その467

キルトログ、ゾンパ・ジッパと話す(2)

「大変なことが起こっているはずだぞ!!!」

 ゾンパ・ジッパはぎゃあぎゃあと喚きながら、広場の中を駆け回り始めた。「あ あ あ あ !」と全力疾走。「あ あ あ あ !!」そして最後に、私の尻尾に足を引っ掛けて、派手に転んだ。ゾンパ・ジッパは草地に頭から突っ込んだが、彼のローブは最初からどろどろだったので、幸いにも新しい汚れが目立つことはなかった。

「ししかし……ハアハア」
 と、彼は息を整えながら、
「エース・カーディアンたちがよしんば、ジョーカーの身体を手に入れたとしても、高度な魔動兵のこと、普通の魔導球では動かんはずだぞ! 奴らめ。そういう魔力の弱い魔導球を、冒険者を脅して集めたりはしていたようだがな」

「いえ、どうやら特別な魔導球らしいのです。ナナー・ミーゴも標的にしてたほどですから」

「ナナー・ミーゴとは何かね」

 うっかりしていた。ゾンパ・ジッパはずっと監禁されていたのである。世捨て人同然であり、近ごろ名の売れてきた彼女を知っているわけがない。

 泥棒ミスラの説明をしようかしら、それとも煩雑になるだろうか、と、いろいろ頭の中で考えたが、そんな心配はいらなかった。肝心のゾンパ・ジッパの方が、何か他ごとを思い悩む様子だったからである。

「まさか、あのときヤグードに奪われた……?」

 私が顔色を伺っているのを見ると、彼はわははと笑いごまかし、膝を打つついでに私の腿をぱちんと弾いて、

「とにかく、ジョーカーが生きているのは事実なのだな?」

 と念を押した。確認するまでもない。ただし、ジョーカーにカードを持って行ったのが自分であることは黙っていた。


「大変なこととは何なのです」 

 私は正座し、ゾンパ・ジッパの目をまっすぐに見つめた。彼は「うっ」とたじろいで、ローブの比較的きれいなところで額を拭ったが、一度口にしたものを引っ込めることは出来ぬ。

「むむ。これは、手の院の秘術に関係しているのだが……」
 私が退かぬ構えなのを見て、しぶしぶと話し始めた。

「よいか。無機物に命と意思を与える魔法を、封命術という。封命術には重大な決まりがある。魔法をかけた術者が死んだら、その魔法は切れる。かくして無機物は死ぬ。これはさっき言った。そこまではいいな?」

 私は頷いた。

「よろしい。その決まりとはこうだ。死んだ無機物を生き返らせてはならぬ。万が一そうしたならば、死した術者も再び、死の虚無から呼び戻される」


「ということは……」


 私は、ゾンパ・ジッパの黒い瞳を見つめた。彼と視線が合った。彼の真剣なまなざしに向き合っているうち、私は彼の言う「大変なこと」に気づいた。鎧に覆われた背中を、汗がつうと伝うのがわかった。おそらく顔色は、ゾンパ・ジッパが見るところ真っ青になっていたろう。

「そうだ……ジョーカーが生き返ったということは、その術者も復活したはずなのだ。死の淵から蘇ったカルハ・バルハが、世界のどこかにいる、ということなのだぞ!!」


 ゾンパ・ジッパからの手紙を携えて、私はウィンダスへ戻った。天の塔へ報告に行ったが、神子さまはお取り込み中である、と言って、守護戦士は通してくれなかった。

 扉を開けてセミ・ラフィーナが出てきた。彼女は私を天文泉の片隅に差し招き、小声で耳打ちをした。

「これから、神子さまを満月の泉までお連れする。神子さまは、アジド・マルジドの熱意に深く感動なさり、政(まつりごと)へ向かわれる勇気を取り戻されたようだ。あいつも少しは役に立つ」

 私は苦笑して、ボヤーダ樹での出来事を伝えた。

「ゾンパ・ジッパというと、カーディアンに拉致された発明者だったな」

 ゼミ・ラフィーナはちっ、と舌打ちをした。

「面倒なときにめんどくさいことが起こるものだ。もっとも、これは吉兆なのかもしれないが……。カーディアンのことは私はわからない。だからアジド・マルジドと、アプルル兄妹に任せよう。彼らは魔法の専門家だし、それでなくとも、父が生きていたというだけで喜ばしいニュースだろうからな。うまくいけば、我々にとって有利な情報が得られるかもしれない」

「彼ら親子は仲が悪いようなので、話がこじれないといいのですが」
「何だって?」

 セミ・ラフィーナには、これは初耳だったようだ。彼女は眉を寄せ、私をじろじろと見つめた。まるで私が恩知らずであるかのような扱いである。

「どうして親子で喧嘩するんだ。ゾンパ・ジッパは何と言ってる」
「何で敬遠されているのか、さりげなく尋ねてみましたよ。あの御仁は、息子娘が私を尊敬しこそすれ、嫌うなんてわけがないだろう、わはは、と笑っておりました。どうやら本気でそう思い込んでいるようす」
「うーん、おめでたいな」

