その465

キルトログ、マンドラゴラに鼻薬を嗅がす

 水晶暦887年、ウィンダス古今未曾有の大危機。連邦は星月の加護を失い、もはや滅びを待つばかり。しかし、それに敢然と立ち向かう者がいた。連邦随一の大魔道士、口の院院長アジド・マルジド。彼は闇牢から無事生還した。そして、カラハ・バルハの研究を引き継ぎ、召喚魔法の秘術を明らかにして、連邦壊滅を回避しようと決死の試みを続けるのである。

 目の前に立ち込める雲が、ようやく払われたように思われた矢先だった。ヨラン・オラン博士を通じて、彼の父、ゾンパ・ジッパ博士が生きているという情報がもたらされた。これは吉報なのだろうか。それとも、避けられない運命を暗示する凶兆のひとつに過ぎないのだろうか。

 私はヨラン・オランに会いに言った。幸い、博士は寄り道せずまっすぐ帰って来たらしく、在宅中だった。
「いつもなら、出歩くことはほとんどないのですよ」とヨラン・オラン。
「近ごろは論文の執筆にかかりきりでね。冒険者諸君の協力のおかげで、ようやくマンドラゴラの研究がかたちになったのです」

 ほほ、と彼は咳きこむように笑う。タルタルだから童顔なのだが、落ち着いた話し方、物腰の柔らかさには、好々爺の雰囲気が溢れており、泰然とした態度は仙人のようですらある。

「ゾンパ・ジッパの手紙は、ボヤーダ樹のマンドラゴラが落としたらしい。冒険者が持ってきたのですよ。マンドラゴラに見つかって没収されていたのか、それとも手なずけた奴にわざと落とさせたのか、それはわかんないですがね。

 それにしてもボヤーダ樹とは不意打ちでしたね。彼が生きているかも、と私たちも想像しなかったわけじゃないが、てっきりホルトト遺跡のどこかに囚われてるんだと思っていた。そんな様子がないのでみんな諦めてはいたんですがね」

 アジド・マルジド院長には伝えるべきかどうか、聞こうとして私は思いとどまった。あの院長が心の院から出てくるわけがない。例え話が出来たにしても、今の彼なら、夕食のメニュー以上に関心を示すかどうかも怪しいものだ。
 
 そう考えて、私はアプルルの顔色を思い出した。彼女は明らかにおかしかった。いくら動揺していたからといって、実の親が生きていた時に示すような態度とは――その辺は、ガルカには推し量るしかないわけだが――到底思えない。

「ゾンパ・ジッパとあの兄妹とはいろいろあったからねえ」
 言って、ヨラン・オランはひとつ派手なくしゃみをした。

「まあ、マンドラゴラに関してなら、私も協力してあげられるでしょう。何といっても私は、それを仕事にしているわけですからね。ほほ。
 マンドラゴラは腐葉土から養分を得ています。中でも、グゥーブーの腐葉土には目がないようです。老婆心ながら、入手しておくことを勧めますよ」

 ありがとうございます、と私は頭を下げ、気になっていた質問をした。
「ゾンパ・ジッパ氏とは、いったいどのような人物なのでしょう」

 すると博士は、眉を八の字に寄せ、まるい目をさらにまん丸にし、大きなため息をついたのである。
「救国の英雄と自分で言う御仁です。大体想像がつくでしょうが……」


 ヨラン・オラン博士推奨の、グゥーブーの腐葉土について調べてみた。ボヤーダ樹に住む種の背中に生えるという。希少なものらしいので、簡単に見つかるかどうかはわからないが、目的地が同じだから話は早い(注1)。ゾンパ・ジッパを探しつつ、グゥーブーを倒して腐葉土を入手するのは、そう難しい話ではない。

 ボヤーダ樹に友人たちと出かけた。木の中とはいえここは星の大樹以上の規模を誇る。小さなタルタルが隔離されている場所を探すのは、想像以上に骨だ。どこかそれらしい場所はなかっただろうか? マンドラゴラが何かを隠しているような……。

 心当たりがあった。


 広場から脇道に入ると、一体のマンドラゴラが立っていた。そいつの後ろには柵があった。太い幹が何本も、天井から床までを貫いていて、とても通れそうにない。Leeshaが頭を撫でてやると、マンドラゴラはピイ、とかわいらしい声で鳴いた。

 グゥーブーの腐葉土を詰めた小袋をあけてみた。気持ちのいい臭いのするものではないが、マンドラゴラには違うようだ。効果はてきめん、たちまちバタバタと身もだえを始めた。広場の方に放り投げてやると、小走りに駆け追っていった。袋から腐葉土を器用に取り出して、身体に絡めている。頭頂にある双葉までふんにゃりと萎れているのは、彼の恍惚ぶりを表しているのだろう。これで門番は片付いた。

 振り向くと、不思議なことが起こっていた。幹が自ら避けるように道を譲ったのである。何か魔法が働いているとしか思えない。私とLeeshaは戸惑いながら門を潜った。

 柵の向こうは小さな広場だった。下草が繁茂して青い絨毯となっているところは、こちらの世界と変わらない。壁の高いところに小さなうろが見えるが、それ以外には出口はないようだった。ということは、ここから外へ出るには、今来た門を潜りなおすしかないわけである。

 茂みががさり、と動いた。私は反射的に身構えた。何か小柄な生き物が、草をかき分けて近づいてくる。マンドラゴラか、と思ったが違った。彼の頭の部分がのぞいているのだが、マンドラゴラの青々しい双葉ではなく、うす汚れたきのこ傘だったからだ。もしかしてファンガーかもしれぬ。

「おー、おー。君は誰だね」

 ファンガーが喋った。妙に甲高い声だったので、ひどく素っ頓狂に聞こえた。きのこの傘の下から、タルタルの黒い顔がのぞいた。帽子だったのだ。彼は下ばえから完全に姿を現して、口の中にはいった草の端を「かー、ぺっぺ!」と吐き捨てた。きのこと勘違いするほど、彼の身体は汚かった。泥がこびりついた彼のローブは、ちらちらのぞく裏地の色から考えるなら、美しいモスグリーンをしているはずなのだ――アプルルが着ているのと同じように。

 このタルタル氏が誰なのか、議論の余地はない。私は連邦式の敬礼をして、失礼のないように名乗ろうとしたが、両手を構えた途端に「なに? 私が誰かって?」と逆に言われた。そんなことを問うた覚えがないのに、彼が「よろしい、教えてしんぜよう」と胸を張るものだから、私の礼儀はすっかり宙ぶらりんになってしまった。

「あー、我こそは、南方にありき魔道の都、ウィンダス連邦「手の院」院長ゾンパ・ジッパ!」

 想像した通りだった。彼が博士の鎧を着ていないのは、まだ院長職にある段階で拉致されたからだろう、と推察される。

「20年前、ウィンダスに偉大なる勝利をもたらした、高名・異才・美麗の三拍子揃ったタルタルとは我のことなり! その天才の脳が察したところによると、君はウィンダス本国から、私を迎えに来るよう命じられてきたのではないかね? どうだ? 図星ではないか?」

(06.09.02)
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