その454

キルトログ、手の院で密談をする(2)

「場合によっては、教えてさしあげても構いませんわ」

 シャントット博士はそう言って、また「オホホ!」と身体を振るわせた。その甲高い笑い声が、四方の闇にこだまして、きんきんとアプルルの耳を打った。アプルルは呆然と、ウィンダスいちと言われる麗人の、冷たい笑顔を見上げているのみであった。

「あなたその、手の院の指輪で鍵が開くと思っていたのでしょう。違いますこと?」

 アプルルは右手に視線を落とし、恥じるようにさっと身体の後ろへ回した。

「隠さなくても……オホホ!……いいカンをしていますわ。正解よ。この闇の扉は、院長の指輪で開くんですの。何しろホルトト遺跡は、星月の力ですべてが制御されているのですからねえ。
 ほら、やってごらんなさいな」

 喜びいさんで――と言いたいが、アプルルの方は、動悸を抑えられずにいた。博士の真意が全然わからなかったからである。場合によっては、闇の先に守護戦士が隠れていて……。アプルルはそんなことを想像した。だから、冷たい石の扉がびくともしなくても、沈み込む余裕すらなかった。指輪の手を出来るだけ高くかざし、松明のように左右にうち振っても、扉は冷たく口を閉ざし、彼女に決して答えようとはしない。

「遺跡の力が、かつては弱くなっていたのですわ」
 シャントット博士は静かに言った。
「本来なら、指輪程度の微弱な力には、この扉は反応しない。でも、あなたも知っている通り、クリスタル戦争で大きなダメージを受けましたわね? 装置が大量に破壊されたことで、闇牢の制御力も落ちていたのです。一時期は、院長の指輪ひとつでも開閉できたんですのよ」

 博士は、しおれたアプルルの右手を取り、指輪を抜き取って、ゆらゆらと扉前で振ってみせた。
「一時期はね」
 そう言って、アプルルに指輪を放り投げる。
「扉が今動かないのは、遺跡の力が復活したからですわ……それをやったのは誰? オホホ! おろかですわ! 自分の犯した罪で、脱獄の芽すらも摘み取ってしまうなんて! アジド・マルジドは本当に、女神さまのご加護を失ってしまったのねえ!」

 アプルルは答えない。ただただ顔面蒼白となって、楽しそうに笑うシャントットの顔を見つめているばかり。

「アプルル。あなた、わたくしを恨んでいるのではなくて? ここへ来て、こんな話をするなんて、って」
 沈黙。
「あなたって人は、本当にお馬鹿さんね。わたくしがさっき言ったことを忘れたの? 場合によっては、教えてさしあげても構わないって。
 簡単ですわね。キーワードは足し算よ……わかる? 確かに今は、遺跡のパワーも持ち直して、院長の指輪ひとつでは開きませんわ。しかし、5人の力を合わせれば? わたくしの計算によれば、扉を開くに十分のエネルギーになるはず……」

 アプルルは、ハッと、電撃に打たれたように顔を上げたが、「そ、それは」と呟いて、すぐにまた俯いてしまった。

「オホホ! そうよ。容易なことではありませんわ。少なくともそれには、院長5人の合意が必要。他の3人の約束を取り付け、没収されているはずの口の院の指輪を入手するのは、正式な手続きを踏む以上に難しいこと……あなたが萎れるのも理解できてよ。
 でも、これも事実なのよ? 今は連邦の――おそらく、建国以来の危急存亡の秋(とき)。みんなわかっているのですわ。国の大事にこそ、一番頼りになるのは誰かっていうこと……あなたの味方は、あなたが思う以上に多いかもね。わたくしが尋ねたいのは、アプルル、あなた自身に、それに賭けてみる覚悟があるかってこと……」

「お味方をして下さい、シャントット博士。お兄ちゃんを助けて下さい。このままだと、お兄ちゃんは死んでしまいます。こんなことをしている間にも、命の火が消えるかもしれません……もしかしたら、もう死んでいるかもしれない……」

「アジド・マルジドは、そんなやわな子ではありませんわ」
 シャントットは静かに――だがきっぱりとそう言った。
「もっと冷静におなりなさい。彼を誰だと思ってるの? 他ならないわたくしの一番弟子ですもの。わたくしが、闇牢ごときにへこたれるような人材を育てるとでも思っていて?
 でも、長く獄中に繋がれていると、さすがに心配ですわね。あの子にはまだまだ使い道がある……働くべきところで働いてもらわなくちゃね。こんなところでおっ死んでもらったんでは、何のために手塩にかけて育てたのか、わかったものじゃありませんわ!」


 アプルルの話が終わった。私はふっ、と息をついた。表の声はまだ止まず、誰が手の院に入ってくる様子もない。

 私とアジド・マルジドとの関係上、大体の予想はつくのだが、尋ねてみた。
「私に白羽の矢が立ったのは何故ですか」
「シャントット博士のご推薦で……」
 私は思わず問い直した。「何ですって?」
「Kiltrogという、何にでも首を突っ込んでくる、便利な冒険者がいるのをご存じ? こういうことに使わない手はありませんわ! オホホホ!」
 アプルルは身体をくねらせて高笑いをした。「ですって」

 シャントット博士が私の情報をつかんでいるとは意外だった。しかし、彼女ほどの権力者となれば、アジド・マルジドに協力していたのが誰なのか、容易に知ることが出来るはずだ。何かの罠である可能性を考えてみる。反対派の釣り出しにしては、手が込みすぎているように思う。博士がアジド・マルジドを助けたいのは本当だろう。理由が師弟愛か、あるいはもっと実利的なものなのかはわからないが。

「博士には、指輪が揃ったら持ってこいと言われました」
「ふむ」
 あるいはそれが目的なのかとも思うが、理由はわからない。
「博士からは何も預かっていないのですか」
「はい」

 それはそうだろう。シャントットにしてみれば、いざ事が露見したとき、火の粉が飛んでこないようにしておかねばならぬ。つまりそれは、アプルルと私が、全ての責を負わねばならぬことを意味する……。

「わかりました、やるだけやってみましょう」
「Kiltrogさん!!」
「ただし」
 私は人さし指を立てた。
「いざというときに、闇牢に繋がれることだけは覚悟を」
「もちろんです。それでも私は、お兄ちゃんを助けたいの。お兄ちゃんの愛国心は、妹の私が一番よくわかっているもの」

 私はにっこりと笑った。
(あなたの味方は、あなたが思う以上に多いかもね。わたくしが尋ねたいのは、アプルル、あなた自身に、それに賭けてみる覚悟があるかってこと……)


アプルル

「ひとまず指輪をお貸し願えませんか。これから各院長に、協力をお願いしてきます。ちょっとした策もありますが……まあ、うまく行くとよいのですが……」

(06.07.09)
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