その486

キルトログ、会見の顛末を聞く

「ああ、Kiltrog。この間はありがとう」

 セミ・ラフィーナは白い牙を見せて笑った。全く、この人のタフさには恐れ入る。カーディアンに襲われ、二度も死にかけたにも関わらず、翌日には元気に動き回っている。あのとき、疲労困憊のあまり、ばったりと気を失った彼女であるが、命には全く別状がなかったそうだ。そこで典医のケアルを浴び、さっそく公務に復帰しているというわけである。
「ヤグードとの話し合いは、うまく行ったようだな」
 彼女の様子を見ていれば想像がつく。アジド・マルジドが満足そうに微笑んだ。
「はっはっは! 奴らのクチバシに、書状を叩きつけてやったさ。あら、手がすべって、とか何とか言ってね。奴ら、青くなってギャアギャア騒いでたが、何も反論できずに帰ったよ。ざまあみろってものだね」

 セミ・ラフィーナの話はこうであった。

 アジド・マルジドが魔法塔を動かしたことに対する、政治的圧力。ヤグードたちの非難に対し、元老院は遅延策をとった。戦術としては消極的だが、我々が神子さまを無事奪還するまで、時間を稼ぐ必要があった。だがヤグードどもは、これをいつもの弱腰外交と取り、問題解決に消極的なウィンダスを猛抗議、要求をエスカレートさせた。魔法塔の完全委譲ばかりでなく、口の院院長の要職にあるアジド・マルジドの罷免を求めたのである。

 我々がミッションを終えた直後に、元老院は行動を開始した。しかしながら、アジド・マルジドが問題の渦中にあるため、彼自身や、妹のアプルル、師のシャントットなどは、代表として赴くには都合がわるい。コル・モルとヨラン・オランの両博士は、先日の兵器開発の疲労が尾を引いていたし、このような重圧のかかる任務は、年齢の面からも厳しかった。そして、院長のうち2人は国外にいる。元老院としては絶望的な状況だったわけである。

 そこで、トスカ・ポリカに白羽の矢が立った。セミ・ラフィーナの見たところ、彼は自分だけ活躍の場が与えられないので、脾肉の嘆を囲っていたらしい。回ってきた大役に彼は発奮した。人選は単なる消去法なのだが、人間やる気になったときには、そういう都合の悪い部分は見えなくなるものである。
 セミ・ラフィーナは、正確には元老院議員ではない。しかし慣例として、ミスラ代表の出席枠が認められており、族長ペリィ・ヴァシャイの代役として、彼女は国家の交渉ごとに参加してきた。セミ・ラフィーナが同族の反発を受けているのは、親タルタル派ともいえる彼女が、ミスラの意見をひとりで代弁しているのも一因にあるという。

 ともあれ、トスカ・ポリカとセミ・ラフィーナは、ヤグードとの話し合いに出かけた。
 向うは、ヅェー・シシュの代理という、いかにも強面のヤグードを2名出席させた。
 ヤグードは、見かけ通り高圧的だった(「もっとも、謙虚なヤグードなぞいやしないが」とセミ・ラフィーナは言った)。声高にアジド・マルジドの「蛮行」を非難し、改めてウィンダス政府の謝罪を求めた。しかし、トスカ・ポリカはこれを正面から受けて立ったのである。曰く、元老院の要職にあるアジド・マルジドが、そのような愚行を犯すはずがない。どうやらそちらは大きな誤解をしていらっしゃるようだ。彼は私の親友でもあり、個人的にも尊敬して止まぬ同輩、どうしても彼が犯人であると主張されるならば、しかるべき証拠を出されよ。さもなくば彼、ひいてはウィンダスに対する悪質な誹謗中傷とみなし、厳重に抗議させていただく。

 ヤグードたちはぽかんと口をあいたままだった。文字通りあいた口がふさがらなかったらしい。トスカ・ポリカがアジド・マルジドと政敵の関係にあり、いわば犬猿の仲であるのは、ヤグード側にもつとに知られた話。その彼がアジド・マルジドを「親友」と呼び、あまつさえ「個人的にも尊敬して止まぬ」とまで持ち上げるとは! 同じ天敵であるところのセミ・ラフィーナによれば、こみあげる笑いを必死で堪えるため、尻尾をぎゅっと握ってなければならなかったという。

 トスカ・ポリカは一歩も引かなかった。ヤグード側の攻撃に、知らぬ存ぜぬとしらを切り通した。奴らは闇牢の一件まで持ち出してきたが、トスカ・ポリカは涼しい顔で、闇牢に入れば死ぬまで出てこられぬのは赤子でも知っていること、アジド・マルジドは現在天の塔で職務をこなしており、従って囚人が――そういう者が存在するかしないかについては、連邦の機密に属することゆえお答え致しかねるが――もしおったとしても、それは彼でないのは必定、それこそ彼が無罪であることの何よりの証明ですと、実に鮮やかに切り返してみせた。

