その62

キルトログ、再びグールの出現に振り回される(2)

 「ゴブリンをたくさんやっつけたら、グールがいっぱい出てくるらしい」

 誰かがその話題を出した。私は前のパーティにおける二日目の出来事を告げ、その絶大な効果を保証した。Ryugaに同意を求めたが、彼はさて、あのグールの多さは果たしてそのせいかしらん、と半信半疑の返事をする。そう言われると私も自信がない。三日目は不発だったのだから、確率は半々だと考えてもいいわけだ。たとえ断定するには標本が少なすぎるとしても。


 ラテーヌ側から砂丘に入り、セルビナに向かう途中、右手に小さな林のあることをご存じだろうか。夜になるとゴブリンが火を囲む場所である。この近辺でグールをよく見かけるという噂がある。それはCharltonからも聞いた。信憑性のほどはよくわからないが、すがれる藁には手を伸ばしておきたい。全員で移動し、ひときわ手ごわいゴブリン・マガーを倒し、弱いのから強いのから、出現するなり片端から狩り続けた。やがて夜が来た。しかし待っても待っても、周囲にグールの出る様子はない。私は一人駆け出して、グールを以前見かけたあたりに近づいていく。私がいつも冷静かどうかは怪しいけれど、焦燥感のあまり、平生より特に分別のない行動をしている。それは他でもない私自身が一番よくわかっていた。


 見渡す限りの砂――骸骨の影はない。北に走り、西を見渡し、東を探して南に戻る。影はない。やがて仲間の声がする。「いた!」私は慌てて地図を確認する。Zoffiが明確に地点を告げる。私は駆け出して――ひとりぼっちのグールを見つけた。仲間の姿はない。少し待ったが来ない。近いのは確実だから、この隙に別の誰かに取られては大変だと思い、少し無茶だとは思ったが、攻撃を仕掛けることを宣言して襲い掛かった。とはいえ、この骸骨は決して一人で倒せるような相手ではなかった。

 グールに限らず、骸骨相手には格闘武器、とりわけ爪の類がよく効く。それでも実力が違い過ぎた。仲間は来ない。おかしい。皆の発言するのを聞けば、確かに何ものかと戦っているようである。不意にゴブリンに襲われたということでもないらしい。だとすれば、非常にまれなことだが、地図の座標でほぼ同一なところに、グールが2体いたということではないか。この論理的帰結にたどりついたとき、手痛い一撃をくらって、私は砂地にどうと倒れた。セルビナで目覚めたら、仲間がもう一体にとどめをさしたらしい。しかしその口ぶりから、見知らぬグールがサレコウベを落とさなかったことは、遠くにいる私にも容易に察知できた。


 幸いというべきか、まだ時間はあった。すぐに皆のもとへ向かう。失われた経験などは取り戻せばいい。今はただ時間だけが惜しい。

 何となく思いつくところがあった。乏しい経験則に従えば、グールは浜の手前、海に近づきすぎない場所でよく見つかる。ランダムな場所に出るのだとしたら全く意味のないことだが、私の予想では、おそらくグールの出現位置というのは複数決まっていて、そのうちのいくつかが冥界に繋がったとき、どくろの姿を借り、幾匹かのみがこの世に現れるに違いない。今はそうした法則を研究する余裕はないが、少なくともこれまで見つかった地点を当たるなら、むやみやたらに走るよりずっと効率がいいような気がするのだ。

 誰かが声を上げた――私の想像した付近にグールを見つけたらしい。分散していた私たちは一目散に南へ走った。砂地の上にまがまがしい骸骨の姿を見つけ、緩やかな砂の斜面をひと息にかけ降りる。ふとOffroadの方を見たら……後ろにゴブリンがいる。斜面の上からは死角になるような位置に、一匹、二匹、三匹……四匹がかたまって! 何が起こったのか理解できないうちに獣人たちが猛然と襲い来る。こういう時は兵法の基本に従うのがよい。古代の賢人はこう言ったのだ。「三十六計、逃げるに如かず!!」

