その488
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キルトログ、星の神子を見送る

 こうして、星の神子さまは、天の塔を出て行かれた。

 表でどれだけの騒ぎになったのかは想像にかたくない。かつて神子さまは天の塔をお出にならず、一般国民にはお姿を知られていなかったが、ミスラ族長の手を引っ張るやんごとないご婦人が、いったい誰であるのかは自明の理であろう。天の塔の分厚い石壁を通しても、どよめきと歓声の一部は伝わってきていた。守護戦士がひとり飛び込んできて、暴動でしょうかと尋ねたのには笑ってしまった。彼女たちの隊長は、神子さまの護衛に出てしまっている。したがって羅星の間には、私とアジド・マルジドだけが残されたのだった。

 私が彼と話そうとしたとき、扉が開いて、ぶあつい書類の束を抱えたアプルルが姿を見せた。
「あ、Kiltrogさん。このあいだはありがとう」とほがらかに笑う。彼女がどうして人に好かれるのか、よくわかろうものだ。
 対する兄は、おもしろくもなさそうに、
「カーディアンの始末で忙しいんじゃなかったのか」と口をとがらせた。
「天の塔にいろいろ提出しなければならないの。魔導球改良案、カーディアンの教育法改正案、例の機械の実験データ報告……回収したあの子たちも、きれいに洗って、弔ってあげなきゃ。ああ、忙しい忙しい」
 本当に忙しいのだろうが、彼女の笑顔は楽しそうだった。
「神子さまは?」
「外に出られたよ。夜までお戻りにならないかもな」
「まあ、何があったの?」
 私は肩をすくめ、「新しいウィンダスの誕生ですよ」と言った。アジド・マルジドがからからと笑った。
 アプルルは微笑んで、
「そうそう、今回の事件で、予算がちょっとだけ増えるかもしれないんです!」
 と言い、それじゃあ、と部屋を出て行った。書類はクピピ嬢に預けられるのだろう。悲鳴をあげる彼女の姿が目に浮かぶようだ。
 またふたりだけが残った。

「ヤグードと市民が、喧嘩をしたと聞きました」
 ひとりごとを言うように話しかけた。アジド・マルジドは、ぼんやりと扉を見つめたままでいる。
「国民が組織した自警団が、旅人を襲っていたヤグードを、ふくろ叩きにしてしまったんだ。それにガードが加勢したらしく、影響を心配しているところさ」
「何も問題はないように聞こえますが……」
「冒険者がやったんならな」
 彼はため息をついた。
「お前たちには鍛錬という大義名分があり、ガードも助太刀しない。ヤグードが文句を言ってきても、煮るなり焼くなりご勝手に、とかわせるのだが、一般市民が塀の外でやったとなると、連邦の責任が問われる。ガードが手を出していては言い訳もきかん」
「待って下さい。今までガードは、ヤグードの暴挙を見逃していたと?」
 アジド・マルジドは無言だった。
「何てこった」と私は言った。
「バストゥークとはえらい違いだ。彼らが賢明とは思わないが、少なくとも鋼鉄銃士隊は、クゥダフから旅人たちを守っているのです」
「お前の言う通りだ……Kiltrog。もう二度と戦争をしたくない、という一心から、ウィンダスは、そんな名ばかりの友好関係を、20年も続けてきたのだ。だが、そういう甘い態度が、余計にヤグードを増長させ、不幸な結果を招いてきたのだろう。それは非難されても仕方のない事実だ。我々は反省せねばならない。
 ただ、もし良い方向に転じることが出来るとすれば、今回をおいて他にはない、とも思っている。カーディアンとのコネクションが断ち切られた今、ヤグードは弱体化している。連邦とまともに戦えば、壊滅的なダメージを負う。奴らにだって、そんなことはわかっているはずなんだ。
 ここで押し切れるかどうかが勝負だ。トスカ・ポリカとの会見で、奴らは面目を失っている。それに自警団の一件だろう。奴らにも面子があるから、もめずに済むわけがない。しかし、必死に踏み止まっておかなければ、際限なく後退して侵略を許してしまう。それでは結局、今までと何もかわらない……」

 アジド・マルジドのきりっとした横顔を見ていて、私は彼が、はじめて妹に似ている、と思った。アプルルの微笑みも、目先の苦難に向けられていたものではなかったのだ。
 そして、兄もまた。

