その470

キルトログ、天の塔で会議をする(1)

 神子さまが、カーディアンに囚われた! この重大な知らせは、元老院に伝えられ、即時に機密会議が行われた。議員でない私は、参加する権利を持たず、やきもきしながら、彼らの決定を待たねばならなかった。

 国許に残っている議員は少ない。ルクススやセーダル・ゴジャルを呼び戻すべきではないか、という意見が、トスカ・ポリカから出た。だが、シャントットがそれを遮った。いま最も憂慮すべきは、この事実が明るみに出て、連邦全体が混乱に陥ることである。両院長が同時に帰参となれば、緊急事態であることは明白であり、厳重に箝口令を敷いたとしても、秘密が厳守できるかどうかは疑わしかった。あるいは憶測が憶測を生み、社会不安が膨張し、手がつけられなくなってしまう可能性すらある。というのも、ただでさえ大変な時期に、ヤグードが外交的圧力を強めて来ていることが、連邦国民に知れ渡ってしまったからだ。情報源はナニィコ・パニィコの『週間魔法パラダイス』だった。このいつも休みがちな新聞は、またよりにもよって、絶妙なタイミングで爆弾を投下してしまったのである。


 きっかけは、アジド・マルジドの実験だった。ウィンダス―ヤグード間で取り交わされた和平条約には「両者の同意がない限り、魔法塔を動かしてはならない」という一文があった。ヤグードはこれを目ざとく見つけ、ウィンダスを厳しく非難した上で、ホルトト遺跡の完全委譲を要求してきた。必要があれば、武力行使も辞さぬという構えである。かくして連邦は、ギデアスという外堀に続き、内堀まで埋められる羽目になるのか、あるいは開き直って戦うか、苦渋の決断を迫られる羽目に陥ったのだった。

 この一件は、市井の人々の強い関心を呼んだ。連邦国民は概して政治に興味を持たない。7割を占めるタルタルが、臆病さの余り、面倒な問題から顔を背けてしまうのが原因だった。好戦派の主力はミスラたちで、天の塔前でアジる声にも力が入っていた。いつもなら、口角泡を飛ばす彼女たちを、タルタルたちは白い目で見ていたことだろう。だが今回は違った……。緩衝材として機能していた日和見の浮遊層が、日を増すごとに開戦派に傾き始め、大きなうねりとなり始めていた。遂には、天の塔前にタルタルが集結し、声を張り上げる光景すら見られるようになったほどである。

「ヤグードに制裁を!」
「獣人を血祭りにあげろ!」


 恐ろしいのは、そのようなかたちで世論が統一に向かいながら、両種族の足並みが全然そろっていなかったことだ。彼らは国内の随所でいざこざを繰り返した。まるで互いの存在が、ヤグード同然に唾棄すべき敵である、とでもいうふうに。彼らはどちらも、自分たちの中にある憎悪を持て余していた。平和を願う者が、決して少なかったわけではない。だがその主力は、大戦を経験した老人や女たちだったので、彼らの悲痛な叫び声も、熱を帯びたシュプレヒコールにかき消されてしまうのだった。「臆病者」「非国民」という罵り声とともに。

 ウィンダスは、大きな曲がり角にさしかかっていた。嗚呼、このような一触即発の空気の中で、神子さまが囚われたことが明らかになれば! 戦意は低下し、たちまちヤグードに聖都を占領されてしまう。今や奴らの武力は、連邦を凌駕するとさえ噂されているのだ。シャントットの言う通り、何があっても機密は厳守されなければならない。

 神子さまの護衛に失敗したセミ・ラフィーナと、ヤグードにつけ入られる隙を作ったアジド・マルジドは、相当な叱責を受けたらしい。だがアジド・マルジドは、少なくとも神子さまの安全を保証し、議長のシャントットを納得させることに成功した。彼はなぜそう言い切れるのだろう。もしかして、彼が突き止めたという、ジョーカーの正体に関係があるのだろうか。


 満月の泉から戻った3日後、私は天の塔に呼び出された。元老院の会議が終了した直後であり、疲れた顔のセミ・ラフィーナから、前述のような会議の顛末を聞かされた。

「何があっても、神子さまをお守りせねばならん」

「勿論」と私は言った。私もまた、自分の無力さを痛感していた。神子さまの手を離してしまった責任は重い。場合によっては、死をもって償わねばならぬ――そう覚悟すらしていた。

