その93

キルトログ、Kewellとギデアスに出かける

 Kewellと会ったのはとにかく久しぶりだったから、彼女の方もすんなり帰るつもりはなかったようで、何か手近な場所があれば更に冒険に出かけようと、お互いの意見は暗黙のまま一致していた。

 ギデアスに行きたい、と最初に言ったのは彼女だった。名水を汲むのが目的だそうである。私がついこないだ終わらせたばかりの任務であり、あまりのタイミングの悪さに頭を抱えそうになる。一方でKewellは、一人でも行けるかしら、と不安そうな様子を隠さなかった。それはもう絶対に大丈夫、貴女くらいのレベルであれば、コップの水を飲むより簡単である、と請け負って、それを証明するために湧き水のところまで案内することになった。だから丁度いいと言えば確かに丁度いい。


 もう道を知っている以上、泉にたどり着くのに苦労はない。先導する方は退屈だし、される方もそうだろうと思って、ヤシの根元の赤いマークや、奇妙な高足の建物を指差しながら、私は先日考えたようなことどもをひとつひとつ彼女にぺらぺらと話した。

 退屈ですか、と聞いたら、Kewellはかぶりを振った。まさか面と向かってうんと言いはしないだろうが、多少なりとも興味を覚えて貰えたようで、少しほっとした。

 そのうち好奇心を刺激されたのか、彼女はいくつかの仮説まで披露してみせた。興味深かったのは例の赤いマークの解釈である。彼女は直感でそれをつばさだと捉えた。なるほどヤグードは空を飛べるのだし、言われてみれば確かに両翼を広げているように見える。参考までに、もう一度ここでそのマークを見ていただこう。


ヤグードの赤いマーク

 一方私は、これが双葉を象徴していると信じて疑わなかった。サルタバルタに奇妙な植物が群生していることは周知の事実であり、とりわけギデアスはその傾向が強い。また原始的な宗教の多くは、自然を直接崇拝、あるいは畏敬するものである。くだんの「崇拝の対象」を探していた際にも、人工的なシンボルのみならず、もしかしたら特定種の植物か何かかもしれない、と疑っていたくらいだ。

 このロールシャッハ・テスト(注1)から、正解を導くのは難しい。一方だけが正しいのかもしれない。二人とも間違っているかもしれない。またどちらも正しいのかもしれない。抽象性の高いシンボルマークは多様な意味を内含する。それはいろいろな解釈を可能にすると同時に、いずれも正しいという結論をしばしば招く。このマークはその点非常に優れたもので、ヤグード族の文化程度が想像以上に高い、ということを認知させる大きな証拠である。従って私は――直感に過ぎないが――二人とも間違ってはいない、という解釈が正しいのだと思う。

 意見を交わすということは、自分とは異なる考え方を発見するのも勿論だが、筋道立てて説明しているときに、自分の中で論旨が整理される、という効能も持つ。それは時に新しい解釈を導く。私もこのとき、夜に明かりをつける家について彼女に話しているうち、住居の問題――すなわち、何故ただのほら穴と建物が存在するのか――について、突然はっと思い至った。

 名水を汲んで引き返し、洞窟を通り抜けているさなかに、突如落雷に撃たれたように跳ね上がり、「わかった!」と言って振り返ったガルカを、Kewellはさぞかし変人だと思ったに違いない。

「ヤグードの住居がどうして二種類あるのか……」
 私が続きを言うより早く、Kewellが言葉の穂をついだ。
「……階級差があるとか?」

 そうだ。身分の高い者が立派な家に住む。より教団の中心に近い位置で。驚くほど簡単な理屈だ。どうして今まで思い至らなかったのだろう?


 kewellと一緒に、西サルタバルタの石碑を訪ねた。ウィンダス周辺はセルビナから遠く離れていて、粘土で型をとり、わざわざ届けるのが非常に面倒である。だが老人の立場に立てば、任務遂行の保証のない冒険者に、粘土をどっさりくれてやるはずもない。それは読んだこともない娯楽小説のシリーズを、全巻まとめて買うようなものだ。

