サハギン

 大陸を飛び出してからこっち、冒険者は新しい敵と対峙することになった。低地エルシモのサハギン、高地エルシモのトンベリ、クゾッツのアンティカなど、俗に言う「辺境獣人」たちである(注1)

 厳しい環境で鍛えられたせいか、彼らの個々の戦闘力は、四大獣人を凌ぐほどのレベルだ。目下のところ、辺境獣人は僻地へ留まっており、人類との全面的な対決は避けられている。この事実は我々にとって幸いである。というのは、大規模な軍隊を持たないサハギン族でさえ、大変厄介な敵であることが、既に20年前に証明されているからだ。

◆生物学的特長

 サハギンは半魚人を思わせる水棲の獣人で、エルシモ島西岸に生息している。陸上を歩き回ることに問題はないものの、その形状からして、水への依存度はクゥダフなどよりずっと高いようだ。

 彼らの全長は平均的なヒューム男性に匹敵すると思われるが、二足歩行をする際には、ひどい前屈姿勢を取るので、実際にはもっと小柄に見える。顔は魚そのもので、威嚇するようにそそり立った背びれが、尾までまっすぐ続く。両手は細く長く、水かきのある足よりずっと発達している。
 衣服は腕輪が腰布程度で、頑丈な鎧は身につけない。鱗がその役割をするというのもあろうが、泳ぐときに邪魔になるのが最大の理由である。それでも腰布だけは着用するのは、得物を固定するための衣服が、最低限必要だからということらしい。

海水系
淡水系

 サハギンは青い肌と黄色い肌の2種に分類される。前者が海水系、後者が淡水系である。彼らは海蛇の洞窟とその周辺に共生している。サハギンの水質に対する適応力は高く、時間をかければどちらのタイプの水にでも対応できる。したがって肌の色は、彼らの出自を表すものに留まり、現在の生活形態を反映したものではないらしい。

 しかしながら、彼ら両族の伝統は、サハギンの文化に依然強い影響を与えている。肌の色で職種傾向が違うのはそのせいである。例えば海水系のサハギンは、多くの場合カギ爪や槍で武装している。彼らは伝統的に、海辺の巨大な生き物と戦ってきたので、戦士階級が多く、直接的な近接戦を得意とする傾向がある。一方淡水系は魔道士が多い。彼らはその性質から、海水系よりも人類との交流が長かったので、魔法の技術を尊び、伝統的に受け継いできたというわけである。

◆サハギン族の歴史

 クリスタル戦争時、闇の王の依頼を受けたサハギン族の長は、決断を渋っていた。彼らは獣人には珍しく、他種族に不干渉を貫いている。そんな彼らを動かしたのは、激動の時代に乗り遅れるという危機感でも、獣人同士の繋がりへの配慮でもない。煙を吐いて往来する船や、バストゥーク港の汚染された水を見て、人類が彼らのテリトリーを犯すのではないか、と恐怖心を覚えたためだった。

 この考えはあながち見当外れではない。元来サハギンはヴァナ・ディール中の水辺に生息していたが、人間の汚す水で病気になる者が相次ぎ、辺境に移り住んだ歴史があった。不承不承ではあったが、彼らは大陸へ兵士を派遣した。働きぶりは見事だった。獣人軍の主力でこそなかったが、港の破壊工作を担当し、バストゥークが誇る海軍を立ち往生させたのだ。

 人類軍は度肝を抜かれた。何と鮮やかな襲撃! サハギンの名はこの一件でヴァナ・ディールに知れ渡った。幸いなことに、サハギンとの戦いは長く続かなかった。闇の王が討ち取られると、彼らはさっさと故郷へ戻ってしまったのだ。もともと忠誠心で繋がっていたわけではないし、既に汚染された大陸の海は、彼らにとって文字通り「水が合わなかった」のである。

◆サハギンの性格

 この事実からも判るように――前言と矛盾するようであるが――サハギンの環境適応能力は高くない。彼らには豊富な水が必要だし、しかも高質でなければならない。大陸の水に順応する種が出現しなかったことで、彼らは半永久的に、エルシモ島から離れられなくなってしまった。彼らが排他的な性格を持っているのは、こうした種族の歴史が原因だろう。

