その482

キルトログ、大逆を犯す

 黒い使者の呼び出した獣――マンティコアと巨竜は、アジド・マルジドの手によって葬り去られた。

 LeeshaやApricot、Wirryrain、そしてナイトのKoftらが、ケアルを唱え始めた。立て続けにハードな戦いを強いられたことで、我々はすっかり憔悴している。私も状況が許されるなら、このまま――地べたにでもいいから――倒れて眠ってしまいたいくらいだった。それほどまでに疲れていた。

 また発作が襲ってきた。
 
 激痛と虚脱感を必死で耐えつつ、それを仲間に悟られまいと、歯を食いしばっているとき、私の傍らを、アジド・マルジドが追い抜いていった。「カラハ・バルハ!」と怒号をあげながら、ジョーカーと黒い使者に突撃していくのである。

 よりによって、こんな時に。
 
 アジド・マルジドは、ふたりに対峙して止まった。ジョーカーはせせら笑いをやめている。黙っていてもわかる。アジド・マルジドの熱意が、遂に聖獣フェンリルを本気にさせたのだ。

 アジド・マルジドの才能は疑いない。彼は今、実力の片鱗を見せた。だが、その余計な魔力の消費が、彼の命取りになるだろう。彼はジョーカーには及ばぬ。彼自身もそれがわかっている。だからこそ、玉砕も辞さぬ構えでいる。蛮勇としか言いようのない覚悟だ。だが、私に彼が笑えようか。闇の王を倒し、クリスタルの戦士を破り、ジラートの野望をうち砕いた私が。勝てる見込みのない戦いに勝ち残り、未来を切り開いてきたのだ。詰まるところ、アジド・マルジドも同じことをしようとしている……彼は崇高な愛国心に支配されている。

 少なくとも、彼自身はそう思っている。

「愚かな。ここに到って、まだ事態がわかっておらぬとは」
 ジョーカーがゆっくりと言った。
「我を倒しても、ウィンダスの未来は約束されぬ」

 今度はアジド・マルジドが、嘲笑で返す番だった。
「知れたこと。その未来は、俺が……俺たちが作るのだ」
「光なき明日でもか」
「しょせん、人の世は常夜なる闇よ。我々は皆、暗闇の囚人ではないのか。なあ、カラハ・バルハ」

 黒い使者は答えなかった。答える意志があったのかどうか。彼の周囲の空気が収縮し、ゆっくりと対流を起こしつつあった。アジド・マルジドも両手を前に出し、構えた。ぶつぶつという呪文の呟きとともに、今度は彼を中心に、力場が発生した。星月の力が渦を巻いていく。先刻と同じ光景である。違うとすれば、相手も古代魔法の使い手だということだ。その上でアジド・マルジドは、黒い使者に続き、ジョーカーまで相手にせねばならぬ。

 お互いの魔力が、はっきりと星雲のような像を結び始めている。アジド・マルジドの赤い、炎のような輝き。黒い使者の、瘴気を連想させる暗黒。エネルギーは彼らの背後に集まり、みるみるうちに規模を大きくしていった。いずれの渦も、彼ら2人をひと呑みにできそうなほど膨れ上がっている。真の優劣はわからぬが、どちらが勝つにせよ、どちらも無傷ではすまぬ。アジド・マルジドの顔に、動揺の色が走った。だがそれは一瞬で消えた。彼は、死の恐怖すら乗り越えつつある。

「カラハ・バルハ……俺は……あんたに……」
 アジド・マルジドの声は優しくなっている。とはいえ、黒い使者には通じているかどうかもわからぬ。
「いや、いい」と彼は打ち消した。
「いい勝負をしようや……なあ」


 私はようやく身を起こし、岩に身体を預けた。痛みはおさまりつつある。その一方で、エネルギーの膨張は飽和点に達しようとしている。アジド・マルジドの全神経は黒い使者に向けられており、こちらに無防備な背中をさらしたままである。
 私は手の汗を拭いた。
 ことが終われば、私はただでは済むまい。仲間たちは私を許すだろうか。それともこの場で切り刻むだろうか。それを思うと胸が痛むが、仕方ない。残酷なようだが、アジド・マルジドが最も苦しまぬ方法は、ひとつしか思いつかない。

 背後から彼の首を落とす。
 
 私はタイミングを待った。それは1000秒の長さにも感じられた。エネルギーが互いに触れ合い、ばちばちと火花をあげ始めている。アジド・マルジドが詠唱を終える瞬間が勝負だ。そのとき、私は大逆者になる。妻に、友人たちに幸あれ! ウィンダスに輝かしき未来あれ!

