その84

キルトログ、Pivoのパーティに顔を出す


 モグハウスに篭っていると時間の観念が曖昧になる。我々は好きな時に寝、好きな時に起きる。身体によくないのは明白だが、体内時計からも自由である身分は精神的に大いによろしい。この日目覚めたのも真夜中だったが私は大変気分よく国を出発した。

 このとき私には二つの約束があった。Pivoと交わしたのがそのひとつで、南サンドリアの
『獅子の泉』亭で会おうということになっている。同店は、瞬時に魔力を(ほんの少量とはいえ)回復する魔法の妙薬、アクアムスルムの販売店として特に有名である。ただしそう宣伝されているにもかかわらず、実際にはいつ行っても売り切れである。あんまり入荷する気配がないので、ただの客寄せの文句に過ぎないのだろうとみんなが思うようになった。

 暖炉の薪(まき)のはぜる音を聞きながら、落ち着いた午後を過ごしたい人以外にとっては、平凡きわまりないレストランであるこの場所に、東から西から北から南から、子安貝の色のパールを身につけた猛者どもが、今まさに集結しつつあった。

 徒歩と船以外にいかなる移動手段も持たない私は、遅い方の一員としてこの店に入った。既に5,6人が揃っていたが終始無言である。リンクパールを使っているから外部に声が漏れないのだ。Pivoがいて、通信用として同色のリンクパールを私にくれた。こんなものを身につけたことなどないから多少手間取ったが、一時的に彼らの仲間になると、あまりに大勢があまりに色々なことを喋っているので、結局は誰が誰で各自何をしているのかまったく理解できなかった。

店内の様子

 ただ一つ言えたのは、たとえどれだけの老舗であろうと、『獅子の泉』亭がこれほど混雑したのは、開店創業以来初めてに違いない――ということだ。

 最終的な人数は15人前後だったようだが、まるでその倍はいるかのように感じられた。前述の通り声が外部に漏れることはないものの、店内をかけまわったり、魔法を唱えたり、大勢で歌ったりという騒ぎは、この先のモグハウスから出て、南門へ向かうか、あるいはその逆をたどる冒険者たちに、きっと逐一聞こえて、いったいあの騒動はどこでどんな連中が起こしているのだろう、と首をひねらせたに違いない。しまいには、タルタルの吟遊詩人が気持ちよく演奏しているステージへあがって、歌で調子をあわせたり、尻尾を暖炉にかざしたり(!)、店のひとにまでいたずらが始まったりして、どんどんエスカレートする一方となった。私も自分を失わない程度の冗談には加わったが、大事な尻尾にまとわりついてくるタルタルさんを振り払うのには苦労した。

タルタル詩人も困惑気味……

 やがてPivoが乾杯の音頭を取ろうとして飲み物を探し始めた。せっかくの大入りに際して『獅子の泉』亭が儲けそこなったのは、レストランであるにもかかわらず、
黒パンと蒸留水しか売ってなかったからだ。蒸留水は三国中のいたるところで手に入る安価な品物だが、一般人はいざ知らず、冒険者はこれを錬金術にしか使用しない(それに乾杯に水を使うという話は聞かない)。それで誰かが大急ぎで調達したオレンジジュースが全員に配られた。最終的にその場で杯を持っていないのはただ私一人だけとなった。

 私がこれに加わらなかったのは、もう一つの約束の日限が迫っていたからである。多少の猶予がないわけでもなかったが、彼らの目的地であるところの、明らかに私が行ったことのない場所から、ひとり離脱して戻るのは随分危険であるように思われた。もとより私はメンバーではないのでたいした不都合はない。そこで彼らを送り出すより先に、『獅子の泉』亭の扉をいでて、早々に退出させて貰った。


 今度の待ち合わせはウィンダス方面である。船で休息をとる以外は、またぞろ大陸を駆け通していかねばならない。


(02.11.16)
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