その85

キルトログ、シャクラミの地下迷宮へ挑む(1) 
シャクラミの地下迷宮(Shakurami Maze)
 遥か太古の地層が地下水によって侵食されてできた自然の迷宮。
 古代生物の化石が、そこここに露出し、美しくも奇怪な光景を作り出している。
(ヴァナ・ディール観光ガイドより)
 バストゥークより納涼祭りに帰省したときだからずいぶん前になる。私は目の院から、20年来ゆくえ知れずになっている『神々の書』を入手せよ、との依頼を授かった。

 問題の品物を持っているのは、悪名高き泥棒ミスラのナナー・ミーゴだと判明した。彼女は「瑠璃サンゴ」という、シャクラミの地下迷宮で採取される珍品となら交換してもよい、と条件を出す。シャクラミはタロンギ北東に口を開いた地下洞窟である。選択の余地はなかったが、13レベル前後の戦士が一人で入るには危険すぎた。そうして先延ばし先延ばししているうち今日まで来てしまった。
 今でも生きて帰れる保証は全くない。


 マウラに到着してから先のことを述べる前に、読者諸氏にある人物を紹介せねばならない。名前こそ伏せていたが彼のことには既に触れてある。サポートジョブのためにグールからされこうべを奪ったあと、セルビナで出会ったガルカ氏である。彼は私にこう言ったのだった――「グールならシャクラミやグスゲン鉱山に大勢おりますのに」。

 それ以来彼は私の隠れた支援者となった。「あしなが」でも「おじさん」でもなかったけれど、ときどき武器防具や食べ物を送って貰って大いに助けられた。私より一回りも大きい体、剃髪、頬と顎に黒々とした髯をのばし、長じたガルカに特徴的なもののふの匂いを漂わせていた。それはエルヴァーンの躍動が持つしなやかなけものの印象とはほど遠かった。同じけものであっても、ガルカは自然界の力、物理的な力により率直であって、その意味において彼は最強だった。なにしろ現時点で55レベルは冒険者最高の水準なのであるから。

 その
Chrysalis(チリサリス)とマウラの入り口で再会したとき、彼は黒光りする鋼鉄製のかぶとと、純白の全身鎧を身にまとって現れた。今しがたまで仲間と冒険に出ていたのだが、私との約束の時間になって、ワープで飛ばしてもらったのだと言う。ワープ! 未熟な私には想像もつかない。人間が修練を重ねることで、そのような超次元の術を操る領域にすら到達できる、という事実は、素晴らしいと思う一方でそら恐ろしくもある。1レベルの目からすれば神にも見えるだろう。古代人がうぬぼれた理由も何だかわかる気がする。

 Chrysalisとは前々から交わした約束があった。私が戦士に戻ったあかつきにはシャクラミへ共に潜ろうと。彼はちょうど黒魔道士がレベル19で止まっていたのだ。ただし私の眼前にいるのは、紛れもないレベル55の戦士である。それについて問いただすと彼はこう答えた。「この方が安全でしょう、私にとってもあなたにとっても」

 なるほど我々の目的地は20レベル前後の二人で行って何とかなるような場所ではない。当然のことながら彼は地形も敵も知り尽くしている。Chrysalisがいてくれれば千人力(とは、まさにこのことだ!)である。高レベルの冒険者の助けに依存してしまうことには、多少のためらいがないわけではなかったが、祖国からの要請を延ばすのもそろそろ限界であるし、彼に守られていれば、私個人の趣味であるところの好奇心を容易に満たすことが出来る筈であった。世界のことわりを知る、というとおおげさだが、周囲を観察し、想像を逞しうして、因果関係を解きほぐす行為は、もはや日課となっている。遠いむかしグィンハム・アイアンハートを突き動かしたのと同じ魂が、ガルカの私の中で確実に息づいているのだ。

 我々はブブリムを走り抜けてタロンギ峡谷へ出た。メアの岩の脇をすり抜けると、眼前に巨竜の白骨が横たわる。数羽のアクババが死人がらすのように直立した肋骨の林を飛びまわる。Chrysalisが躊躇なく歩を進める。私も後に続く。

 私は遂に長い時を経てシャクラミの地下迷宮へ足を踏み入れた。


(02.11.18)
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