願するように、私を潤んだ目で見上げた。痴態とも呼べる態度である。院長の立場としては驚くべきことだ。

発声練習が続いている

「ゲートハウスから聞いてきました」
 私は努めて、落ち着いて言った。
「何か内密の相談がおありだとか……」
 
「お兄ちゃんを、ぜひ助けて欲しいのです」

 私はアプルルと視線を合わせた。しばらく待ったが、彼女は顔を逸らそうとはしなかった。その黒目がちの瞳に、強い光を見てとった私は「わかりました」と答えた。
「わかりました……院長の覚悟は、しかと」

「協力して下さるのですね?」

 私は答えなかった。アプルルの問いの意図は明白だった。アジド・マルジドを助ける、という言葉が、いったい何を意味しているか。私は今、ウィンダスを根底から揺るがす、大規模な“陰謀”に直面しているのだ。

「自分は、ウィンダスに所属し、禄を貰う冒険者……」
 静かに、諭すように言った。
「常識人としての、私のとるべき道は、こうでしょう。そのまま表へ出て、天の塔に行き……いや、そこまで足を運ぶこともない。通行人を捕まえて、今のお話を聞かせさえすれば……たったそれだけで、連邦を大激震が襲う。
 私がそうすると言ったら、院長。あなたはどうなさるおつもりなんです」

 アプルルは俯いてしまった。
「私が何を申し出ているか、私にははっきりわかっています。自分のしていることの意味も。それでも……Kiltrogさんにお願いするのです。あなたの善意にすがるより他はないんです。
 お兄ちゃんが闇牢に繋がれてから、もう何ヶ月も経ってしまっているんです。いくら魔力が強いと言っても、しょせんは人……このままだと、本当に死んでしまいます……私のたった、たったひとりの大事なお兄ちゃんなんです。どうかわかって下さい」

「その私情で、多くの人を犠牲にしようとしている。これは紛れもない、謀反、大逆です。処分される人間は十数人を下りますまい。それを把握しておいでなのですか」

「……」

 私は振り返り、聞き耳を立てた。表で唱和がまだ続いている。職員たちが戻ってくるまで、まだしばらく時間がかかりそうだ。

「まあ……協力するか、それとも通報するかは、内容を聞いてからでも遅くはない……」
「ありがとう、Kiltrogさん!」
「引き受けたわけではありません、院長。とにかく、詳しく聞かせて貰えますでしょうか」


 アプルルの話はこうであった。
 実の兄が永久牢獄に囚われて、昼夜をまんじりとも過ごせない彼女は、独自に闇牢に関する調査を進めていた。牢がホルトト遺跡の奥にあることは、漠然と知っていた。問題は鍵である。扉を開くための闇の札は、神子さまが作らない限り入手できない。アプルルは苦労して文献をあたったが、先日ついに、闇牢が星月の力で制御されていることを突き止めたのだ。闇の札はそれを解放するための触媒に過ぎないのである。

 アプルルは一縷の望みを抱き、院長の指輪をかき抱いて、ホルトト遺跡へ急行した。闇夜に紛れての行動だったが、どうやら見張られていたらしい。というのは、アプルルが息を切らして、問題の闇牢に着いたときに、小さな人影が彼女を出迎えたからである。

「待っていましたわよ」
 そう言って、松明の光に浮かび上がった顔は……。

「シャントット博士!」

 アプルルは灯りを取り落とした。自分の計画が露見したのだ! 彼女の心にたちまち、絶望的な気持ちが沸き起こってきて、遺跡の床に思わずへたり込んでしまった。博士のような高名な人物に漏れてしまっては、アジド・マルジドを助けることなど、もはや不可能である。

「アプルル……馬鹿な子!」
 特徴的な高笑いで、シャントットは彼女を“歓迎”した。

「闇牢のことを見境なく聞き回ったりして……あれじゃあ、牢を破りますと宣言してるようなものですわ。待っていたのが守護戦士だったら、厳罰は免れませんことよ。わたくしで幸運でしたわね! オホホホ!」

 打ちひしがれていたアプルルは「そ、それじゃあ」と顔を上げた。だがシャントット博士は、彼女を見下ろして、ニタニタと冷たい笑顔を浮かべるばかり。
 紙風船の空気が抜けるように、アプルルの期待は萎んでいった……。それはそうだ。元老院最高議員ともあろう者が、反逆者の脱獄を見逃すはずなどない……。

 「美しい兄妹愛。世間ではそんなふうに言うのかしらね! オホホ! でも分別がなさすぎですわ……わたくしなら、もうちょっと上手くやりますことよ。場合によっては、そのやり方、教えてさしあげても構いませんわ……どうですこと?」

(06.07.09)
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