ウィンダス史(6)――闇の王とジュノ大公国
■ポイント■
・エニッド・アイアンハートが来訪、ミンダルシアの地図完成
・闇の王の登場とジュノ大公国
・カラハ・バルハとゾンパ・ジッパ――カーディアン誕生

◆エニッド・アイアンハートの来訪

 778年、サンドリア出身の冒険家エニッド・アイアンハートが、聖都ウィンダスに到着した。

 エニッドはエルヴァーンとヒュームのハーフであり、バストゥークの冒険家グィンハム・アイアンハートの娘である。グィンハムはもと船乗りだったが、748年に故郷を出発し、クォン大陸の正確な地図作成を目指して、各地の測量を続けていた。当初は雲をつかむような話で、随所で笑いものとなったものの、豊富な経験に基づく技術で、驚くほど正確な地図を次々作成。旅人や商人の間で評判となり、サンドリアやバストゥークの支援を得てきたのだった。彼は765年、バルドニアでオークに襲われて絶命。77歳だった。

 「ヴァナ・ディール全土の地図を作る」という彼の夢は頓挫したが、思いがけぬかたちで、エニッドは志を継ぐことになった。自分の出自を知らずに育った彼女は、父親の遺品を収集した後、18歳でミンダルシアの地図作成に取りかかった。ソロムグ原野を調べ、タロンギ大峡谷で死にかけながらも、エニッドはサルタバルタへ到着した。星の神子コフフは彼女を歓迎し、魔行船で測量を協力することを約束した(注1)。魔行船で上空から観察できるので、さぞかし彼女は助かったことだろう。

 東サルタバルタにあるエニッド・アイアンハートの碑文。彼女たちは親娘2代で、古代遺跡の謎――バルドニアにある塔との近似――に迫った。

◆三国合同調査隊

 854年、バストゥーク共和国は、北方の雪原地帯に謎の遺跡があることを指摘。「偉大な力が眠っている」という噂を確かめるために、ミスリル銃士隊のラオグリムら、3名を送ることを発表した(残る2人はヒュームのコーネリアウルリッヒである)。

 共和国最高の精鋭を3人揃えるからには、政府にもそれなりに期するものがあったのだろう。だがサンドリアに目をつけられ、王立騎士のフランマージュ・M・ミスタルが同行することとなった。同時に、ウィンダスからも推薦人を出すことが決定。もと鼻の院所属のイル・クイルと、その友人、ミスラの狩人ヨー・ラブンタがそれぞれ参加した。

 これは三ヶ国合同調査隊(北方調査隊)と呼ばれる。イル・クイルは、タルタル族のルーツを探るという研究を続けており、主張する説が異端だとされて、鼻の院を破門になっていた。ただし「(調査隊メンバーは)誰もが偉大な勇者だった」とザイドが語っているように、実力が見劣っていたわけではないようだ。鼻の院院長ルクススも強い尊敬を寄せていることから、ひとかどの才能の持ち主だったと思われる。

 855年、調査隊は北の地で消息を絶つ。後に生存者が帰国したが、少なくとも隊長のラオグリムや、コーネリアは現地で死亡したようだ。生き残った人々も、次々と不思議な最期を遂げた。この旅は呪わしいものとされていて、例えばヨー・ラブンタやウルリッヒが、どのような死に方をしたのかは誰も語りたがらない。イル・クイルに関しては、エルシモ島のウガレピ寺院に篭り、研究を続けた末に狂死したという。ウガレピ寺院自体が呪われた場所であるのは言うまでもない。

 合同調査隊の話題が人々に避けられるのは、もうひとつの忌まわしい事態が、同時期に起こったからだろう。まるでイル・クイルらが目覚めさせてしまったかのように、北の地から、人類を虎視眈々と狙う悪魔が登場したのだった――闇の王である。

◆闇の王とジュノ大公国

 855年、闇の王の噂は世界を駆け巡った。彼は地獄から、人類を滅亡させにやって来たのだと。ウィンダスにも情報は断片的に伝わった。闇の王は、北方でオーク軍と激突しているらしい。だがこの時点では対岸の火事に過ぎず、元老院は深刻には考えていなかった。彼らは他に大きな問題を抱えていたからだ。

