その99

キルトログ、トレマー・ラムと対決する

 モグハウスにて、新しい装備一式を身に付けた。チェーンホーズを穿き、チェーンメイルを着込み、チェーンミトンを手に通す。いわゆるチェーン系装備というやつである。両足にはグリーヴ。最後にアイアンマスクを装着する。これは顔面に密着するので、何となく視界が狭まるような気がして仕方ない。

 いよいよジュノへ向かうのだと思うと心が浮き立つ。マウラで無事乗船する。天気晴朗。順風満帆也。セルビナに上陸し、町長への届け物を無事すます。石碑探索はもともと彼の趣味であったが、今の私には単なる仕事ではなくなっている。今回渡したのはタロンギ大峡谷碑文のうつしである。例によってその全文を欄外に掲載する(注1)


 長い冒険のうちに金庫に貯まったトレントの球根などを始末するために、南下してバストゥークに立ち寄る。料理が趣味という有閑婦人がいて、特定の食材を高額で買ってくれるのだ。球根はその一つである。もう急いで金をつくる必要もないのだが、金庫を整理するよい機会だ。この後はサンドリアに移動し、役人にコウモリの翼を渡す予定である。

 グスタベルグにいたMareと話をした。先ごろまでLibrossとパーティを組んで鍛錬していたことが判明する。むろん双方とも互いに私の友人であることを知らないのである。もしかしたら、これと似たようなことが他にももっとあったかもしれない。
 世界は狭い。今では、何となくサンドリアへ続く道も近くなったような気がしている。

 
 バストゥークでの雑事を終えると、私はさっそく北上を始め、コンシュタット高地へと足を踏み入れた。

 誰しも覚えがあるだろうが、レベルが上がった頃は有頂天になって、何だか自分が無敵になったような錯覚を起こすものだ。ましてや私は新しい装備に変えたばかりである。

 今なら、あの凶悪な大羊にも勝てるかもしれない。根拠のない自信が内部からわき上がった。幸いにして、と言うべきだろうが、私はコンシュタットでもラテーヌでも、遠くから目撃こそすれ、大羊相手に斧を振ったことはない。聞くのはただ犠牲者の悲惨な噂ばかり。舞い上がった私は、愚かにもそれが過度に誇張されたもののように思われてきた。

 私は周囲を見渡した。風をつばさに乗せて、風車がゆっくりと回転している。羊の白い影は絵の具を落としたようだ。みな平凡な、ただのマッド・シープである。私は拍子抜けしたような、ほっとしたような、複雑な気分を味わった。自分の力を試したいという思いは強いが、それでもあの小山のような巨獣が襲ってきた場合、一人で応戦できるかどうか……。改めて考えると、楽観的な気分は草風とともに消え去って、言い知れぬ灰色の不安が、隙間から心臓に吹き込んでくるのを覚えるのだった。

 トレマー・ラムらしき影がないのをいいことに、私は問題を先送りすることにした。臆病か無謀か試そうにも、敵がいなければ仕方ないというわけだ。それはそれで安心もするし残念なような気もする。何とも勝手な自分に嫌気がさして視線を前方に向けたときである。

 それはそこにいた。

 バルクルム砂丘へ抜ける隘路のど真ん中であった。私は目を疑ったが、見間違えようもない、ダルメル並の巨体を持つ羊が、他にいるわけがない。それは背中を向けていた。おそらく誰か北へ逃げた者を追いかけてきたのだろう。出口をぴったりと塞いでいる。気付かれないように通り過ぎることは不可能だ。

 後ろからじっくりと観察する。「丁度良い相手」である。勝てる、と踏むと肝が座った。大羊はまだこちらに気づいていない。戦闘に備えてプロテスを詠唱し、休息の姿勢をとる。万が一そのわずかな回復量が生死を分けた場合のことを考えて。

 だが怪物の真後ろで座り込むという行為は、この凶暴なけものを激昂させたようだ。トレマー・ラムはくるりと振り返ると、上から私に覆い被さって来た。動くたびにズシンと音がする。足の裏からじかに伝わる振動! 強烈な攻撃を喰らって私はひるんだ。大羊は思いのほか俊敏で、パライズを唱える隙をまったく私に与えなかった。


凶暴なトレマーラムが襲い来る!