 私は斧の柄に手をやり、自分の余力を確かめるつもりで、ぎゅっと握り締めた。


「おやめなさい!!」


 強い号令が沈黙を破った。私ははっと身を震わせた。

 一本の矢が、闇をつらぬいて飛来した。アジド・マルジドと、闇の使者に当たることなく、ふたりの間の地面に突き刺さった。ふたりは電気で打たれたかのように、すぐさま緊張を解いた。途端、彼らの背後にあった星月のエネルギーが、空気に溶け込むように霧散消滅した。彼らは矢の飛んできた方向を見つめた。白い小さな人影が浮かんでいる。傍らに2人の人物が控えている。

 星の神子さまだった。

 セミ・ラフィーナが長弓を構えていた。むろん、彼女しかいない。正確に目標を射抜く――それも、100ヤルムも離れた位置から、泉の薄明かりだけを頼りに撃つことが出来るのは。

 セミ・ラフィーナは、その姿勢のまま崩れ落ちた。長弓を杖のようにして、がっくりと膝をついたのである。側の小さい影はアプルルだろう。彼女も眠ったように、セミ・ラフィーナに身を預けている。とうとう2人とも力尽きたのだろうか? それとも……。

 星の神子さまが、ゆっくりと進み出ていらっしゃった。先刻までの怯え、絶望した様子は微塵もない。威厳にあふれ、毅然とした、私が知っている通りの神子さまである。私の傍らをお通りになるさい、神子さまは優しく仰った。
「大丈夫です、Kiltrog」
 私は斧の柄を握ったままなのに気付いた。手が痙攣して開かなかった。左手で一本一本、指を引き剥がしながら、私は呆然と星の神子さまを見送った。


 神子さまは真っ直ぐに、アジド・マルジドの方へ向かわれた。「神子さま」と彼も呆けたような声を出した。神子さまはにっこりと微笑まれ、彼の手を取った。
「アジド・マルジド。ありがとう。本当に……よく、頑張ってくれました」
「神子さま……俺は」
 彼の声が詰まった。
「お手を、お離しください……。俺は……フェンリルを……」

「もうよいのです。すべては、終わったのですから」

「終わってはおりませぬ!」
 アジド・マルジドは怒鳴った。「終わっては……」と繰り返したが、涙がまぶたに溢れたと思うと、たちまち堰を切ってあふれ出した。語尾が濁り、最後は言葉にならなかったが、彼は嗚咽をこらえながら、しわがれ声を張り上げ、努めて話し続けようとした。

「終わっては……おりませぬ。いつか申し上げたように、俺が……カラハ・バルハに代わって、このアジド・マルジドが、ウィンダスを救うのです。
 俺は大罪を犯しました。興味と野心から魔法塔を動かし、満月の泉に下り……そして、ヤグードたちにつけいる隙を与えてしまった。ウィンダスを統べる、神子さまのお気持ちもわからず、苦悩も知らなかった、これは、罰なのです。神子さま。闇牢から生きて出ることが出来て、神子さまが俺をお許し下さったとき……俺は、決めたのです。あの人のように、ウィンダスを守ろうと。そのために、例え命をなくすことになろうとも」

「あなたを失うわけには参りません。アジド・マルジド。私とウィンダスを残して、死ぬことは許しません」
「神子さま」
「私を、あの時のように、悲しませる気ですか」
 神子さまは、アジド・マルジドの手を取り、にっこりと微笑まれた。
「Kiltrogが言いました。唯一無二の忠臣であるあなたを、決して死なせてはならないと」
「Kiltrogが……」
「火のように強いあなたなら、新しいウィンダスを導くことが出来る。自分のしたことを過ちと思うならば、生きて汚辱をすすぎなさい。アジド・マルジド」


 アジド・マルジドは、地にうつ伏し、泣き崩れた。「ありがたき……ありがたき、幸せ」と。何度も何度も嗚咽を漏らし、泣きじゃくる姿は、ずいぶんちっぽけで、堕ちた偶像を連想させた。だがそれゆえにこそ、不思議に見る者の胸を打つものがあった。我々は彼を助け起こすこともせず、遠巻きに見守っていた。感極まった彼の涙は続き、さながら泉のように、いつまでもいつまでも止むことがないように思われた。


(07.02.21)
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