「天の塔へ戻られ、神子さまにご挨拶を、と申し上げたら、唐突に駄々をこね始めました。やれ腹が痛い、やれ住めば都、やれ研究が大詰めで動きたくない、いい加減めんどくさくなったので私も引き上げて参りました」
「む……だが、救助信号は彼が出したのだろう」
「その筈なのですがね」

 セミ・ラフィーナはハアとため息をついた。

「とにかく私たちは、満月の泉へ神子さまをお守りする。留守はアジド・マルジドに任せておく。心の院からは戻ってきているから、その手紙を読ませてやりたまえ」
「はい」
「聖都防衛に、君も協力してくれるとありがたいんだが」
「了解しました。道中お気をつけて」


 手の院にアジド・マルジドを呼び出し、そこで兄妹に会った。話がゾンパ・ジッパの登場におよぶと、アプルルは青い顔で唇を震わせ、アジド・マルジドはゆっくりとかぶりを振った。しかし、彼らの父が話した内容に関しては、興味深く耳を傾けていた。ジョーカーの正体について知ると、アジド・マルジドは、「どうなっていやがるんだ」と不機嫌に吐き捨てた。

「王となったのが死者のカーディアンだったなんて……。くそ親父が生きているというだけでも、相当神経にさわることなのにな」

 アプルルは彼女らしくもなく、兄の乱暴な物言いをたしなめもしなかった。

「手の院の秘術は、私も知っているけれど」
 と、カーディアンの専門家の面をのぞかせる。

「死んだカーディアンを蘇らせるには、ものすごくたくさんの魔力が必要だわ。いったい誰が、どうやって死者のカーディアンを復活させたというの?」

「それも気になるが、問題はカラハ・バルハだ」
 とアジド・マルジド。

「忠誠心の強い彼のこと、もし冥界より蘇生したのなら、連邦へ戻り、神子さまにお目通りを願うはずだぞ。だがくそ親父と違って、彼は、天の塔に文ひとつ寄こさない」
「人に見せられる姿では……ないのかもしれないわ」

「かもな」
 アジド・マルジドの声は小さかった。アプルルが彼の肩にそっと触れた。
「お兄ちゃん……カラハ・バルハさまにお会いしたいのね?」


 兄は妹の手をそっと振りほどいた。妹はそれに逆らわなかった。アジド・マルジドは机を離れ、手の院の虚空を見つめているカカシの方へ行った。三体のスペアには魔導球が与えられておらぬ。従って彼らは死ぬこともなく、死の淵より復活することもない。

「俺は、いつもあの人を追いかけてきた」 
 カラハ・バルハが言った。

「魔法学校に入ったとき……いや、あの人の召喚術のすごさを知ってから、あの人は俺の目標となった。いま俺は、口の院と目の院の違いこそあるが、院長として同じ位にいる。だがまだまだ、あの人の背中は遠い気がするのだ。心の院で勉強をさせてもらって、いっそうその思いが強くなったよ。

 あの人の研究ノートを見せてもらった……完璧だよ。召喚術の理論に関しては文句のつけようがない。不世出の才能と実力、あの人にはそれが備わっていた。俺はまだまだ及ばない」

「お兄ちゃんも、立派な魔道士よ」

「ありがとう」
 彼は素直に頭を下げた。

「だが時々、絶望的な気分になるのも事実だ。神子さまには、俺がウィンダスを守る、と申し上げた。その気持ちに嘘偽りはないが、カラハ・バルハほどの実力をもってしても、神獣フェンリルは制御できなかった……だとしたら、奴はどれほど強大な存在なのか。

 しょせん人間とは、ちっぽけな生き物に過ぎないのか。

 カラハ・バルハのノートを見ると、それが不可能だったとは思えないのだ。俺は信じたい。人間の可能性を。あの人の意志の力……」

 彼はぶるっと身体を震わせた。

 アジド・マルジドが振り返った。彼の顔から血の気が引いていた。こんな青い顔をした彼を、私は見たことがない。アプルルが駆け寄って、「お兄ちゃん、お兄ちゃん! どうしたの!」と揺さぶった。彼の身体からは力が抜けていて、がくんがくんとカカシのような弾力さで頭が振るえた。

「もし……もし……カラハ・バルハが、最後の最後に、フェンリルの制御に成功していたのだとしたら……蘇ったのは、彼だけではなく……。
 おい、お前!」
 
 アジド・マルジドは、唐突に私を指差して大声を挙げたのである。

「こうしてはいられない、満月の泉へ行くぞ! 大至急だ! 神子さまの御身が危ない!」


(06.09.14)
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