その459

キルトログ、常夜の手袋を入手する

 カーディアンどもから解放された私は、急いで仲間――とりわけLeeshaを呼び、セミ・ラフィーナを治療させようとした。だが彼女は、息も絶え絶えな状態で「やめろ」と言った。
「遺跡の入り口のガードを呼んで来い……お前は早くウィンダスへ帰るのだ」
「だがその傷では命が危ない」
 私は言った。「早急に手当てをしないと……」

「私が元気になったとき、お前がいれば……私は、お前を斬る衝動を抑えられぬやもしれん」

 セミ・ラフィーナを助け起こそうとした手を、はっと止めた。彼女の魂の根幹を成す、守護戦士の誇りがこう言わせているのだ。
「行け」と彼女は静かに命じた。
 私は黙って頭を垂れ、彼女を遺跡の床に横たえたまま、ホルトトを退出した。後はどうなったか知らぬ。ガードが目を丸くして奥へ飛び込んでいったから、きっと早急に彼女は助けられ、適切な治療を受けられたに違いない。


 私にはやるべきことがあった。奇跡的に揃った5つの指輪を携え、手の院へ向かった。アプルルは院長の机で書き物をしていた。この間とは異なり、建物の中には職員の姿もちらちらと見られる。私はアプルルの前に立ち、人払いを頼もうと2,3度咳をしたが、院長はひまわりのような笑顔を見せて言った。
「心配しないでもいいですわ、Kiltrogさん。彼らは信頼できる人たちです」

 手の院の制服を着たタルタルが2人、とことこと私の足元へ歩いてきて、ぺこりと頭を下げた。彼らはボイゾ・ナイゾコロロと名乗った。よろしく、と言いながら私は、差し出された彼らのもみじのような手を握り、順に握手をした。

「アジド・マルジド院長には、借りがあるんだよな! ぶつぶつ言いながらも、予算をたくさん回してくれたからさ!」
 ボイゾ・ナイゾが豪快に笑った。
「俺の腹は決まってるんだよ。手の院に入ったときから、何があっても院長に絶対ついていくって。今こそ俺の価値が試されているんだ。そうじゃないか?」

「口の院院長は仰ってました。規則というのは破られるためにあると」
 コロロも屈託無く、くすくすと笑う。
「だから、アプルル院長にはわたくし言いましたの。牢というのも破られるためにあるんじゃありませんこと、って」

 いくら信頼できるとはいえ、秘密は大人数に漏らすべきではない。私は院長に苦言を呈そうと思ったが、止めておいた。もはや事態は、そのような段階を通り過ぎているのかもしれない。むしろ、アプルルに賛同する者がこれだけ現れるという事実の方を重く見るべきであろう。

「それで、例の件なんですが」
 職員ふたりが気を利かせ、それでは、と手を振り、カーディアンの組み立ての方に戻ってくれたので、私は安心して話すことが出来た。気を使う必要はない、と言われても、内容が内容だけに、到底落ちつけるものではない。アプルル自身もそのことをわかっているのか、私が周囲に絶えず神経を張り巡らせている様子を見ても、別に注意をするわけでもなかった。

 私は小袋を叩いて、5つの指輪はすべて手に入ったことを伝えた。口の院の指輪については、アプルルが細かく知りたがったので、順を追って話した。彼女が食らいついたのは、クピピ嬢の思わせぶりな態度や、セミ・ラフィーナの生命の危機に関してではなく、新たな王を頂いたカーディアンたちの言動に関してであった。手の院院長だけにカカシどものことが真っ先に気になるとみえる。

「でも、Kiltrogさん。そんなわけはないはずなのよ」
 アプルルは心細そうに、右手を口元へ持っていった。
「カーディアンたちが、主人を抱かなくなるメカニズムは明白だわ。それは、彼らの中で、主人という概念が消えるからなのよ。野良カーディアンは――エースカーディアンたちも含めて――いわばこういう主従意識の欠けた状態にあったわけね。
 ところが、今新しい王が――ジョーカーというの?――出現している。そして、ジョーカーを頂点に、一つの社会を形成してまとまりつつある。カーディアンが主人という概念を無くしたら、もう二度と何者かに仕えることはないの。理論上そんなことは起こりえないのよ。なのにジョーカーは選ばれ、戴冠した。この意味はじっくり考えてみなければいけないわ」

