その464

キルトログ、星読みの秘密を知る(2)

 神子さまの話が終わった。

 一同は何も話さなかった。アジド・マルジドは腕組みをし、右手の人差し指で眉間を押さえていた。セミ・ラフィーナは彼と私をちらちら見、音を立てるのさえ恐れている様子だった。神子さまのおん肩は、重荷を下ろしたようにさがっていたが、お顔は蝋みたいな白さだった。

 私はううむ、と唸った。今の神子さまのお話の中に、何か引っかかるところがあったのだが。

「神子さま」と私は手を挙げた。
「神子さまはいつ頃から、月詠みの内容をご存じでいらっしゃったのですか」

「他ならぬ星登りの日です」
 淡々としたお声だった。

「あの日、私はウィンダスの未来を見て卒倒しました。侍女たちは、クリスタル戦争のビジョンがそうさせたのだと信じたようですが、違います。私が見たのは、焦土と化した聖都ではなく、20数年の先に訪れる避けられない滅亡です。リミララさまの予言がふっつり終わっていたからこそ、私は絶望して気を失ったのです(その203参照)
 以後私は、星読みの機会があるたびに、未来を読むふりをしてきました。天文泉は何も写しません。もはやウィンダスには、写すべき未来などないのだから……」

「光の間の封印が外れていることが、どうしておわかりだったのでしょうか」

「闇の王復活の噂が、現実味を帯びていました。いずれ誰かに頼み、封印を確認しなければならなかったでしょう。星読みが口実に過ぎなかったとしても」


 私が得心して口を閉じたのと同時であった。アジド・マルジドが腕をとき、「神子さま!」と高い声をあげた。
「神子さまは、連邦をどう、お導きになるおつもりなのですか」

 神子さまには、酷な言葉であったと存じ上げる。セミ・ラフィーナの表情がこわばるのがわかった。ただしアジド・マルジドは、神子さまを責める気は一切なかったようだ。というのは、神子さまのおん前に進み出て、片膝をつき、深々と頭を下げてこう言ったからである。

「神子さま! ウィンダスの未来は閉ざされてはおりません。俺がいます。フェンリルの言う通り、暗闇でも道は存在するのです。俺は自分で光をつかむ覚悟が出来ています。だから……そのためにも……」

 彼は平伏し、床に額を擦りつけた。私は驚いた。誇り高きアジド・マルジドが土下座! しかし彼は躊躇することなくそれをやったのだ。

「どうかしばしの自由と……カラハ・バルハの心の院へ入るおん許可を賜りたいと存じます。24年前、彼は自らの命を犠牲にし、国を救いました。今度は俺が遺志を受ける番です。なにとぞ俺に、大魔道士の叡智を……彼の研究成果をお与え下さい」


 アジド・マルジドの声は、膝とローブの間に響いて余計に力強くなった。広間にいんいんと響いた彼の言葉は、私の胸を打った。冷徹なセミ・ラフィーナにも、感じ入るところがあったようだ。彼女は小さく「アジド・マルジド」と呟き、彼の右側に進み出ていって、神子さまに相対し片膝をついた。アジド・マルジドがわからなかったはずはないが、彼は動かない。口の院院長の身体は小さく、座っているセミ・ラフィーナの腰までの高さしかない。

「私からもお願いを申し上げます、神子さま。どうか彼に寛大なご処置を」
 
 神子さまは二度ほどまばたきをされた。だが聡明なお方である。たちどころにセミ・ラフィーナの真意をお汲み取りになり、おごそかに仰った。

「貴女がそのように申すのなら、今回のことは許してさしあげましょう。アジド・マルジド、あなたがどうやって闇牢を出たか、そのことも不問に致します。あなたの言葉を信用しましょう。心の院は自由に使用なさい」
「はは……ありがたき幸せ……」

 アジド・マルジドは終始頭を上げなかった。小さな嗚咽が漏れたように聞こえたのは、果たして私の気のせいだったかどうか。


 セミ・ラフィーナはうまくやったものだ。彼女自らアジド・マルジドへの恩赦を願い出ることで、神子さまの面目を保った。同時に、今まで犬猿の仲だった男に対して、協力することもやぶさかではないという意志を示した。これに答えぬほどアジド・マルジドは愚かではない。ウィンダスの危機を前に、連邦最強の二人が戻ってきた! これほど胸を撫で下ろすニュースは他にない。

 ことの顛末を、早速アプルルに話に行こうと、私は森の区へやって来た。彼女の兄はその足で心の院へ潜ってしまった。妹に知らせに行くような手間は割かない。アジド・マルジドとはそういう男である。

 折り悪く手の院には来客があった。タルタル男性とアプルルが話しているようだったから、私は戸口に控え、彼が用事を終えて帰るのを待っていた。だがなかなか出てこない。何をしてるんだと覗いてみたら、アプルルの様子が変なのである。手紙らしきものを広げ、ぷるぷると両手を震わせているのが遠目にもわかる。何かよほど衝撃的な知らせがあったらしい。彼女の肩を客人が叩いて、こちらに近寄ってきたとき、私は彼の装束が博士の――マンドラゴラ研究の権威、ヨラン・オランのものであることに気づいた。

 博士がぺこりと礼をしたので、私もお辞儀を返した。彼はとことこと石の区の方へ去っていった。彼とは面識があるが、彼の研究に役立つ(と思われる)マンドラゴラの四葉を買い取ってもらっただけである。私のことを覚えているとは思えない。たぶん社交儀礼で頭を下げていったのだろう。

「き、Kiltrogさん」
 見るも哀れとはこのことだ。アプルルの顔からはすっかり血の気が引いている。
「こんなことが……まさか……私、どうしたらいいのかわからない!」

 ちょっと失礼、と言って手紙を見せて貰った。紙は私の手のひらの大きさほどもない。小さくも格式ばった字がみっちり並んでいる。


我水晶大戦救国の英雄なりしがボヤーダ樹のマンドラゴラにより囚われり
本国連邦の救援を待つ
至急送られたし

 末尾に記されているフォークのような絵は、どうやら手の院のマークを指しているらしい。本人の署名はない。連邦救国の英雄と自称しているだけだが、常識的に考えて、彼がカラハ・バルハである筈はない。

 この御仁はどうも誇大妄想の気がありますなぁ、と言って私は笑ったのだが、アプルルはお愛想で口をぴくぴく動かしただけである。そこで思い至った。彼女は手紙の主が誰かわかっていて、だからこそ動揺を隠せないでいるのである。曲りなりにもアプルルは五院の長の一人だ。そのような要人に顔色を変えさせる人物とは、一体誰なのだろうか。

「ずっと、死んだとばかり思っていたのに」
 彼女は涙声になっていた。

「でもこの字、絶対に見間違えようがない……小さい頃から見てきたもの。Kiltrogさん、これはお父さんの字。よりによってこんな時に、ゾンパ・ジッパ父さんが、生きていることがわかるだなんて!!」


(06.09.02)
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