 グールが、グールが、と後ろ髪を引かれる思いだった。皆が悲鳴を上げてセルビナへ走る。Offroadがやられ……私の中に怒りが巻き起こる。勝手と言われようが何だろうが、この時ほど砂丘のゴブリンどもを憎いと思ったことはない。私たちは街へ逃げ込んだ。周囲にトレインの報告をし、注意をうながして、体力を回復しながら獣人が引き返すのを待つ。身の切れるような時間である。時は刻一刻と過ぎる。急げばまだ間に合う……急げば、だ。皆はこれまで見たことのないゴブリンの集団について話し合っていた。もしかして昼間の復讐なのかもしれない、という誰かの発言を私はうわの空で聞いていた。


林 グールが出没するという噂の林

 ゴブリンどもが去るなり、私は街を跳び出した。もう2時を回っている。全員で走りに走った。どこかで大きな悲鳴が上がった。これを聞いたときの、私の感情を理解していただけるだろうか。

「グールにやられる! たすけて!!」

 あるパーティのようだった。狙われているのがタルタルということだけはわかった。私たちは武器を抜こうと骸骨に近寄った。タルタルは港町に向かって一目散に走っていく。その後を追う。だがグールに攻撃することはできない!!

 そもそもあるパーティが戦っている獲物を、別の一団が奪うことは許されない。これを通す方法は一つ、襲われているパーティが
救援要請を出し、戦闘を解除してモンスターをフリーの状態に戻すことである。ルールは厳粛だ。戦闘解除さえさせれば、私たちがこいつをばらばらにしてみせよう。だがタルタルはただ走るだけである。助けるのは望むところだ。相手が相手だからなおさらだ。戦闘解除さえしてくれれば倒せる……戦闘解除さえしてくれればいいのに!

 私たちは再三、戦闘解除を、戦闘解除を、と繰り返した。だがタルタルはただ走るだけである。正直に言うが、私は苛立ち――腹を立てた。バルクルムで戦うようなレベルの者が、救援を叫ぶ過程を理解してないとは考えにくい。もしかして、セルビナに飛び込めば逃げられると判断したのかもしれない。だがそれでも、逃走経路上にいるゴブリンたちがリンクし、トレインを巻き起こす可能性を考えれば、一匹だけのグールを仕留めてもらったほうがいいではないか。そもそもただ逃げるのなら、いったい何のため助けを求めたというのだろうか?

 以上のことは私の気が高ぶっているときに考えたことである。私は彼、ないし彼女ではない。何か特別な事情なり、トラブルなりがあった可能性は否定できない。こういうのは事後、特に当事者でないなら何とでも言えるものだ。その人がこの手記を見て、勝手な言い草だと気分を害することもあるだろう。だがそれでも私の意見は的を外れていないと思うし、助けを呼ぶ余裕があるなら、周囲の求めに応じてぜひ戦闘解除をしてもらいたかったと正直に思う。


 グールは消えてしまった。私は砂の上に崩れ落ちたい気分だった。悲しみが込み上げた。こんな幕引きはあんまりだ。あんまりすぎる。そろそろ時間で、これ以上彼らの協力を得ることは難しかった。しばらく前に今晩が勝負、ということを伝えたばかりだ。その今晩は最悪のかたちで過ぎ去ってしまった。

 仲間たちもあまりに後味が悪いと思ったのか、この運のないガルカに今しばらくの情けをくれた。パーティを抜ける人は抜けて下さい、と私は言った。個人にはさまざまな事情がある。ここで離脱する人がいても、私はその人に感謝こそすれ、薄情だなどと思うことはない。むしろことの最初から、無茶を頼んでいるのは他ならぬ私の方なのである。
 Yukitadaだけがのっぴきならない用事で離脱した。私は彼に丁重に礼を述べ、残ってくれた4人に向き直って、すみませんがあとひと晩だけよろしくおつきあい下さい、と言って深々とこうべを垂れた。

 
 その一日のことを私は決して忘れないだろう。グール狩りを始めてから数日、敵を見つけることに関してはまず最悪の日だったからだ。

 私たちはたいした効果の上がらないことから、ゴブリンを狩ることの意味を見失っていたし、またそういう気力も残っていなかった。気分転換に浜へ行ってスニッパーなどを倒し、ひたすら夜を待った。これまで最も頻繁にグールを見かけた周辺に陣取る。待つ。20時が来た。周囲には骸骨どころか、冒険者の影すらも見当たらなかった。