 アプルルは爪を噛みながら、ううん、ううんと唸っていた。形の良い眉を真ん中に寄せ、思案に暮れている様子は、なるほど美しく、連邦随一の麗人よと賞賛されるのも頷ける。
 私は院長の机の前に立ちつつ、疲れた脳でぼんやりそんなことを考えていた。
 
「ああ、ごめんなさい……。指輪は、シャントット博士のところへ届けて貰えるかしら」
 アプルルは申し訳なさそうに言った。
「その間に、カーディアンの秘密について考えたいのです。もしかしたら、何か重大なことがわかるかもしれないから」

 わかりました、と頭を下げて手の院を出てきた。ドアを開けるとき、職員たちの方に手を振ったら、彼らは園児のように屈託なく、腕がちぎれんばかりの勢いで手を振り返してきた。私は思う。まことタルタルは愛らしい、楽しい種族だ。この小さな友たちを悲しませてはならぬ。美しきウィンダス連邦を、決して崩壊させてはならぬ。


 奇人変人どもの揃う博士邸に近づく者は少ない。中でもシャントット邸の周囲と来たら! 博士の花火のような性格はつとに有名である。何年か前には、新聞特派員をストーカーと勘違いして、気安く呪い殺そうとした事件があった(その96参照)。本当に恐ろしいのは、すわ殺人かという事態になるところだったのに、彼女がちっとも悪びれてなんかいないことだ。触らぬ神に祟りなし。石の区でもし肝試しをするなら、シャントット邸に突撃して実験台にされるより、オバケの家で物音に怯えている方がまだましであろう。

 博士邸を訪ねたときは夜半を過ぎていたが、シャントットはばっちりと起きていた。私の姿を見ると「オホホホ!」と楽しそうに笑う。
「お久しぶりねえ。その顔つき……もしかして、例のものを揃えてきたの?」

 私は無言で指輪を5つ取り出し、間違って取り落とさないように、ひとつひとつ彼女の小さな手のひらに置いていった。

「オホホホ! 本当に持ってくるとは思いませんでしたわ! 冒険者ながらに大したものねえ。全く恐ろしいわ」
 かりそめにも、この人にそんなことを言われたくはないものだ。私の渋面を見てとったシャントットは、
「あなたが何を心配しているか、わかっていてよ。アプルルのことでしょう」
 と、少し意外なことを言った。

「今回のことは重大な事件ですわ。おそらくウィンダスの歴史に残るほどのね。しかし、院長をすべて巻き込んであげましたから、指輪の件で、アプルルだけが厳罰を受けるということは免れるはず……」

 なるほど、博士の真意は、リスク分散にあったというわけか。だが事が露見し、闇牢破りが大逆とみなされた場合、アプルルが主犯格であることにかわりはない。その辺りのさじ加減は、星の神子さまの裁量によって決まるはずである。いずれにせよ、大きな賭けであるには違いない。

 私が思案している間に、シャントット博士は、黒い小さな手袋を取り出し、左手にはめ「えい、えい、えーい!」と楽しそうに叫びながら、指輪をひとつひとつ装着していった。

 最後に手袋を取り、彼女はそれをひらひらさせて、
「出来ましたわ。禁断の常夜の手袋! これを使えば、指輪の力を一度に引き出せますわ。5つの指輪を直接にはめてしまうと、身体が流星のように燃え落ちてしまうと言われてますからねえ。
 それを防ぐのがこの、わたくしの手製の手袋というわけ。手袋そのものは、戦前に完成しておりましたものを……わからず屋のカラハ・バルハが、目の院の指輪を貸してくれなかったものだから、遂に自分で試す機会が訪れなかったのですわ。
 思い出したら腹が立ってきましたわ。ああ、あんちくしょう! あのとき! キーーーー!」

 やかんの沸くような音を立て、博士が赤くなり始めたので、ここらへんが潮時だと悟った。私はそろそろと下がり、扉をこっそりと開けたが、去ろうとする私の背中に、シャントットが最後の忠告をかけた。
「あ、手袋は、ちゃんとアプルルに渡しますことよ。あんたが使ってしまって、ビロンビロンに伸びてしまうのは勘弁ですわ!!」


(06.08.09)
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