その466

キルトログ、ゾンパ・ジッパと話す(1)

 私は改めて、伝説の手の院院長、ゾンパ・ジッパを見つめた。

 タルタル氏は前述のように薄汚れていて、たとえ本人が言うような天才、大戦の英雄だったとしても、その偉大さは見る陰もない。かえって胸を張って偉そうにしているのが痛々しいほどである。私はもっといかつい人物を想像していたのだが、それはアジド・マルジドの顔を想像したからだった。ゾンパ・ジッパ氏本人は、思ったより柔和な印象である。どちらかというとアプルルの方に似ているかもしれない。

 彼にどう答えるかしばらく逡巡した。そういえば私の立場は不明瞭だ。今回ボヤーダ樹へ来たのは、ゾンパ・ジッパ存命との知らせに、個人的な興味を覚えたからに他ならない。アプルルにぜひ連れ戻してきてほしいと頼まれたわけでもなし。彼女の様子からすれば、そんなことをしたら逆に恨まれそうな気もする。

「そういえば、我がなぜここにいるのかを語らねばならんな」

 お喋りを相手にしていると楽だ。こっちが黙っていてもどんどんどんどん喋ってくれる。

「我の20年前の活躍は、魔道兵カーディアンの恐るるところであったのだな。奴らは我を拉致し、監禁した。しかし! 虜囚となって萎れるような我ではない。そこのところを勘違いしてもらっては困るよ。考えようによっては、外界と遮断されたよい機会ではないか。そう思って我は、このボヤーダ樹で自主的に研究を継続しているというわけだ。これこそ天才のなせる業だとは思わんかね。

 ただなあ。愛国心の強い我のこと、連邦に関しては常に気にかけてきた。残してきた息子と娘のことも心配だ。ふたりとも決してやわに育てたわけではないし、何よりも天才である我の血を引いておるわけだから、心配がいらんと人は言うだろうよ。だが我も親だからな、ほっ! 親心についてガルカなんかに語っても仕方ないがね」

 ゾンパ・ジッパは、さりげなく失礼なことを言った。「まあ座れ」と彼は右手を上下に振ったが、見渡すところ草ばかりであって、とても座りごこちが良さそうではない。だがここが彼の長年の住処であり、居間であり、寝室だった現実を考えると、むげに遠慮することも出来ない。
 私はしっとりと湿った草の上にあぐらをかいた。彼には聞きたいことも多々ある。長い話になりそうである。


「ほほう、息子は口の院院長、娘は手の院院長になったのかね」

 まんざらでもないような顔で、ゾンパ・ジッパは顎をこすった。子供の成功を喜ばない親はいまい。またそれは同時に、彼の血統の優等性を証明するものでもある。

「しかし、カーディアンは娘に従ってないのではないかね」
 ゾンパ・ジッパは意外なことを言った。

「あの子は昔から、カーディアンを個体として扱うきらいがあったからな。自分の子供かペットのように可愛がっておったよ。それじゃいかんと口を酸っぱくして教えたのだがね」
 そんなもんですか、と私は答えた。

「あんなものはきみ、道具だよ道具!」

 ゾンパ・ジッパは鼻で笑って言い放った。なるほどこりゃ、アジド・マルジドはともかくとして、少なくともアプルルに敬遠されるのは当然かもしれん。

「だいたい我をこんなところへ捨てくさりおって!!」

 ゾンパ・ジッパはぷーと頬を膨らました。確かに、誰だってこんな青臭い部屋に監禁されたら、カーディアンを恨みたくもなるだろう。だがそれも、もしかしたら彼自身が撒いた種かもしれないのだ。カーディアンも心を持つ一種の生き物であり、こき使われたら決して気分よくはあるまい。

「カーディアンには、何があっても絶対服従する“主人”という概念を持つ。これを我のみに設定していれば、反乱などという問題は起こらなかったのだがなあ。いかんせん我は軍隊を必要としていた。利便性の面から見ても、全魔動兵の主人になるというわけにはいかなかったのだよ。

 我の工夫はこうだ。カーディアンに性能差を与え、ナンバーをふり、下っ端がより高いナンバーのカーディアンに従うようにした。そして、一番上の位のカーディアンを直接我に従うようにしたのだ。どうだ、なかなかよいアイデアだろう」

「それがジョーカーなのですか?」

 私が言うと、ゾンパ・ジッパは突然喉を詰まらせて、げへんげへんと咳き込んだ。

「ジョーカー!!」
 苦虫を噛み潰したような顔で唸る。

「その名前を聞くのは久しぶりだ。いや……主人は我ではない。あれはカラハ・バルハの作ったカーディアンだからな」
「カラハ・バルハさまも、魔動兵という発明には一目置いておられたようで」

 ゾンパ・ジッパは、「むふほっ」と気味の悪い声で笑った。こんな単純なお追従の通じる相手なら、扱いやすくてよろしい。

「あやつは、ホルトトの魔法塔で研究をしておった。特別な魔導器を作りたいというので、強くて賢いカーディアンを何体か貸してくれ、と言ってきた。そこで我は気前よく、エースカーディアンたちを貸し出したのだ。我ではなくカラハ・バルハの言うことを聞け、と命じてね。

 だがあやつ、あろうことか、我の発明を盗みよって、ジョーカーという新しいカーディアンを作ってしまった。そして我のエース・カーディアンたちに、ジョーカーを主人とするよう設定し直し、ジョーカーに魔導器の全てを任せていたのだよ。奴の主人はもちろんカルハ・バルハだ。

 ところがあの戦があって、カラハ・バルハは死んでしまった。カーディアンの設定は、術者が死ねば解け、単なる人形に返る……。だが、複数の命令系統がまずかったのだな。ジョーカーは当然死んでしまったが、カーディアン自体は術者ではない。こういう経緯で、ジョーカーを主人として命令をきいていたカーディアンたちは、奇蹟的に“生き残って”しまったのだ。

 主人が死んだのに生きている、というあり得ない状況に混乱した奴らは、知恵を絞って、こういう結論に落ち着いたようだ。すなわち、ジョーカーを生き返らせればよいのだと。主人が復活すれば、問題はすべて解決すると。

 カーディアンの設定を解けるのはカラハ・バルハだけなのに、あやつはもういない。我にも無理だよ。不覚! これを不覚といわずして何と言おう。天才にもきみ失敗はあるのだよ。おかげで恩知らずどもめ、我が生みの親であることも忘れて、我をこんなところまで連れてきおった。ジョーカーを蘇らせることなど、どだい無理な話であるにもかかわらずだ」


「ジョーカーなら、もう2年も前に復活しました」と私。

「しかも、ジョーカーのカードを使って、知恵まで取り戻してしまい……。奴は今ホルトトに逃亡して、カーディアンたちの長となっている由」

 すると、ゾンパ・ジッパは、氷のように顔を真っ白にして、大口をあけて絶叫したのである!

「何ということだ! 死んだカーディアンが生き返ったのか!? それが本当のジョーカーだったなら……大変なことが起こっているはずだぞ!!!」


(06.09.14)
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