その469

キルトログ、満月の泉を脱出する

「願いの星……? 私が、呼び覚ました……?」

 満月の泉に姿を現したカーディアンたち。その頭目ジョーカーは、セミ・ラフィーナを含む守護戦士を一瞬にして放り出し、たちまち神子さまを無防備にしてしまった。神子さまをお守り出来るのは、もはや、ウィンダスより馳せ参じたアジド・マルジドと、私のただただ2人のみ。

 神子さまは、いすくまれたように動かれぬ。私はジョーカーの眼前に躍り出、身をもって神子さまの盾となった。広げた両手には、幾多の戦いを重ねてきた愛斧がある。私はこれで二度世界を救った。今その力を、神子さまのために使う。愛すべき我が故郷の、ウィンダス連邦を守るために戦う。

「Kiltrog……導きの星よ……」

 ジョーカーは、驚くべきことを言った。アジド・マルジドが駆け寄ってきて、私の前に陣取り、奴の方に両手を差し出した。
 朗々とした声で、彼は言い放った。

「俺は古代魔法が使える。神子さまのおみぐし一本にも触れさせはせんぞ」

 ジョーカーはくつくつ、とくぐもった音を立てた。笑っているようだ。
「それでも触るといったら」


「やってみるか?」 


 アジド・マルジドの迫力に気押されたわけではないだろうが、エース・カーディアンどもは、私たちを遠巻きに取り囲むばかりで、襲い掛かってくる様子はない。殺気は感じられぬが、油断は禁物である。私とアジド・マルジドは身構えたまま、ぴくりとも動かなかった。もし奴らの一体でも、神子さまに手を出そうものなら、たちまち斧で切り刻み、魔法で焼き焦がす構えである。

「神子よ、小さき民よ。そなたにはわかるだろう。この者が、どれだけの導きをもたらしてきたかを」
 ジョーカーは言った。

「彼は、北で闇の王を屠り、空でいにしえの王子を討った。そなたも兆しを見たはずだ。彼の入国とともに訪れた、天を滑る大きな星の軌跡……」

「貴様、なぜそれを」

 私は、ぎりりと歯を噛みしばった。ジラートとの顛末、大流星、どうしてジョーカーが知り得るか? 奇妙なことだが、私には不思議な気はしなかった。ジョーカーの態度や言葉の端々には、天地の理に通じるような、深い知性と威厳がある。彼に隠せるものは何一つないような気さえする。果たしてそれは「王」の実力というだけが理由だろうか。


「神子よ。聡明なそなたのこと、もう、我の正体はわかっておるだろう」

 神子さまは、私の後ろにいらっしゃる。何もお答えにならないので、ご様子を推察するよすがもない。

「私が、何をもたらしたと仰るのですか」

 ようやく低く、擦れた声が聞こえてきた。
 ジョーカーがこれに答えた。

「思い出すがいい。すべては始まりの神子の、月詠みが発端だった。彼女は祈ったのだ。そなたのように、この地へ降り注ぐ星月に願いを託した。その結果が、650年の歴史絵巻となった。人として、小さき民として、実に偉大なことだ。強き思いは、時に奇跡を生む。始まりの神子がそうであったように……そなたがそうであったように」

「私が……奇跡を」

 ジョーカーは、低い声でぐるる、と唸った。
「そなたは、この泉で何を祈ったのか?」 

「アア……」 

 背面から聞こえてくる、神子さまのか細い吐息。

「思い出せ。そなたが口にした願いを」

「わ、私は……」

「彼の死とともに、絶望のあまり発した言葉を」

「私は……カラハ・バルハを……」


「そうだ。祈ったであろう。カルハ・バルハを蘇らせてくれと」


 目の前が白くなった。強い光。閃光! そして轟音。アジド・マルジドの雷撃を受けて、ジョーカーは後方に吹き飛んだ。その余波を受けて、私も体勢を崩しかけたが、何とか片膝を地面につけるに留め、全力で踏ん張った。

「はやく、脱出を!」
 アジド・マルジドが声を張りあげる。
「神子さま、こちらへ……」

 彼が私を差し招いた。私には、彼がデジョンを使うつもりなのがわかっていた。急いで駆け寄り、神子さまとアジド・マルジドを担ぎ上げた。詠唱が終わる頃には、泉の空気が一変していた。カーディアンどもが殺意をむき出しにし、私たちを撲殺せんと迫り来ている!


「わずかに残っていた星月の力が、そなたの願いを聞き届けた! だから、我は戻ってきたのだ! 小さき、分かたれた我とともに!

 Kiltrogよ、時を導け! 失われた星月の力が蘇る時を! 我はここで待つ。黒き使者を連れて来たれ……最後の奇跡を起こすのだ!!」


ジョーカーの絶叫は、狼の吼え声となって、殷々と地下洞に響いた。気づいた時には、ホルトト遺跡の魔導器の前に立っていた……ぜいぜいと、荒い息をしているアジド・マルジドを連れて。

 神子さまの姿は消えていた。


(06.09.14)
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