 855年、クォンとミンダルシアを繋ぐ海峡、ジュノのたもとにある漁村で、産業革命とも言うべき事態が起こりつつあった。村に流れ着いた若者、カムラナートエルドナーシュの兄弟は、クリスタルパワーを使った合成術を披露して、皆の度肝を抜いた。彼らによれば、古代の技術を伝える師匠から教わったのだという。だがそれは、安価で良質な商品の供給を可能にした。兄弟はジュノ住民に惜しげもなく技術を教えたため、ヴァナ・ディール中の富が、うねりとなってこの漁村に流れ込んだ。以後ジュノは成長を続け、ヘブンズブリッジの架橋計画(835年)もあって、両大陸の間に一大勢力を築き上げることになる。

 ジュノのような成り上がりの新勢力は、おしなべて旧秩序から嫌われるものである。だが勢いが違いすぎた。856年には、カムラナートは早くもジュノ代表となる。彼の寛大な政策により、三国にも合成技術は伝えられたが、急激な都市化に伴う需要拡大のため、ジュノへの外貨の流れは止まらなかった。そして遂に、三国を凌駕するほどの規模まで膨れ上がっていったのである。

 859年3月、三国の共同承認により、カムラナートに大公の位が与えられた。同時にジュノは、彼が統治するジュノ大公国となった。三国が共同で権威を与えれば、彼を牽制することが出来る。そのような意図に基づいた新国家誕生だが、一方で新たな勢力が、もっと北で勃興しようとしていた。ジュノが成立した同月、闇の王はオークを屈服させ、ミンダルシアでヤグードに迫っていた。ヤグードの現人神は、ソー・ルマからヅェー・シシュへ受け継がれたばかりだったが、闇の王は圧倒的軍事力を有しており、シシュにしてみれば、転生早々最大の危機に直面させられたわけである。

 最初は徹底抗戦を考えたシシュも、泣く泣く闇の王に忠誠を誓い、他獣人への布教へ目的を切り替えたようだ。861年、闇の王は獣人指導者を招致、落成したばかりのズヴァール城で会議を行った。その席で彼は、人間に対する強い怨みの念をぶちまけ、人間諸国壊滅を宣言。各獣人に出兵要請――あるいは、命令――をして、本格的に全面戦争の準備を始めたのである。

◆天才カラハ・バルハ

 861年、ウィンダスで画期的な発明が起こる。自立行動式量産魔道兵高速型、通称カーディアンである。手の院院長ゾンパ・ジッパが、深刻な兵力不足を補うため、独力で研究を始めたのだった。彼はプロトタイプ10体を、当時目の院の院長だったカラハ・バルハに見せるが、カラハ・バルハはコスト面の問題を指摘、もっと汎用性を追求した方がいいとアドバイスした。助言を受けてゾンパ・ジッパは人形を加工、現在のカーディアンのスタイルが生まれることになる。

 カラハ・バルハは、ウィンダスで最も名を知られた魔道士かもしれない。835年生誕。才能のある子供の集う魔法学校でも、前単位を一年で修業、在学中に複数の単位を獲得するなど、校史始まって以来の秀才として知られた。卒業後は各院のスカウト合戦が激化したが、本人自ら目の院を選んだ。この事実は、少なからず周囲に失望を与えた。図書館長は一種の閑職とみなされていて、出世コースからは外れていたからだ。だが、本人は研究畑の性格を自覚していたものか、この決定に後悔することはなかったようである。

 カラハ・バルハは856年から、召喚魔法の研究に没頭していた。星の神子の要請を受けてのことだが、熱中のあまりほとんど姿を見せず、世間からは忘れられていった。ゾンパ・ジッパとのやり取りがなければ、現在のカーディアンは生まれていなかったろう。魔動兵は大戦で目覚しい活躍をするため、詳しくは後述するが、彼は二重の意味でウィンダスを救った、と言えるかもしれない。

注1
 星の神子の寛大な姿勢は、東の使節を追い返したことによる失敗から来ているのかもしれない。同じアルタナ信仰でも、エニッドが育ったサンドリアの教会派は、異教と呼んでいいほど教義が異なっている。本来なら敬遠されても仕方がないのだが、グィンハムは2ヶ国の援助を受けたほどだから、ウィンダスにも名前は伝わっていた可能性がある。ミンダルシアの地図作成に対し、ウィンダスがどれだけ期待をかけていたかはわからないが、エニッドは後年見事にそれを成し遂げた(聖地リ・テロアを除く)。
 幸いにも、懸念された宗教対立も起こらずに済んだ。エニッドは西サルタバルタの碑文で、星の神子信仰について記しているが、彼女はそれを違和感なく受け入れている。メリファト山地の碑文を見る限り、教会派の教育はしっかり受けているようなので、リベラルで柔軟な思考の持ち主だったと思われる。

(06.12.27)
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