その463

キルトログ、星読みの秘密を知る(1)

 沈黙が空気を支配した。アジド・マルジドは口をきりっと結び、セミ・ラフィーナを見つめているばかり。セミ・ラフィーナは目で神子さまにすがったが、神子さまがお話どころか、彼女と視線を合わそうとすらなさらないので、仕方なくアジド・マルジドと真っ向からにらみ合っていた。いびつな緊張が続いた。それは数分にも及び、セミ・ラフィーナがふっと唇で笑い、小首を傾げることでようやく破られた。

「私は、魔法には詳しくないが」と彼女は最初にことわった上で、
「星月の力だと? それはどういうことなのだ。ホルトト遺跡と同種のエネルギーを使う人間、あるいは獣人がいるということなのか」

「星月の力は、人間が小手先で制御できるものではない。少なくとも、今のウィンダスの技術ではな。古代遺跡の恩恵がなければ、使いこなすことなど不可能だよ。あまりにも圧倒的なエネルギーで、個人の魔法力など――例え俺クラスの魔道士であろうが――容易に押しつぶしてしまうからだ。そうでしょう神子さま」

 その言葉は、闇牢に入っていた彼ならではのものだったろう。神子さまは小さくこくりと頷かれた。

「ならば聞こう。アジド・マルジドよ、黒い使者の正体とは誰、あるいは何なのだ」
「まだ不明な点があり、確たることは言えないが」 
 アジド・マルジドは慎重な言い方をした。
「奴が何を力の源にしているのかは想像がつく。つまり、どこからその星月の力を得ているかということなのだが」
「はっきり言ってくれ、アジド・マルジド」

「おそらく……大いなる獣フェンリル」

 セミ・ラフィーナが、「はっ!」と嘲笑したが、私と神子さまがおし黙っているのを見て、勢いをそがれた格好になった。
「馬鹿な、フェンリルだと。そんなことがあるはずがない。フェンリルは満月の泉に……」

 そこまで言って、彼女は唐突に押し黙った。
「そうか……そういうことなのか……お前はわかっていたのか、Kiltrog?」

 セミ・ラフィーナが話を振ってきた。私はその時、やはり彼女は、私が泉に降りたことを知っていたのだな、と思った。

「自分は満月の泉を見たことがなかった。にもかかわらず、あるべきものがない、とはすぐに気づいた。そして考えた。神子さまが満月の泉に下りることを禁忌とされたのは、誰にもそれを知られてはいけないからではないかと。今の満月の泉には、大いなる獣フェンリルがいない、という事実を」

(満月の泉で、何を見たのですか? Kiltrog)
(何を見たかというより、何を見なかったのかを申し上げる方が、適切のように思います)
その432参照)

 アジド・マルジドが頷いた。
「俺は『神々の書』を見た。始まりの神子さまが、何をされたのかも知ることが出来た。その内容と俺の知識には齟齬がある。だから、神子さまにお聞きしなければならない。24年前、カラハ・バルハがフェンリルを召喚してから、満月の泉で何が起こったのかを」


 星の神子さまの御面(おんおもて)は、氷のように冷たく、何の表情もお伺いすることは出来なかった。一同身を固くしたが、神子さまは私たちの顔をひとりひとりご覧になり、「そう……全てを話さないといけませんね」と、落ち着いた声で仰った。

「まずは、始まりの神子さま、リミララさまの予言から語らなければなりません」

 神子さまは、腰掛を下りられた。長い話になりそうだった。

「660年以上前、リミララさまは、ホルトト遺跡で天啓を得られ、偉大なる魔法の力を習得されました。そして、サルタバルタで暴れていた大いなる獣、神獣フェンリルさまを、満月の泉に封じられました。この辺りのことは、あなたたちも知っていることと思います。

 ところで、星の神子リミララさまは、最初に天文泉で占いを行われたのでした。これは月詠みと呼ばれるもので、その結果は、悠久に流れ行く川のように、連綿と続くウィンダスの行く末を――まだ連邦すら生まれていなかったのですが――予言していました。それは大変に長いもので、リミララさまご健在の当時から、クリスタル戦争にまで内容が及んでいたのです。代々の星の神子は、リミララさまの予言を、必要に応じて読み解いてきました。これが星読みです。

