タブナジア侯国
一攫千金の夢も立身出世の夢も、すべての夢を受け入れてもなお余りあるほどに、輝かしき隆盛を誇った都……。
――デスパシエール

 タブナジア侯国は、クォン大陸西部のタブナジア半島に、かつて存在した国家である。413年建国、863年3月滅亡。現地は現在群島と化しているため、20年近くもの間、冒険者の探索が入ることもなかった。

◆地理
 
 かつて「ザフムルグの真珠」と異名をとったほどの景勝の地。当時は陸続きであったが、高い山に邪魔をされて、主に船で往来していたという。

 生存者の証言によれば、エデレーネ瀑布という美しい滝があり、ラフェルー河によって渓谷が作られていた。ルルーミュ湖では侯姫が水上結婚式を開き、蒼剣の丘からは候都を一望することが出来た。大陸から切り離されたのは、候都陥落直後のことで、獣人軍が攻城兵器を誤って爆発させたことが原因である。そのため長くヴァナ・ディールから忘れられていたが、近年冒険者により再発見され、美しい景観と、珍しい生態系が保たれていることが明らかになった。

ルルーミュ湖

◆歴史

 タブナジアは歴史の古い国家で、伝統の深さではウィンダス、サンドリアに次ぐ。ただし、建国までは地理的に重要な土地ではなかった。ルンゴ・ナンゴの長征(373年)により連邦の支配下となったが、このときはまだ領土の一部であるに過ぎない。

 そのしばらく後、ランフォル・R・ドラギーユのもとエルヴァーン諸部族が団結し、クォン大陸北部に勢力を拡大し始める。アルフォロン・タブナジアはビュルトラン族の若者で、手勢を率いてランフォル(サンドリア族族長)のもとに駆けつけ、彼を助けた。以後も山岳民族シャティフ族をくどき落とすなど、サンドリアの建国になくてはならない部将となる。王国成立の2年後(383年)、股肱の忠臣として侯爵の位と半島が与えられた。タブナジアの歴史はここから始まる。

 正式に国家として発足するのは、413年である。クォン大陸より連邦勢力を一掃したランフォルは、ウィンダスと不可侵条約を結ぶことを希望した。だがそれには、条約を保証する国家が――便宜上であっても――必要となる。そのため、タブナジアは王国と連邦両国の承認を受けて独立、両国の「仲介役」を果たした。以後同領は、タブナジア侯国を名乗ることとなる。

 国家に昇格したとはいえ、サンドリアの傍流としての立場は堅守された。長い歴史の間、王国とたびたび婚姻関係で繋がり、関係を強化している。有名な例としては、侯子フィレディナンと【旅王】マレリーヌ(580年)、絶世の美女と謳われたローテと、現王デスティン(853年)の結婚などがある。初代侯爵は騎士たちに「サンドリア王のために死ね」と命じており、その遺訓を代々守り続けていることが、第二次コンシュタット大戦時の働きでわかる。この時の騎士たちの活躍で「侯爵を王に!」という声が高まったが、侯爵自身が辞退した。そのため忠義の一家としての評価はますます高まったという。

 タブナジアは沿岸の海賊を討伐、ベッフェル湾の安全性を高め、サンドリアの海の玄関口としての役目を果たした。その権利は侯爵家が大半を握っていたが、大陸にオークが侵入するようになると、サンドリアへの陸路がたびたび寸断され、財政は逼迫した。代わって台頭したのがヒュームの庶民層である。豪商、船主たちが海上貿易で活躍、北方や西方との交易で巨万の富を得た。786年のエルシモ海戦は、彼らが作った東エラジア社の意向によるものである。バストゥークと連合でウィンダス連邦を叩き、東方、南方へも手を伸ばすことに成功した。東エラジア社は、海上裁判権、交戦権を獲得するなど、小国家に匹敵するほどの勢力をたくわえ、タブナジアは海洋大国としてヴァナ・ディールに君臨した。

 863年、闇の王率いる獣人軍に包囲され、侯都は敢えなく陥落した。当時の首長であったアルテドール侯は、警護の者たちと脱出するも、エルディーム古墳の近くで追いつかれて戦死した。タブナジアは国としての機能を失い崩壊したが、侯は瀕死の身となりながらも、最後まで勇敢に戦い抜いたと伝えられる。

◆タブナジア地下壕

 タブナジア侯国の生き残りは世界に四散したが、近年、現地で生き残っている人々がいることが明らかになった。タブナジア地下壕と呼ばれる洞窟は、もともと大聖堂の運搬路であり、手を加えて皆が住めるように工夫されている。候都陥落時、枢機卿ミルドリオンが彼らをここへ誘導したが、避難路が崩れてしまっていたために、大勢が閉じ込められたのだという。現在、タブナジア侯国を受け継ぐ場所は地下壕しかない。候都そのものは、いまだ獣人たちに支配されたままである。

タブナジア地下壕

◆国旗

 タブナジア地下壕の長老の部屋、ノーグ海賊の長・ギルガメッシュの部屋などで見られる(注1)。サンドリアを模したと思われる紅蓮の旗で、二頭の海竜(海獅子?)が向かい合っている。中央には槍ではなく、サンドリアを守護するという寓意だろうか、代わりに盾が配置されている。

◆文化

 タブナジア文化は侯国崩壊とともに大部分が失われたが、地下壕に残っている伝統から、部分的な類推が可能である。例えばサンドリア同様、神殿騎士団侯国騎士団のふたつが存在した。タブナジア派というアルタナ信仰の形態があるが、教典はサンドリア派と(少なくとも一部は)共通しているらしい。しかし、情報が断片的に過ぎる感は否めない。地下壕は緩慢な滅びの坂を下りつつあり、まとまった資料と、今後の本格的な研究が待たれている。

注1
 詳細は不明だが、タブナジアとノーグ海賊との繋がりは深いようである。かつては
アタルフォーネ盗賊団という一味が、タブナジアを根拠にクォン大陸を荒らしまわっていた時期があった。首魁のアタルフォーネは、後に2人の賞金稼ぎによって捕えられ、サンドリアに引き渡された。彼は各国の支配者層から、うしろ暗い仕事を多数引き受けていたようだが、沈黙を保ったまま獄死したという。

 ギルガメッシュの部屋には、タブナジアの国旗が……
(07.02.03)
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