その96

キルトログ、シャントット博士の恐ろしさを思い知る

 私が尊敬する職業の一つに羊飼いがある。彼らは何千何百という羊のそれぞれに名前をつけて識別する。私からはどう見ても同じ羊毛のかたまりにしか見えない。それを話すと羊飼いたちは大いに笑ったものだった。

 彼らの一人がこう言った。ガルカの坊や、慣れが問題なんだ。同じ顔、同じかたちをしていたって、何処かに必ず違いがある。あんたが無理だって感じてるのは、一緒にいる時間がぜんぜん短いからなんだ。

 しかし私は、いまだにタルタルの顔を識別できない。

 シャントット博士は、傾国とまではいかないまでも、タルタル族随一の美人であるらしい。確かに傍目から見る限りでは……美しいと思える。手足は華奢だし、つぶらな黒目が特徴の顔立ちもつくりが丹精である。久しぶりに彼女の家を訪れてそう思った。問題は、男女を問わずどのタルタルも私にはそう見えることだ。


ウィンダスの美女、シャントット博士

「ホホホホホホ!!」彼女は身をくねらせて高笑いした。
「約束の品物は用意できまして!?」

 容姿とのギャップに圧倒された。思わずモグハウスへ帰って、骨くず二つとボムの灰を取って返した。博士邸の窓の下には、相変わらず新聞特派員の姿が見える。博士の恐ろしい風評に気後れして、突撃取材を躊躇しているうちに、特ダネは別の同僚にすっぱ抜かれた。あれからもヒウォン・ビウォンは鬱々と悩んでいるらしい。さほどに博士のことが恐ろしいと見える。

 道具を渡すと、彼女は嬉々としてまじないを行った。手にした錫杖で天を突き上げて呪文を唱える。彼女は呪いの専門家らしい。何の依頼だったかを思い出し、心中で反芻する。自分をつけまわしたり、見張ったりしている何者かを懲らしめたいのだ、と聞いた気がする。彼女はそれを自分の美貌が招いたものだと考えているが、秘密警察にマークされてても別に不思議ではない。アジド・マルジドは思想が危険だが、シャントット博士は言動が既に危ない。この両変人が口の院院長という要職にあったのは――前者は現職なわけだが――果たして何かの偶然か、そうでないのか。

「明日になったら、わたくしに失礼を働いた相手には、大変なことが起きているはずですわ!」

 彼女は簡単な儀式を終えると私にこう言った。私はヒウォン・ビウォン君を激励してから石の区を退出した。


 昨日の呪いの成果が気になったので、再び博士邸を訪ねた。彼女がかけたのは「スケルトン踊り」という呪いだと言う。一晩経てば治る簡単なまじないだそうだ。想像したよりずっと良識的だと思ったが、本人曰く「わたくしも丸くなったもの」らしいから、院長であった頃は問答無用で相手の息の根でも止めたかもしれない。

 最近では(程度にもよるが)、異性の後をしつこく尾行して不快感を与えるのは犯罪だとみなされている。歪んだ一方的な愛情を抱く相手が、突如攻撃的になるのは珍しくないそうだ。それはまあ理解できるが、博士の場合は程度が判然としない。相手が恋文を渡そうと悶々としているというのもあり得る。一番の問題は、その犯人とやらが何者なのか一向にわからないことだ。街においても、博士をつけ回している人物の話は聞かない。いくら広い国だと言っても、評判のひとつくらいは立っておかしくないのであるが。

 ヒウォン・ビウォンは今日も窓の下にいる。つい昨日は「明日こそぜひインタビューを敢行するのだ!」と意気まいていたが、今日は顔色が悪い。前の晩から肩が重く、暗闇に赤い目玉がぐるぐると回るのが見える、とつぶやく。任務を前に怖気づいたわけでもなさそうだ。連日の過労と心労で病気にでもなったのだろうか。

 嫌な予感がする。


 日をあけて再訪してみた。ヒウォン・ビウォンの元気がない。話しかけても何の反応もない。不審に思いながら家の中に入ると、シャントット博士が出しぬけに意外なことを尋ねてきた。

 彼女は豆がはじけるような勢いで、身寄りはあるのか、牢屋に入ったら泣く人はいるのか、悲しむ人はいるのか、と訊いた。幾人かの冒険者仲間を別にすれば、もとより私にそんな者のいる筈がない。不愉快な前提だと思いながら口を開こうとしたら、博士は返答する隙を与えず続けざまにこう言った。

「まあ、そんなことは知ったこっちゃありませんことよ」

 彼女は牢屋には入りたくないという。だから私が入るべきだという。何となれば博士と私は(博士曰く)「共犯」なのであるから。これを論理と呼べるものなら以上が論旨である。会話の要領を得ないが、博士と私が共同でやったことというのは一つしかない。先日の呪いである。公平に見るなら、彼女が主犯で私が従犯となるはずだ――あれが法的に見て犯罪だったとすればだが。

 シャントット博士の説明によれば、例の儀式はスケルトン踊りではなく、死神を呼ぶ呪いだったと言う。とんでもない間違いである。医者にうがい薬を注射されるようなものだ。けだし恐ろしい。だが本当に怖いのは、アア相手を殺してしまった、後味が悪いですこと、と言いながら本人が全然取りすましていることである。まあ死んだと決まったわけではありませんことよ、と博士は笑うのだが、それがほとんど唯一の希望だ。そう思っているのは私一人のようなのだが。

「あきらめて牢屋に入って下さいますわね?」

 私が投獄されれば丸く収まると考えているのがまた恐ろしい。私がとんでもないと首を横に振ると、博士は露骨に嫌そうな顔をしてこう言った。

「あら! わたくし、ブチ切れますわよ」

 そして暫く考えたのち、「よござんす」とお国訛りを出す。まだ当人が死んでいないとしたなら救いがある。反魂樹の根、ボムのうでふたつ、そして被害者の髪の毛を手に入れれば、呪いを解除することは可能だと言う。それが出来るのは自分が専門家だからこそ、と彼女は胸を張る。こうしてはいられないので私は慌てて外に出た。ヒウォン・ビウォンの容態は変わらない……。今となっては間違いない。彼女は自分を尾行している新聞特派員に呪いをかけてしまったのだ!


 何かの役に立つかと、バザーで安く買っておいた反魂樹の根を、モーグリに命じて金庫から出させる。何しろ緊急事態である。ボムのうでは競売所でひとつ500ギルで競り落とす。最後にヒウォンの髪の毛を抜いて、博士邸の扉を開ける。シャントットはすべての品物を集めてきたことにひとしきり驚いたあと、まじないを手早く済ませる。特派員は無事に健康を取り戻した。私は間一髪間に合ったのだ。

 牢屋に入ることにならなくてよかったわね、と博士は呑気なことを言う。そして私に
不幸の杖を手放し、もうこんなのはこりごりですわよと肩をすくめる。彼女が良心を見せたかと思ったのもつかのま、博士は例の高笑いをしながら本音を吐き出した。
「証拠品はさっさと処分するに限りますものね!」


 ウィンダスへ来て数多くのタルタルに会ったが、未だにシャントット博士ほど強烈な人物には出会っていない。彼女に比べればアジド・マルジドなんかいたって常識人のように思えてくる。
 
「ガルカの坊や、慣れが問題なんだ」

 羊飼いの言葉を私は反芻している。だが私は、おさげのタルタルを見ると、やっぱり高笑いするシャントット博士を思い出してしまうのである。

(02.12.22)
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