ウィンダス史(3)――連邦勢力の斜陽化
■ポイント■
・サマリリの平和活動、魔法の流出
・サンドリアとの戦い

◆第二次エルヴァーン征討軍

 374年、ルンゴ・ナンゴの大陸制覇を受け、ロンフォールとザルクヘイムが連邦属州に認定、総督府が置かれた。だが3年後、、ロンフォール総督府は、エルヴァーンのレジスタンスに急襲され、占拠された。首謀者は、サンドリア族のランフォル・R・ドラギーユである。彼はガレヤン族の出身ながら、竜騎士の資格を持ち、サンドリア族族長にまで上りつめていた。連邦はガレヤン族、ビュルトラン族の連合部隊を差し向けるが、ランフォルたちはこれを破り、遂にはザルクヘイムまで陥落させ、無視できない大勢力となっていった。

 381年、ルンゴ・ナンゴの死より5年。元老院で第二次エルヴァーン征討軍派遣が可決された。総大将に選ばれたのは、大魔元帥アトギ・ノクトギである。彼は大軍を連れ、意気揚々と海を渡ったが、悲惨な結果が待っていた。連邦軍は二手に分かれ、ロンフォールに向け進軍したものの、ジャグナー森林とパシュハウ沼で待ち伏せを受け、撃退させられたのである。抜け目ないランフォルは、クゥダフ王ドゥ・ダと共謀し、同盟を結んでいたのだ。この戦いでアトギ・ノクトギは戦死。ランフォルらはますます意気上がり、遂にシャティフ族も恭順させ、385年、サンドリア王国を建国するのである。

 ところで、第二次征討軍の敗北は、後世に多大な影響をもたらした。単純な国家バランスの変化にはとどまらない。この戦いの敗残兵の一人が、ある少女と出会ってしまったことで、ヴァナ・ディールの運命が大きく変わってしまったのである。世界を動かすタルタルの少女――彼女の名はサマリリという。

◆反戦指導者サマリリ

 サマリリは371年に生まれた。親はササオラ族族長で、彼女は生粋のお嬢さまであり、幼少時から非常に裕福な暮らしを送っていた。しかし、前述の敗残兵と出会ってから一変した。戦争の悲惨さを知った彼女は、平和活動家に転身、国内各地で戦争の現状を伝え、非戦・魔法放棄・人権保護を訴えた。活動は拡大化していき、連邦も彼女を無視することが出来なくなった。393年、遂にサマリリは、反戦新聞を作った罪で捕えられ、エルシモ島に流されてしまうのである。

 しかし、サマリリはめげなかった。2年後に脱出すると、その足でクォン大陸へ渡った。彼女のやったことに関しては、大いに議論の余地がある――それにより、連邦はクォン大陸を完全に失うのだから。だが反面、確かに彼女の狙い通り、偏っていたパワーバランスが崩れ、世界が均衡に向かうのもまた事実だったのだ。

 サマリリは、魔法をサンドリアに教えたのである。

 これによって、タルタルの優位性は損なわれた。エルヴァーンが同じ技術を手に入れると、連邦軍は敗戦に敗戦を重ねるようになった。そして遂に、399年、大魔元帥ダカル・ジンカル護るジャビゴゴ砦が、サンドリアに落とされるのである。そこは文字通り、連邦にとっての「最後の砦」だった。彼らはノルバレンの拠点を失い、とうとうクォン大陸の覇権を、サンドリアへと譲り渡すのである。

 サマリリはその後、平和の教義を普及するため、ヤグード族への説教に出かけ、帰らぬ人となった。彼女は死んでしまったわけだが、連邦政府による「国賊」への矛先は収まらなかった。サマリリは記録抹消刑に処された――要するに、存在自体なかったことにされたのだ。

 彼女の名誉が回復したのは、ごく近年のことである。ヴァナ・ディールの平和が四ヶ国の均衡によりもたらされると、その業績が改めて評価された。サマリリはあまりにも早く生まれすぎた。世界が彼女の思想を理解するのには、400年という長い歳月が必要だったのである。

◆力の時代

 5世紀より、ヴァナ・ディールは力の時代に入る。この時代には、新しくふたつの国家が生まれている。413年にはタブナジア侯国が、494年にはバストゥーク共和国が成立し、世界の情勢に彩りを添えている。

 タブナジア侯国は、413年、サンドリアとウィンダスの共同承認を受け、国家として発足した。863年に獣人の襲撃を受けて陥落、450年もの由緒ある歴史を閉じている。

 412年、サンドリアのランフォル王から使者が派遣され、不可侵条約の申し出があった。ウィンダスはこれを了承し、翌年、タブナジア侯国成立の承認とともに、条約を締結した。利害関係が一致したというべきだろう。しばらくは両国の蜜月が続き、サンドリアからは優れたチョコボの騎乗術が、ウィンダスからは天晶歴が、互いの国にもたらされた。まれに見る蜜月の時期だったと言っていい。

 ところがその平和は、唐突に破られる。420年、何を思ったのか、【鉄血王】ランフォル自らが、一方的に不可侵条約を破棄。ソロムグに侵入し、砦を建設したのである。奇しくもその翌年、彼は陣中で死亡する。大規模な激突はおこらなかったが、連邦は、敵地サンドリアでレジスタンス活動を行った。王都に潜入した戦闘魔導団の精鋭たちが、魔法で落雷と放火を頻発させたのである。この破壊工作は、ボギーのプレゼント作戦として知られる(ただしなぜ、そんな名前なのかは明らかでない)。

 ソロムグに築かれたガルレージュ砦だが、466年、連邦魔道士の活躍により陥落した。彼らが夜襲をしかけ、音と光でおどかしたため、大軍襲来と勘違いしたサンドリア軍は、混乱するチョコボたちを制御出来ず、無様にも敗走。次々と海峡に追い落とされた。この事件はソロムグの壊走と呼ばれ、サンドリアでも屈辱の歴史として教えられる。というのも、ウィンダス側の魔道士が、実はたったの3人に過ぎなかったからである。

 他に例がないほどの大勝利で、ウィンダスはミンダルシアの覇権を取り戻した。以後、サンドリアとの衝突は二度ある。560年【戦王】アシュファーグと、572年【旅王】マレリーヌの時代だ。前者は四つの砦が陥落させられるという被害を受けたが、アシュファーグがオーク襲撃のため撤退、占領は免れた。後者におけるサンドリアの意図は不明であるものの、連邦軍は突如襲来した王国騎士団を見事撃退、国土防衛に成功している。

 そこから300年近く、ウィンダスはサンドリアに侵入を許したことはない。実際には、両国が互いに矛を交えることは少なくなっていった。王国と連邦に、それぞれ新しい敵が登場したからである――サンドリアは、クォン南部に勃興したバストゥークと、ウィンダスはヤグード族と、それぞれ戦わなければならなかったのだ。

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