 このような反撃を受けて困惑するヤグードに対し、トスカ・ポリカは「貴国と連邦との友好を引き裂こうとする不逞な輩がおるようです。根も葉もない流言に乗っては奴らの思う壺、今こそ我々は絆を固くして、ミンダルシア千年の平和を堅持しなければなりませぬ」と、しらじらしくも真顔でかぶせる余裕すら見せた。

 いらいらしたヤグードは遂に切り札を出した。「しかるべき証拠」として、信頼するに足る証人がいる、と切り出したのだ。トスカ・ポリカは腕を組んで、「本当にいるのならば、ぜひ話を聞きたい」と言った。加えて、「貴国の友人であるところの、ウィンダス連邦を代表する我々を差し置き、そのような証人の言葉を信頼されるは遺憾である」とも。
「なあに、彼は嘘がつけないのだ」とヤグード。
 セミ・ラフィーナはこの時点で、小さくガッツポーズをした。
 ヤグードの1匹が引っ込み、青い顔をして戻ってきて、もう1匹の耳元に口を寄せた。途端、奴の顔も真っ青になった。さっきまで居丈高だったヤグードどもが、すっかり動揺してしまって、何だか意味不明の、はきはきしないセリフを繰り返すばかり。セミ・ラフィーナが追求していくと、今度は真っ赤になって「陰謀だ!」とわめき出した。「許さんぞ! ヤグードに対する挑戦だ!」と、トスカ・ポリカを指差して声高に罵った。

 セミ・ラフィーナはヤグードの告訴状を広げ、それを淡々と読み上げた。思い出すだに腹立たしい高圧的な文章が並んでいたという。「こちらはお返しします」と、ヤグードへそれを差し出したとき、あら、ごめんあそばせと言いながら、彼女はそれを奴らの顔面に叩き付けた。使者は2匹ともひっくり返った。
 自分たちが書いた長い長い手紙にまとわりつかれ、苦闘するヤグードたちに対し、トスカ・ポリカは重ねて、
「その証人とやらも、もはやこれまでと逃亡を決めこんだのでしょう。不逞な輩の讒言に惑わされてはなりませぬ。あなた方と我々の仲ではありませんか」
 涼しい顔で言い捨てて帰ってきた。ヤグードはまだ床上でのたうち回っていたという。


 我々は腹を抱えて笑った。息が出来ないほどである。こんなに愉快な気分は久しぶりだ。アジド・マルジドも「ああ、腹がいたい、腹が」と涙を流していた。思えば、彼が楽しそうに笑っているのを見るのは初めてかもしれぬ。

「やっぱりあいつらは、カーディアンと繋がってたんだねえ」
 息を整えながら、セミ・ラフィーナは言った。
「頼りになるエースが、一日でみんな死んじゃったんだからね! 奴ら、そりゃ青くもなるってもんだ」
「とはいえ、満月の泉を脱出した、下っぱのカーディアンを呼ばれる可能性もあったわけだ」と私。
「雑魚は知能が低いからね。相手がそんなのを連れてきたって、発言に信憑性がないと押し切ってしまうことが出来る。エース・カーディアンを持ち出されてたとしたら、ぞっとするよ。絶対に嘘がつけない、そのうえ頭が回って饒舌と来てる。しかも作ったのはこっちだからね。証人としてこれ以上の存在はいない」
「奴らにとっては、すっかり当てが外れたわけだな」
「トスカ・ポリカを褒めてやりたいよ」とセミ・ラフィーナ。
「私は、あの男を軽く見ていたな。腐ってもブリーム――というと失礼きわまりないが、やはり院長だ。帰りの道中じゃ、ムムムと震えて汗かいてたけどね。やる時はやるんだね。アプルルみたいにさ」


 そのとき、奥の部屋から「セミ・ラフィーナ」と言う声が聞こえた。「おお、お呼びだ」と、彼女は立ち上がって行ってしまった。神子さまの声だろうか。何だか、いつもより低いようにも思われたが。あのような大変な経験をされ、心労を重ねられたため、疲労が喉にも来ているのかもしれぬ。

「Kiltrog」と、セミ・ラフィーナが私をさし招いた。
「神子さまがお会いするそうだ。こっちへ……」
 アジド・マルジドと目が合ったが、彼は微笑んで、うん、と小さく頷いただけであった。私はセミ・ラフィーナに導かれるままに、神子さまには客人があった筈だが、といぶかしみながら、寝室の扉を潜った。


(07.05.28)
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