 離散し、辺りをかけずり回って探した。だが神隠しにあったように見つからない。焦りが限度を越し、緊張がほどけ、徒労感がつのり、たいへんよくないことだが――投げやりな気分になった。それくらい見つからないのだ。皆のせっかくの好意も砂塵へ帰すのか、と思うと、せめて最後に戦闘だけでもなければ報われないと考え、是が非でも見つけねばならぬと一人いろんなところを走り回った。

 私がこれまでグールを見つけたのはただ一度だけだ。こういう探し物の得意な人は確かにいる。私の才能は残念ながら十人並みかそれ以下だろう。正直、セルビナの北にあるアウトポストを過ぎ、西へ走ったときも、私がグールを見つけるとは信じておらず、その前にZoffiやTakeruが発見するだろうとばかり思い、後方から声の挙がることに神経を集中し、期待していた。

 だが、私の前に――白い細い影があった。

 グールがぽつねんと一匹。

 周囲には誰もいなかった。これを襲おうという人、襲われて声を上げる人もいなかった。時刻は1時を過ぎていた。これが今夜最初にして最後の獲物になるだろう。「いた!」と私はこれまで聞くばかりだった合図を仲間に送った。もしこいつかサレコウベを持っていたら――と私は思った――あまりにも劇的で出来すぎているような気がした。私はグスゲン鉱山のことを考えていた。あすこの奥には大勢のグールが出現するらしい。私の友だちはそう多くないが、声をかければ協力してもらえるかもしれない。そもそも苦労しているのは獲物が少ないせいだ。グールの数が確実に多いなら、時間はかかったとしても、きっとこれほど苦しい思いをしなくてもすむことだろう。

 私たちは武器を抜いてグールに迫った。Yukitadaがいなかったが、さほど強くない敵で、あっけなくとどめを差した。時刻が3時を回る。骨の砕ける音とともにグールがばらばらに崩れ落ちる。

 その脇から、呪われたサレコウベがひとつ、ころりと砂の上に転がり落ちた。


 みんな笑顔満面であった。一番喜ぶべき私だけが、何か最後の罠があるのでないか、と最後まで半信半疑だった。だが荷物には空きがある。誰もロットインしない。やがてその呪いの小道具が懐におさまったとき、やっと私も安堵の息をつき、ここまで残って協力してくれた仲間に改めて感謝の念を伝えた。

 セルビナの入り口で、私の手記を読んでいてくれているガルカ氏に出会った(これは以前登場したのとは違う人物である)。彼は私より大柄な堂々たる体躯の持ち主である。これまでグールを探し続けていたのだ、と息を弾ませながら話したら、あれならグスゲンやシャクラミにいっぱい出てきますのに、と言われたので、苦笑するしかなかった。彼は私の役にたつように、いくつかの小道具をモグハウス宛てに送ってくれたという。私は頭を何度も下げた。げに世に貴きは人情である。イサシオが意図したのかどうかわからないが、この試練は、私にとって人の絆を再認識させる新たな機会となった。


「サポートジョブは何にしますか」
 Offroadが私に言う。そういえば、彼もこれから修行を始めるのである。私はしばらく考えて言った。

「白魔道士を鍛えようと思います」

 Offroadが、我が意を得たり、という顔をする。
「白ですか、私もそのつもりです」


 5人は解散し、思い思いの道へと散った。私は一人前と認められる試練を乗り越えた。ずいぶん長くかかったような気がするが、これまでは冒険者人生の序章に過ぎない。本当の困難や冒険は、むしろこれから私を待ち受けるのだ。
 私はウィンダスに育ち、バストゥークに自らを見出した。次に向かうべき場所はわかりきっている。500年の伝統を誇る国家。正義の本拠地であると同時に、選民意識と盲信の温床。すべてのエルヴァーンの故郷。騎士そして戦士の聖地。

 いざ、サンドリア王国へ。
(02.09.23)
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