 石碑は西サルタバルタ南部を一望する丘の上に立っていた。碑銘の主はエニッド・アイアンハート。ブブリム半島同様、グィンハムではない。いずれ石碑の記録が揃ったら、改めて前後関係を確認するつもりだが、老船乗りに関する記述は見られない。彼はウィンダスに到着しなかったのだろうか。


 ジュノ海峡を渡ってから足かけ5年、測量しつつ陸路を南下した私は、ついにミンダルシア大陸の最南端サルタバルタ平原にたどり着きました。

 ここに住むタルタル族は、大魔法時代の主役としてかつて世界に覇をとなえた民族とは思えないほど、人なつこくて親切な人々でした。

 彼らも女神アルタナを信仰しているのですが、私たちとちょっと違うのは、神子と呼ばれるアルタナ様の生まれ変わりが、大きな樹の中に住んでいらっしゃることです。

 神子さまは自ら私の手をとり、話しかけられました。 その話は世界情勢にとどまらず、未来にまで及び、とてもここには書ききれませんが、それは素晴らしい体験でした。

 残りの測量は、彼らが魔行船を出してくれるので、ずっと楽になりそうです。神子さまに感謝しつつ……

 天晶775年 エニッド・アイアンハート

 魔行船というのがどういう乗り物なのかも興味深いが、アルタナ教の二派について言及されているのに注目したい。

 アイアンハート一族はバストゥークの出身であるから、エニッドも同国の教育を受けて育ったものと考えられる。たとえ船の中で生まれたものであれ、両親――少なくとも父親――の教育は土着の影響が色濃かっただろう。船で世界へ漕ぎ出すような人物だから変わり者だったには違いないが、文面から伺う限りでは、その子どもはごく普通の宗教観を持っていたようだ。

 バストゥークの礼拝所へ来る参拝客がめっきり減っているのは周知の事実だが、この頃はまだ活気があったようだ。残念ながら「バストゥーク派」(便宜上このように呼ぶことにする)がどのような信仰のスタイルを持っていたか、文面からでは判断できない。先達であるサンドリア派の影響を強く受けているのは間違いないが、独自の形態であった可能性もある(何となれば同国には教会が存在しないからだ。ただし、経済効率のため潰したということは考えられるが)。

 一方、ウィンダス派がやはり特殊である、ということだけは確認された。エニッドが神子さまをすんなり受け入れているのは、その時代の標準的な反応なのか、それとも本人の個性なのかはわからない。宗教は大変に個人的なものなので、ただ信心深いというだけでも多種多様なスタイルが存在する。何か別の側面からの資料があれば、もう少し確定的なことが言えるのだが……。

「エニッドって」Kewellが私の思考をやぶった。
「娘なのよね、グィンハムの息子じゃなくって」

 この日一番驚いたのはこの事実だった。<ヴァナ・ディール・トリビューン>紙に、はっきり「親娘」と書いてあるのだという。なるほど「エニッド=男」というのは先入観でしかない。こればかりは、ガルカだから性に関してうとかった、では言い訳にならない間違いだったと思う。



【追記】
 アイアンハート一家のことを考えていて気づいたが、星の神子さまも当然「代替わり」しているはずである。神子さまはタルタル族のご出身であろうから、100年以上の日数を考えると、記述に出てくるのは先代のかたと考えてよいと思う。

 だが少なくとも国民は気にしている様子がない。これは神子さまが現人神(あらびとがみ)として神秘のベールに包まれているせいであろう。

 星の神子さまは、我々にとっての語り部のようなものなのだろうか。それとも本当に……?


注1
 スイス人のヘルマン・ロールシャッハが考案した投影法人格検査。抽象的な模様(インクのしみ)を被験者に提示し、「何に見えるか」を答えてもらって深層心理を探る(文中の表現はこれを暗喩したもの)。

(02.12.14)
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