「なあ、わかるか。俺は今、実に晴れ晴れとした気分なんだよ」
 気づけば窓から、黄金色をした日の光が、優しく室内に差し込んでいるのだった。アジド・マルジドは大きく背伸びをした。彼の顔のうぶ毛が、きらきらと白く光っていた。
「憑きものが落ちたような感じなんだ。思えば、カラハ・バルハという名前に踊らされていたのかもしれない」
「大きい人物でした」
「俺は内心では、彼を越えたと思っていたが、うぬぼれに過ぎなかったな。だが、必ずやってみせるぞ。神子さまに、ありがたいお言葉を頂戴したからには、これからのウィンダスを、死ぬ気で支えねばならん」
「まこと」
「ときに、お前はどうする?」

 アジド・マルジドが、振り向きながら言った。あまりに何気ない調子だったので、面食らい、返答に窮したが、彼はずっと視線を外さないでいるのだ。
「どうする……とは?」と私は聞いた。
「何か悲壮な決意を胸に秘めている、お前の覚悟が伝わってきたよ。だからこそ、俺も発奮したのだったが、決意の正体についてはわからないままだった。お前が明かそうとしなかったのでな」
「……」
「俺はこう解釈した。お前が、ウィンダスを離れる気なのだと」
「……」
「セミ・ラフィーナとも、そのような話をした」
 どう答えようか逡巡している間に、アジド・マルジドは言葉を継いだ。
「俺は、それでも仕方がないと思った。いつまでもお前や、お前の仲間たちに頼れはしない。俺たちの問題は、俺たちが解決するのだ」
「……はい」
「勘違いしないで欲しい。お前はかけがえのない、ウィンダス連邦の柱石だ。その忠誠心に疑いの余地はない。だが……それでもお前は、根本的に俺たちとは、生き方が違う。言いたいことがわかってくれるか」
「はい」
「どうしても聞きたいことが、ひとつだけあったのだ。ぶしつけかもしれないが、どうか許してほしい。
 お前は本当に、導きの星だったのだろうか? 女神アルタナの命を受け、ウィンダスに遣わされた救世主だったのだろうか? それとも、お前がやって来て、ウィンダスが変わり、ようやく一人歩きを始めたのは、単なる偶然に過ぎず、やはりお前は、一介の風来坊に過ぎないのだろうか……?」

 沈黙が訪れた。アジド・マルジドは視線を外さぬ。だがその瞳からは、彼を特長づけていた挑戦的な色あいは消えて、おだやかな温かみを感じさせた。

「私は、自分が何者かわからず、ここへ参ったのです」
 私は言った。次いで、アジド・マルジドが口を開こうとしたが、それを手で遮り、言葉を選びながら、続けた。

「私は、ウィンダス人となりました。ですが、ガルカというおのれの血に悩み、友人を追って、バストゥークに走りさえしました。モンクという生き方を諦め、戦士となりました。闇の王を倒すという任務を、動揺しながらも受け止め、当たって砕ける覚悟で、クリスタルの戦士を名乗りました。そしてまた、導きの星と呼ばれ、その責務を果たしたのです。
 それは果たして、運命だったのでしょうか。Leeshaという、かけがえのない妻との出会いは、偶然だったのでしょうか。友人たちの中には、生死を共にするほど親しくなった者もいれば、二度と出会わぬ、一期一会の関係に終わった者もありました。それもまた、私がこのような結末を迎えるに当たっての、決まりきった一本の道に過ぎなかったのでしょうか。
 その答えは、自分でもわかりませぬ、院長。ですが、これだけは言えます……私は、私を探し求めていたのであると。自分が何者であるかを、見つけるだけの人生でした。『私が貴方を導くのではない』と、女神アルタナは言いました。私は、私だけのロウソクの火を灯して、旅の終わりを迎えました。そしてようやく、結論が出たように思います。自分が何者なのか――何を拠りどころとして生きてきたのかを。

 私は、冒険者です。ガルカより、戦士より、ウィンダス人より先に……院長、あなたの質問に対する、これが私の答えです」

 アジド・マルジドが、満足そうに頷いた。
「ならば、お前を止める権利はないわけだ。誰にも。名残惜しいな、Kiltrogよ。お前と知り合ったのは、ずいぶんと遠い昔のような気がするぞ。たった4年間だが、素晴らしい時間だった。少なくとも、俺とウィンダスにとっては。お前にとってもそうであってくれると嬉しいのだが。
 ウィンダスへ戻ったときは、ぜひ立ち寄って欲しい。星の神子さま、セミ・ラフィーナ、博士たち院長たち……みんなでお前を歓迎するよ」

 私はアジド・マルジドと握手をした。小さい手だったが、彼は力強く私の指を握り返した。「失礼します」と頭を下げ、羅星の間を退出した。さりげなくやったつもりだが、不覚にも涙がこぼれた。守護戦士には見られていなかったと思いたい。さわやかに私の祖国と別れるために。

――記録は現在、ここで終わっている。
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(07.05.28)
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