 アジド・マルジドが話したいらしい、とセミ・ラフィーナが言った。私は彼女に連れられて、神子さまのお部屋へ入った。ここは神子さまの私的なお住まいであると同時に、元老院の会議室でもある。あるじのいない部屋はどこか虚ろで、余計に私の肩身を狭くさせた。アジド・マルジドが床にあぐらを掻いていて、「さあ」と私を差し招いた。私の横にセミ・ラフィーナが座った。3人とも、我知らず背中が丸くなってしまう。「反省会だな」とアジド・マルジドが言ったので、私たちは思わず苦笑いを漏らした。

「Kiltrog。先に言っておくが、お前に働いて貰わねばならない」

 セミ・ラフィーナが私の肩に触れた。

「一触即発の緊張の中、満月の泉に傭兵団は出せん。聖都防衛の任もある。神子さまをお連れ戻すのには、冒険者を使うことが決まった。さすがに、誰でもよいというわけにはいかない。ウィンダスに深い忠誠心を持ち、戦績目覚しく、歴戦の勇者である必要がある……お前に白羽の矢が立った、Kiltrog。近く他のメンバーが発表される筈だ。恥辱を濯ぐチャンスでもあるぞ」

 私は黙って頭を垂れた。セミ・ラフィーナにその機会は与えられない。彼女は平静を装っているが、心の中は無念でいっぱいだったろう。


「カーディアンどもは、いわば神子さまを人質にとった状況だ」

 アジド・マルジドが鼻眼鏡を取り、くまが浮いた両瞼を押さえた。彼もひどく疲れているのだ。

「覚えているか? ジョーカーは、黒い使者を連れて来いと言っていた。“小さき、分かたれた我”とは、おそらく奴のことだ。ジョーカーと黒い使者は同一なのだ。それでいて、各個別々の存在でもある。冷静に考えればわかることだったのに、この複雑な関係があるせいで、奴らの正体を掴むのが遅れてしまったのだ。俺としたことが」

 私は尋ねた。「黒い使者の正体とは、何なのです?」


「おそらく、蘇ったカラハ・バルハ」


 セミ・ラフィーナは驚かなかった。アジド・マルジドは、元老院で同じ説明をした筈である。査問か何かで彼女も同席していたか、あるいは、事前に彼から聞いていたかのどちらかであろう。

「なるほど」
 私は頷いた。「だから、瘴気を漂わせていたわけですか」

「奴が死人であることは明白だった。守護戦士たちの証言からも」
 アジド・マルジドは言った。

「ならば次は、星月の力に説明をつけねばならん。俺は最初、奴は冥界にコネクトしているのではないか、と考えた。死人の身体から、泉のように星月の力が湧き出るというのは不自然だからな。となれば、思い出すのはフェンリルよ。フェンリルこそ、冥界と星月の力を繋ぐ唯一の存在。黒い使者と関わっていないわけがない。

 この推測にはそれなりの自信があった。だが、それでは黒い使者そのものの説明がつかない。悩みに悩み、手の院でお前たちに話をしたとき、俺は思い至った。カラハ・バルハの理論は完璧だった。あの人は、フェンリルの制御に失敗し、それで死んだのだと思われている……だが、そうではなかったとしたら? カラハ・バルハは、本当は成功していたのだとしたら?

 彼はフェンリルの魂を、見事その掌中に収めたのだ。だが気力がもたず、獣人軍を撃退したところで、とうとう力尽きた……。彼の魂は、フェンリルのものと一体化したまま、冥界へ飛んだ。そして、24年の歳月ののち、唐突に現世に呼び戻された。彼のしもべだったジョーカーの復活によってな。

 フェンリルの魂までも一緒に」

「ジョーカーの正体が、フェンリルなのですね」

「そうだ。そう考えれば、神子さまのおん前で、あのような尊大な態度を取るのも説明がつく。アプルルが言っていたろう。カーディアンを復活させるには、膨大な魔力が必要だと。ジョーカーが再び動き出したのは、魔導球によるものだけではない……神子さまが祈られたからだよ。満月の泉に残った力で、願いは叶えられた。カラハ・バルハばかりか、余計な奴まで復活させる羽目になってしまったがね」


(06.09.14)
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