 サハギンは聖域を死守しており、汚染を持ち込む可能性のあるものを徹底的に嫌う。土足で踏み込む冒険者など論外である。サハギンがきれいな水辺から出てこない以上、彼らと接触する知的生物は常に「侵入者」でしかない。これこそ彼らが人類を襲う最も大きな理由である(単に流血好きのオークが武器を振るうのとはわけが違う)。

 とはいえ、完全に不干渉を貫くのは、いかにサハギンでも難しかったようだ。たとえ辺境といえど、彼らの文明は一定のレベルにあり、他の社会から独立することは難しい。彼らは専門の交渉役を置き、これに対処している。特に海賊とは共存関係にあり、魚や貝類と、生活に必要な金属器を物々交換することで、生活環境の向上に役立てているらしい。

◆サハギンの文化

 以上の事実から明らかなように、サハギンは高い交渉能力を持っている。貿易のさい、あの唾棄すべき海賊どもが、等価交換に努めるとはとうてい考えにくいからである。実は獣人の中で、人類の言語を最もよく理解するのはサハギンだ。彼らの多くは耳で標準語を理解できるし、流暢に喋れる者も少なくない。骨格の構造が発音を邪魔することはないようだ。獣人の中で最も人類文化に親しいゴブリンさえ、どこか会話がたどたどしいことを考えると、これは驚異的なことだと言っていい。

 高い交渉能力を示す例のひとつが、サハギンの傭兵部隊アムフィビアンアサルトである。潜行特務隊と自称し、陸海を問わない高い作戦遂行力を誇った。彼らは各国で引く手あまただったが、同族からは蔑まれた。人類への協力が原因だろうが、明らかではない。クリスタル大戦以前には、人類はしばしば獣人の力を借りていた。サハギンも例外ではなかったわけだ。彼らが大陸から姿を消した現在では、とても信じられない話である。

 サハギンたちの多くは、海蛇の岩窟に篭っている。洞窟の内部を照らす明かりは、二枚貝の殻に魚油を絞って、火を灯したものである。洞窟の天井からは随所で海藻が垂れ下がり、魚や貝をぶら下げたところもある。これらが干した食料なのか、宗教的な供え物なのかは、判断が難しい。サハギンの宗教は精霊崇拝で、月、太陽、泉、海、鯨、鯖など、数多くの精霊を認めている。ところどころでいびつな石筍を見かけるが、これが崇拝の対象である可能性もある。

天井から吊られた海藻と魚
木造の倉庫は、もともと海賊が作ったもの

 少数派だが、サハギンの中には、女神アルタナを信仰する者もあるという。サンドリアには修道士ジョゼアーノの布教記録が残っている。同教はこのとき伝播したらしいが、布教が成功したとは言いがたい。サハギンは教義を独自に解釈して、エルヴァーンが考えるような絶対神ではなく、アルタナを精霊の一種として認識してしまったのだ。エルヴァーンからすれば、これは冒涜以外の何物でもあるまい。しかしサハギンが、人類の母を敬愛しているのも事実なのだ――たとえ貝殻の頭に、海藻の髭を生やした姿としてであっても。

◆サハギンの名前

 共通語を流暢に話すサハギンだが、独自の言語形態は既に持っている。彼らの個体名は、モォウ(Mouu)、ヴォル(Voll)、ヤァル(Yarr)など、母音を含み、最後の文字が重ねられているのが特徴だ。これらは音にするとくぐもっているので、どことなく水中で話された言葉のようにも聞こえる。

 一方で部族名も特徴的だ。オンドマンパフンモバンパズンロの各部族があり、二文字目にnが来るという共通点を持つ。今では数も少なくなり、エルシモに肩を寄せ合って暮らしているが、出自によって性格が違うようだ。例えばズンロ族は屈強で、主に支配階級にある。族長モォウもここの出身であり、いつかサハギンの栄光を取り戻さんと、日々情熱を燃やしていると伝えられる。

注1
 「辺境獣人」「地方獣人」というような言葉そのものは、広範に使用されるわけではないが、獣人を「ゴブリン、オーク、クゥダフ、ヤグード」と「それ以外」に分けるという考え方は、冒険者の間に浸透している。


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