その57

キルトログ、ブブリム半島で魚貝類を狩る

 タロンギで用心深く鍛錬を繰り返し、遂に私は念願のレベル17になった。

 モグハウスへ帰ってリザード系装備に着替える。着るものが一新されると気持ちも爽快になるものだ。ただしリザードヘルムは頭を頭巾のように覆ってしまうから、私のトレードマークである白髪(はくはつ)も、角のようなくせ毛も隠れてしまった。もっとも他の人にとっては、既にガルカであるというだけで充分特徴的なのだろうけれど(ことほどに我が種族は絶対数が少ないのだ)。

 石の区の競売所に装備を売りに行ったとき、偶然Ryudoと出会った。うわの空で話を聞いてなかったのが申し訳ない。前回旅をしたTaptapとも顔を会わせた。「覚えてないかもしれませんが……」とは冒険者同士お互いによく使う言葉だけれども、私は経験も浅いし、手記をつけているものだからたいていの人は覚えている。人によっては何百という冒険者と仕事をするから、せっかくの一期一会が記憶に残らないことがあっても全然おかしくはない。

 せっかく装備を変えたことだし、集団で狩りに出たいものだと思い、タロンギへ出かけた。だがこういう時に限って誘いの話が来ない。ブブリムのアウトポストへ足を運んだとき、懐かしいMareに会った。彼女ははなむけにプロテスをかけてくれたが、新しい仲間が見つかる前に空しく効力が切れてしまった。誘われない理由の一つはわかる気がする。このときブブリムは冒険者がたいへんに多かった。職を求めてバルクルムへ船出しようかとも思ったが、こっちはこっちで倍以上の人数が溢れ返っている。これでは需要がなくて当然である。


 途方にくれているうち、ブブリムの入り口で
Ichii(イチイ)という人物にあった。これまで言及はしていないが、Kewellの友人であり、今までに会って何度か話したことがある。忙しいのだろうか、最近彼女を見ないね、という会話をしばらく交わしてから、

「私のレベルで
メリファト山地に出撃できるだろうか」

と尋ねてみた。
 
 一人で行くの、と返されたがむろんそんな気はない。浪人軍団に声をかける腹づもりである。ところが「少し厳しいかも」という答が返ってきて、計画は諦めざるを得なかった。タロンギ北部のメリファトは人も少ないし、敵を選べば何とかなるのでないかと期待していたのだが、裏打ちのない無責任な思いつきで味方を死なせるわけにはいかない。パーティを結成しリードをとろうとする者なら、それくらいの責任感はあって当然だと思う。


 幸い私自身の職探しは、じきに誘いの声がかかって解決した。「ブブリムでカニを狩りませんか」というのが直接の勧誘の言葉だった。
 
「カニ?」と思わず聞き返す。

 いやなら標的を変えますよ、という返事が来たが、そういう意味ではない。一瞬バルクルムの話かと錯覚したのである。私はこれまで、この半島に海岸があることすら知らなかったのだ。


 ブブリム入り口で仲間とおちあった。名刺がわりにというわけでもないが、弁当のグリルを前線の二人に配る。

 エルヴァーンの
Spirits(スピリッツ)。吟遊詩人16、戦士8。
 ヒュームの
Algernon(アルジャーノン)。戦士16。
 タルタルの
Hops(ホップス)。白魔道士16。
 タルタルの
Oscar(オスカー)。黒魔道士15、白魔道士7。

 このパーティの場合、詩人のSpiritsも前線に数えるのである。

 私たちはマウラ入り口でブル・ダルメルを相手にした。挑発役は私である。経験と実績では見劣りしても、一番レベルの高い人物から見たモンスターの強さを判断基準にしなければならない。この方法は「勝てる敵か、勝てない敵か」を推量し、「どれだけの経験がつめるか」の期待値を導くには最適なやり方である。生命あるものにとって前者が重要なのはもちろんだが、後者により重きを置く者も少なくない。そもそも冒険者という人種は、存在理由自体がひとつのギャンブルだからだ。

 Spiritsが友人をセルビナから呼び寄せた。
Schroedinger(シュレディンガー)という名前のタルタルで、回復役(白魔道士17、モンク8)である。ダルメルは巨体のわりに、6人だと決して難しい敵ではないし、得られる経験の点からいっても悪くない獲物だったが、我々はあっさりこれを諦めた。もとより私もカニを狩るということを最初に告げられている。少し名残り惜しかったが、一人で散策するには難しいだろう海岸を見にいくのは私にとっても楽しみだった。

砂地 ブブリム半島の海岸

 強烈なコントラストを放つ灼熱の地、バルクルムを夏とするなら、ブブリムは秋か冬枯れのイメージである。その印象は海岸にもっとも強く当てはまる。ここには南国の海が匂わせるすがすがしさはない。殺風景な印象で、水と砂が色彩をまとうことなく、ごつごつした本質を剥き出しにでもしているかのようだ。

 マウラを出て西に歩くと、砂地に下りていく小さな坂があって、その向こうに青い海が広がる。砂上にちょこまかと動く塊がある。これがブブリムのスニッパーである。以前バルクルムで見たのと何ら変わるところがない。
 カニを捕まえるのは私の役目である。この動物は互いにリンクしあうということはないらしい。それが何故なのか私には見当がつかないが、冒険者にとっては「経験を稼ぐのに都合のよい生態である」ということが特に重要である。


