その479

キルトログ、エース・カーディアンと戦う(3)

 ウィンダス連邦の造反者、エース・カーディアン4人のうち、我々は既に3人を倒した。残るは1人。赤魔道士の能力を持つエース・オブ・コインズである。

 次々と仲間が敗れ去ったというのに、コインズは実に堂々としていた。長棍の柄を地面につけ、力強く立ちふさがる姿に、私は畏敬の念すら覚えたほどだ。Koftが私の左隣に立ち、右隣にLandsendが控えた。我々はコインズから十分に間合いを保っていた。休息する時間を稼ぎたかったからだ。この後、場合によっては厄介な戦闘になる。そのためにも、十分に身体を癒しておく必要があるのだった。

 我々の警戒はかたちばかりのものである。もはやコインズに負けることは考えられないからだが、それでも奴の落ち着きぶりには、我々を気後れさせる何かがあった。

「カーディアンは決して嘘をつかぬ」
 長棍を構えながら、コインズはおもむろに言った。
「我ひとりでも、王をお守りする」

 コインズの連続魔が合図となった。我々は一息に間合いを詰め、奴にとびかかった。ブリザド2、ポイズン2、ファイア2、ディア2と、立て続けに攻撃魔法が襲ってきた。だがそのいずれも、我々に致命傷を与えはしなかった。一方で、Kiltrogの斧、Landsendの拳、KoftとWirryrainの剣が、確実に奴の身体をとらえ、命を削っていった。

 とどめを刺そうと、斧を振り下ろした。長棍を横にして、コインズはそれを受けた。斧は棍を真っ二つにした。勢いよく脳天を割り、奴の頭にめり込み、止まった。急所をとらえた手ごたえは、確実にあった。ソーズのときと同じように。

 力まかせに斧を引き抜こうとしたとき、コインズの丸々しい手が、私の腕を押さえた。
「我は通さぬ。お前たちを、決して」
 
 力の抜けた腕を、難なく払うことが出来た。直立不動のままのコインズを、私はまじまじと見つめた。
 もう死んでいた。

「忠義の士、天晴れなり」
 
 仲間たちが前方へ駆けて行った。私もその後を追った。どこか後ろの方から、何か軽い木で出来たものが、からからと倒れくずれる音が聞こえた。


 アプルルの持参した秘密兵器のエネルギーが、ようやく空になったが、その頃には既に大勢が決してしまっていた。

 死屍累々という表現が、カーディアンのようなカカシにも当てはまるのならば、今の状態はまさにそれだった。立っていてさえ、満月の泉を埋め尽くしていたカカシたちである。今は足の踏み場すらない。多くのものが、生きていたらあり得ない角度で身体を曲げ、横たわり、土や泥にまみれていた。魔導球のエネルギーがわずかに残っているものは、ぴくぴくと身体をふるわせていたが、さながら回虫の蠢きを見るようであった。中には、どのような力が働いたのか、全く原型すらとどめてない個体もある――不快な眺めだ。そして、あまりにも痛ましい。

 どうやら秘密兵器は、均一に作用したわけではないようだった。かろうじて影響を免れたか、あるいは耐え忍んだカーディアンもおり、そういうものたちは、事態の元凶を始末しようという理性を持ち合わせていた。暴徒と化し、アプルルに襲いかかってくるカカシども。

 彼女を守ったのはセミ・ラフィーナだった。
 
 地面に幾十もの矢を突き刺し、座って構え、一本一本を引き抜きながら、冷静に敵を射抜いていった。多くのカーディアンが、一撃で急所をつらぬかれ、息絶えた。かろうじてアプルルに迫ったものは、剣で切り伏せられた。それでもさすがに無傷とはいかなかったようだ。「セミ・ラフィーナ!」と我々が駆け寄ると、彼女が片腕を押さえ、頭から血を流しているのがわかった。

「私は大丈夫だ、それより、アプルルが……」
 セミ・ラフィーナは、顎で彼女をさし示した。
 傍らに横たわった、一体のカーディアンにとりすがり、アプルルは、いつくしむようにその頭を撫でていた。
 彼女は泣いていた。

 またぞろ奇声がして、カーディアンが襲撃してきた。セミ・ラフィーナが剣を抜き放つ。私が加勢しようとすると、彼女自身がそれを押しとどめた。
「よい。雑魚は私たちにまかせろ」
「しかし、セミ・ラフィーナ……」
「いけるか。アプルル?」
 アプルルは涙をぬぐって答えた。「はい」

「タルタルをみくびっていたな。お前は強い、アプルル」
 セミ・ラフィーナは、目を細めた。
「国へ帰ったら、私の母のことを話してやろう。母は強く、偉大だった。今のお前のように」
 ケアルを詠唱し終え、アプルルはミスラを見上げた。
「あなたは、孤児だったのでは……」
「ふふ」

 カーディアンの群れが襲来すると、セミ・ラフィーナは私を押しのけた。「はやく行け! 神子さまを頼んだ!」途端に現場は、混乱に包まれた。私はその場を脱出した。


 泉の前に、ジョーカーがいた。彼は強烈なエネルギーを放っており、この阿鼻叫喚の状況においてすら、居所が知れた。星月の力を探知できない私にも、見間違えようがなかった。

 ジョーカーの傍らに、神子さまが座り込んでいらっしゃった。活力も覇気も感じられぬ。黒い使者が、少し前方に立ちはだかっていた。だが、ジョーカーと向かい合っているわけではないのである。むしろ彼らの視線は、同じ人物に注がれていた。アジド・マルジドである。

 泉に入る前に宣言していた通り、アジド・マルジドは、最後の戦いに力を温存していたに違いない。逃げも隠れもせず、ジョーカーを正面に迎え、にらみつけていたが、傍から見ていても、彼が戸惑っているのが明らかにわかった。院長がこれほど旗色の悪いところを、私は今まで見た覚えがない。

「分たれた我との、合体の瞬間を狙っていたのだろう。アジド・マルジド」
 ジョーカーはからからと笑った。
「お前が我を殺したいのはわかっている。だが、そうはいかぬ。クリューの歌を聴いたとき、我は確かに油断した。惜しいことをしたな、お前は千載一遇のチャンスを逃したのだ」

「うるさい」
 アジド・マルジドはつぶやいたが、その言葉に覇気はなかった。ジョーカーに鋭い視線を送りながら、ちら、ちらと黒い使者の様子を伺っている。奴のことが気になって仕方ない様子だった。

「分たれた我の正体を、お前はすでにわかっていよう」
 ジョーカーは言った。
「カラハ・バラハの助勢を期待していたか? 愚かなり! それこそお前が、状況を見えていない証拠よ。星の流れのわからぬ者に、運命を変える資格はない」

「カラハ・バルハ」
 しぼり出すように、アジド・マルジドが囁いた。
「協力はいらない……邪魔はしないでくれ」

 しかし、黒い使者は答えぬ。彼の言葉を肯定するでもなく、否定するでもないが、さりとてジョーカーの前から立ち退きもせぬ。黒い使者の心は読めない。その事実が、アジド・マルジドを激しく動揺させているのだった。


(07.01.30)
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