その480 キルトログ、上申する にらみ合いが続いている。 我々6人は集結し、アジド・マルジドの後ろにつけた。いつでも武器が抜けるように身構えた。黒い使者に刺激を与えることは避けねばならぬ。だが近くで見ると、アジド・マルジドはいよいよ憔悴しきっており、ローブの裾から除く手のひらにも、びっしょり汗をかいている様子が伺えた。 「お前も我を退治に来たか。導きの星よ」 ジョーカーがあざけるように笑ったが、私はそれを無視し、叫び返した。 「星の神子さまを解放せよ!」 ジョーカーは「ほう」と言った。しばらく考えているようだった。そのとき、初めて黒い使者が動いた――首を少し傾け、後ろに視線をやったのである。ジョーカーと神子さまの方を見たのだったが、相変わらず生気を欠いているせいで、奴が何を考えているのかは全くわからなかった。 「よかろう」 驚いたことに、ジョーカーは同意した。 「ただしKiltrog、お前が連れに来るのだ。他の者は動いてはならない」 私は両手をあげて、攻撃する意志のないことを示しながら、ゆっくりと前に進んだ。慎重に足を運びつつ、ちらちらとアジド・マルジドや、黒い使者の方に目をやった。ジョーカーとアジド・マルジドの注意が、私に注がれているのがわかった。押しつぶされそうな、強烈な緊張感の中、私は黒い使者の脇を回りこみ、ジョーカーに近づき、神子さまの御前にひざまずいた。 「お迎えにあがりました……神子さま」 元より神子さまは束縛されてはおらぬ。だが、へたへたと座り込んでおり、自ら動く意志すらないようであった。青白い、生気の乏しい顔で、私を見上げられるばかりだ。天の塔は対カーディアンに燃え、民衆は対ヤグードに意気をあげている現在、連邦において、これほど茫然自失とされているのは、もしかして神子さましかおらぬかもしれぬ。逃げたいのか、逃げたくないのかすら判然としない。まことに失礼ながら、私は苛立ちすら覚えた。 「Kiltrogがお運び申し上げます……御免」 不敬にあたらぬよう、慎重に神子さまに手を伸ばし、持ち上げた。神子さまを胸に抱いたが、彼女はおとなしくしていた。体重は子猫のごとくに軽い。私はそのまま後ずさりし、ジョーカーや黒い使者からじゅうぶん離れたと判断すると、急いで走り出した。 カーディアンの死体のいくぶん少ない、安全そうな位置に、神子さまを下ろした。 「Kiltrog」 非常に小さい声だが、ようやく神子さまは仰られた。 「Kiltrog……ありがとう……私は……」 「私の手柄ではありませぬ」 これは本心だった。 「皆がご心配申し上げております。アジド・マルジドやアプルルをはじめとする院長たち。シャントット博士ら学者たち。守護戦士セミ・ラフィーナとその部下。もちろん我々も、神子さまのご無事をお祈りしておりました。神子さまの一刻も早いお帰りを、天の塔はお待ち申し上げております」 「ですが……私は……もう……」 神子さまのお声は、今にも消えいりそうであった。 「私は……あの人を、あんなふうにしてしまった……」 「神子さま」 「もはや、どのような気力も……」 「神子さま!」 我知らず、声が大きくなっていた。失礼を承知の上で、私は語気するどく言った。 「お目をさまされませ。あの男は……カラハ・バルハは、あなたのために地獄から戻ってきたのですぞ!!」 そのとき後方から、雷の落ちるような音がした。しまった、と私は思った。雷撃が殷々と闇に鳴り轟き、それに重なって、誰かの叫び声や、剣戟の音が聞こえた。戦いになっている! 誰が誰を攻撃しているのか? アジド・マルジドがジョーカーを、あるいは黒い使者が、アジド・マルジドを――いずれにせよ、最悪のシナリオだった。戦いになれば、必ずどちらかが、あるいは誰かが死なねばならぬ。 「時間がありませぬ。私は、参ります」 私は跪いて、神子さまに頭を垂れた。 「アジド・マルジドは、神獣フェンリルのやつし身・ジョーカーを今ふたたび倒すことで、星月の意志を消し、ウィンダスを滅びの道から救おうとしています。だがそれでは、未来は約束されませぬ。神子さまが一番よくおわかりのはず。フェンリルも、彼の分たれた一部であり、カラハ・バルハでもある黒い使者も、決して死なせてはなりませぬ。今のままでは、私は、アジド・マルジドを斬らねばならない。あの無二の忠臣を救い、カラハ・バルハの魂に報いることが出来るのは……それが出来るのは、ウィンダス広しといえど、ただ、あなたひとりなのです」 「私に、何が出来ましょう」 星の神子さまの頬を、ひとすじの涙が伝った。それは、星月の光に照らされて、青白い宝石のように、美しく、きらきらと光った。 