 リミララさまの予言は、ウィンダスを繁栄に導き、栄華をもたらしました。しかし、私の星読みが見たものは……
 滅び、でした」

 このとき、アジド・マルジドが、深いため息をつきながら、両手で顔を覆った。
 神子さまはお続けになる。

「建物は焼け、煙がたちのぼり……天に満ちた光が空を焦がし、地には大水がとどろき、人々を飲み込み……それは文字通りの終焉でした。リミララさまは、660年後の未来に、ウィンダスが滅亡することを予言しておられたのです」

 私はセミ・ラフィーナを見た。彼女は直立不動の姿勢を保っていたが、唇が小刻みに震えていた。紙のように顔が白かった。彼女は迷信に溺れるようなタイプではない。だがその一方で、神子さまがこのような話を軽々しくなされる方でないことをよく知ってもいた。
「世界は……どうなりましょうか。サンドリアは? ジュノは? バストゥークは? カザムは?」

 神子さまは首を横に振られた。
「私にはただ、見えるだけ。リミララさまの月詠みの結果が。世界がどうなるかまではわかりませんが、まぎれもなく、ウィンダスは滅びます。多くの犠牲者を出して」

 セミ・ラフィーナは黙ってしまった。

「話を続けましょう。私は、何とか国を救わねばなりませんでした。例えここで終わりを迎えるのだとしても、私はただ民が死ぬのを見過ごすことは出来ません。

 私は満月の泉に降り、フェンリルさまにお会いしました。

『小さく弱き神子よ』と、フェンリルさまは仰いました。
『星月の意志は天の意志。人は繁栄の中に、自ら恐れながらも滅びを望むもの』
と。
 それは、全ての望みが断たれていることを意味しました。運命は変えられぬのだと。

『この我と渡り合った神子ですら、自らの怯えに屈した。ましてや、我を前に震えるばかりのそなたに何が出来よう』

 そう、私は震えていました。恐ろしくてたまらなかった! 目の前に陥穽が待っているのに、それがわかっているのに、私には何も出来ない! 愛するウィンダスの人たちを、見殺しにするしかない! 

 私は悩み、苦しみました……弱い私……私がもっと、星の大樹の幹のような、確固とした逞しさを持っていたら……。
 ですがあの時代、それを持っている人が、ひとりだけ、私の傍らにおりました。
 目の院院長カラハ・バルハです」

(大丈夫です。必ずウィンダスは、滅びの運命から逃れることができます)
 魔晶石は記憶していた……逞しい男の言葉を。
(神々の書が、私にあらゆる知識をくれました。魔法塔の意味、満月の泉の場所、偉大なる獣を従える方法。私を信じて下さい。神子さま)

「召喚の魔法とは、星月の意志を変えようとする技でした。神獣フェンリルさまのお心を、カラハ・バルハ自身の制御下に置こうというのですから。満月の泉で、カラハ・バルハはそれを試みました。恐ろしいエネルギーの応酬が続き……私は彼に、やめて、と叫びました。カラハ・バルハは不世出の天才でしたが、それでも人の子、神獣のみ心を包むには届かなかったのです。

 フェンリルさまは仰いました。『これが人の運命に逆らう力か!』と。

『神子よ、怯える必要はない』とも。

『導きの光なき闇夜が来るが、決して歩みを止めてはならぬ。歩みを照らす光はないが、光なくとも道はあるのだ』

 フェンリルさまは亡くなりました。カラハ・バルハも、獣人軍を星月の力で撃退したあと、力尽きて死んでしまいました。聖都は荒廃しましたが、かろうじて滅びは免れました。20年が経ち、ウィンダスは奇蹟の復興をとげました……しかし、それでもなお、予言が回避されたわけではないのです。リミララさまの月詠みは、聖都の崩壊とともに終わっているのですから」

(06.09.02)
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