 私から見て「とても強そう」なカニを狙った。スニッパーは甲羅が固いが、致命的な特殊攻撃をしてくるわけではないから、比較的安全な獲物である。一匹倒すごとにたいした経験が得られ、皆で快哉を叫ぶのだが、さすがにそんな好都合なのはすぐに狩りつくしてしまった。あとは実力の落ちるやつばかりで、6人で攻撃するなら明らかに物足りない獲物ばかりである。

 ただ標的を一つに絞る理由もない。誰かが
ポイズン・リーチを釣ったら、と私にアドバイスをした。

 ポイズン・リーチは気妙な生き物だ。リーチ(ひる)といいながら形状はふぐのようである。みずみずしいさくら餅のような皮膚をしていて、砂地の上を鞠のようにはねながら移動する。ユーモラスな動作で可愛らしいと言えなくはないが、この生き物はスニッパーなんぞよりよほど手ごわい。仲間意識が強く、すぐにリンクして加勢に来る。何よりその名前から猛毒のあるのは保証済みだ。果たしてこんなのが強いのだろうかと思う一方で、無事に勝てるのだろうかと不安がるという、いささか矛盾した考えを抱きながら、二匹が離れるのを見越して、一匹を挑発し仲間のもとへ連れて戻った。

 結論だが、ポイズン・リーチはすばらしくタフだった! 攻撃が効いているという実感がまるでない。私はただ歯を食いしばって倒したということしか覚えていない。教訓である。モンスターは決してみかけに騙されてはいけない。
 我々がポイズン・リーチを倒せるという可能性については証明された。ただいつもうまくいくとは限らない。二匹目に手を出したが、不幸なことが起こった。争いの中でSchroedingerが倒れたのだ。

 彼は瀕死の危険に陥った仲間のために決死の技を使った。
「女神の祝福」は白魔道士最後の切り札である。このジョブアビリティは、仲間全員の体力を一息に全回復するという効果を持つ。ただし戦闘中のそれは自殺行為で、あまりにも劇的な成果が敵を激昂させ、往々にして集中砲火を喰らう(装備のうすい彼らがどうなるかは推して知るべし)。「女神の祝福」はいかにも白魔道士らしい捨て身の献身である。名前通りに造成主の力によるのかは疑わしいものがあるが。

 我々はSchroedingerの失われた経験を取り戻そうと意気を揚げた。Hopsなどは白魔道士の鑑だとまで褒めたたえる。しかしおりしも夜半が過ぎ、海岸は厄介なことになっていた。冒険者なら一度は聞いたことがあるだろう、夜中になると、
ボギーという幽霊の一種――ゴーストの眷族――が海辺をさまよう。この敵に剣は効かない、拳も効かない。しかもブブリムに出現するモンスターの中では飛び抜けて強い。奴らの黒い姿が砂地に浮かんでいるうちは、おいそれと近づくわけにはいかないのだ。

夜のマウラで、不思議な明かりを灯す石柱、ギブブ灯台

 我々は海岸の坂の上に集まったまま、近くにいるブル・ダルメルなどを狩り始めた。しかしここは理想的な狩場ではなかったようだ。理想的というのは、敵、特に周囲をうろついている獣人が頻繁に近寄ってこない場所をさす。だが実際には多いときで3匹以上のゴブリンを間近に見かけた。恐れていたことが起こった。ダルメルとの戦闘中に獣人が乱入してきたのだ。マウラへ逃げ込むには微妙な位置だった。判断がむつかしい。我々は何とか踏みとどまり、無事しのげることを祈ってひたすら武器をふるい続けた。

 だが劣勢はかわらなかった。逃げるタイミングが完全に過ぎ、死を覚悟してから、Algernonと私がやられた。マウラに復活した我々はすぐさま街を飛び出し海岸に駆けた。遅かった。生き残った仲間の決死の反撃でついに
ゴブリン・マガーを打ち倒したが、またもやSchroedingerが犠牲になってしまったのである。


 遠くセルビナから駆けつけた仲間がこのような目にあって、私たちはそれぞれ自分にふがいなさを感じた。それでもSchroedingerは泣き言を言わない。パーティに余計な気使いをさせないという意志は――むろん限度はあるだろうが――大切だ。私は彼のこうした態度に大いに感心した。ひとの長所は積極的に見習っていかねばなるまい。

 何となく緊張感が切れてしまった。現実の感覚に引き戻される。これが一つの節目だ。我々は解散することにして、マウラの入り口で健闘を称えあった。その脇に二人のタルタルがいて、やはり互いに別れの挨拶をしている。一人は見知った人物である……Taptapだ。私は彼に会釈をした。

 彼らはこれまで
血塗られた衣という呪わしいアイテムを探していたのだ。そういえば先刻、これを手に入れる協力者を探す大声がしていた。してみるとあの嬉しそうなタルタルが大声氏で、Taptapが協力者氏だったのだろう。血塗られた衣はボギーのみが落とすのだ。歯を食いしばっていたのかどうかは知らないが、少なくともTaptapはボギーを倒すことができる。そう考えて私は思わず感嘆の息を漏らした。

 私もいずれ通過儀礼を乗り越えて、新たな地平に立つだろう。そこからどんな世界が広がるか、今は見当がつかない。「とてもじゃないがかなわない敵」が次々現れるだけ、という可能性もあるが、前に道があれば進む。迷わず進む。

 冒険者とは、そもそもそういうものではないか?

(02.09.16)
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