「大事な人ひとりさえ、守れなかった私に。いったい何が出来ましょう」 「あなたはすでに、一度、奇跡を起こされたではありませんか」 私は優しく言った。 「私は二度、世界を救いました。闇の王から――そして、あなたは知らないと思いますが――古代ジラートの民の王子たちから。伝説に歌われた、クリスタルの戦士たちをうち破りさえしました。彼らは救世の英雄などではなく、古代人の守護者であり、ヴァナ・ディールに生きる我々の敵に他ならなかったからです。 あなたたちがもし、私を導きの星と呼ぶのなら、私はそれを受け入れましょう。たまたま流れ星が舞い落ちた日に、ウィンダスを訪れたに過ぎない、ガルカの風来坊である私が、もし誰かを導くことが出来るとすれば――それは、大いなる可能性においてで他にあり得ない。覚悟を決めることです、神子さま! そして、決して忘れないことです。あなたの血、肉、魂は、アルタナのものであり、あなたが女神としての人生を生きているということを」 背後の轟きが大きくなった。爆音が続き、地下洞の闇にこだまとなって重ねられていく。誰も犠牲を出すことなく、この戦いを終わらせることが出来るだろうか。それはひとえに、神子さまのお覚悟にかかっている。 「では……」 敬礼してから、御前を離れた。戦場に駆け戻る途中、心臓に激しい痛みを感じて、私は転倒した。胸をおさえ、空気を求め、ぱくぱくと口を開閉し、喘いだ。腕の痺れが始まった。指を動かすことさえ容易ではない。私は斧を取り落とした。泥の中からそれを拾い上げようとして、倒れたカーディアンの頭をつかんだ。死体と目が合った。 死ぬにはまだ早い。私の身体はまだ、大丈夫なはずだ。 踏ん張って立ち上がった。痺れは足にまで回っていた。これまでで最も本格的な発作だった――かつて、ウェライもこの痛みを経験したのだろうか。ガルカとしての人生を全うしたすべての者たちは。 だが、今はガルカではなく、ウィンダス人として死なねばならぬ。 ふらふらになりながら、前線へ駆け戻った。信じられぬ光景が、眼前に広がっていた。 巨大な獣が二体、暴れまわっているのだった。LeeshaやApricot、KoftやLandsendたちが、対応に追われていた。Wirryrainが「重くなーれ!」と叫び、グラビデを詠唱した。獣の一匹が怒り狂って、彼女を追いかけ始めた。グラビデは徐々に効いていき、奴のスピードを麻痺させる。Wirryrainは囮になって、獣からつかず離れず、距離を一定に保って引っ張りまわす。冒険者の間で、通称「マラソン」と呼ばれている作戦である。 Wirryrainが私の傍らを駆け抜けていった。ずん、ずんと大地を轟かせて、彼女を追いかけていったのは、何と、竜であった。 高さだけでダルメルは軽く越える。額には鋭い角が幾本も並んで、鎧のような皮膚を彩っている。爛々と光る鈍い銅色の瞳は、殺意を浮かべてWirryrainを見ている。蝙蝠のような翼を低く、地面と並行に保っており、そのため横幅は、ゆうに身長の3倍もあった。貧弱なのは前足で、翼の付け根に申し訳ない程度に垂れ下がっていた。反面、後足は発達しており、リ・テロアの神木のような太さを誇る。長い尻尾を持っているので、体長は身長の数倍にも達していた。 Wirryrainは勇敢にも、恐ろしい竜を引きずって行ってしまった。私はもう一体を確認した。マンティコアである。人間のようななりをしているが、デーモンもどきの翼を持ち、虎を連想させる毛皮と顔つきには、人間性のかけらもない。長く伸びた二本の牙は、凶暴な性質の証である。腕は逞しく、ガルカの胴体ほどの太さがある。三叉の指、かぎ爪。下半身は山羊のように細いので、極端な前屈姿勢を取っていた。それがまた対戦者に、覆いかぶさってくるような威圧感を与えるのだ。 それにしても、この2体はいずれより出現したのだろうか。私はジョーカーを見た。彼の傍らに、黒い使者が寄り添っている。神獣に敵意を見せている様子は、まるでない。私はふと思った。彼はもしかして、生前の心をなくしてしまったのだろうか。 「カラハ・バルハ! なぜ俺の邪魔をする!!」 アジド・マルジドが、悲痛な叫び声を挙げていた。戦闘の混乱に、その声がかき消された。既にKoftは、マンティコアと切り結んでいる。私は斧を抜いた。握力は元に戻っていた。もうしばらくでいい、持ちこたえて欲しい。私の愛する祖国を、滅びの道から救うために。 (07.01.30) |
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