 本質的にはおとなしい動物の中から、なぜこのような化け物が生まれたのだろう? 大羊の攻撃は、大型の肉食獣にまったく劣らなかった。劣るどころか! 不気味な白い歯を剥き出しにして、角の生えた頭をがつんとぶつけてくる。その攻撃はちょうど私の腹に入る。着ているのは以前よりはずっと頑丈なはずの鎧だが、体重をたっぷりと乗せた頭突きの一撃一撃が私の臓腑に響いた。むろん私もバトルアクスを容赦なく振り下ろす。少なからずダメージを与えているはずだが、トレマー・ラムはひるまない。私も引かない。両者の体力は紙一重でほとんど差がない。一進一退の攻防とはこのことである。最終的にどちらが勝つにせよ、おそらくほんのささやかな要素が勝敗を分けるだろう。

 私の手先が滑り、斧が空を切った。焦ったのか続く攻撃も外した。思わずうめき声が漏れる。大羊はこの隙を逃がさず、確実に二度頭突きを私の胸にヒットさせた。体力差が開いた。いま私は押されている。片手斧のウェポンスキル、レイジングアクスを打ち込んだが、差は埋まらなかった。そのまましばらく打ち合って、私はこのままなら勝つ見込みがほとんどないことをはっきりと悟った。


 私は切り札を出した。願わくば、ジャグナー森林まで持たせたかったものだった。だが背に腹は変えられぬ。
「マイティストライク!」
 私の身体に活力が漲った。筋肉を盛り上がらせたまま私は斧を勢いよく振り下ろした。このジョブアビリティが作用している間は(せいぜい30秒ほどだが)ひたすら会心の一撃が続く。数撃でたちまち私は差を埋めた。トレマー・ラムは押され続けた。何しろ私の一撃一撃が通常の倍ものダメージを与えるのだ。さしもの大羊も体力が尽きようとしている。いまや立場はすっかり逆転し、大羊にとどめを差すのはもはや時間の問題だと思われた。

 私は9割がた勝利を確信していたが、音に聞こえる大羊が最後の反撃に出るかもしれぬ、とまだ警戒心をとかなかった。モンスターは様々な自衛手段を持つ。奴らは我々がウェポンスキルを使いこなすのと同様、いろんな特殊効果を持つ技で冒険者を煩わせる。毒や石化など、戦闘には破れても、二次的な要素で命を落とす者も多い。必ず大羊は何かしてくるだろうという確信があった。理想的なのは、その前に早くとどめをさしてしまうことだが。


 私が今まさに最後の一撃を加えようとするとき、

 ずずんと大きな音がして、

 ひときわ大きく地面が震えた。


 私は半身ほども跳び上がった。だが一方で、斧は急所をとらえていた。トレマー・ラムは倒れた。いつの間にか自分の体力が全快している。不審に思ったら、体力の限界値が4分の1ほどに落ち込んでいたのだった。シャクラミの地下迷宮で、レイズにより復活した時のようにである。もし大羊のそのわざが、もう少し早く発動していたら、私はたちまちのうちに昏睡させられていただろう。マイティ・ストライクを使ったのは正解だった。だがそれを使ってやっと勝てるということは、私の力がいまだ大羊に及ばないということだ。

 天晴、大羊よ! 君に敬意を表そう。見事な戦いだった。君から得た戦利品である
雄牛の毛皮を、決して余人には渡すまい。それは今日の死闘の記念として、きっと私のモグハウスに永久に止め置かれることになるだろう。

注1
「タロンギの石碑は、ちょうどシャクラミの入り口のような、巨大な骨が前に横たわる洞窟の奥に立っている。文面からもそれは伺えるが、一部の意味不明な記述が気にかかる。ギルボ・マッジ・ナビルとは何者か? 名前がらタルタルではなさそうだが、兄弟喧嘩をしたのはエニッドか? それともその恩人の方か? だとしたら「彼」はひとりではなかったのだろうか?」
(Kiltrog談)


 ここタロンギ大峡谷での測量は、困難を極めました。 起伏に富んだ地形、過酷な気候、そしてモンスター。 しかし、何よりも私を苦しめたのは、熱病でした。

 私はミンダルシア大陸に旅立つ前に、十分に経験をつんでいましたが、熱病には何の助けにもなりませんでした。 そう、白魔法でさえも……

 光熱で消耗する体力を何とか温存しようと、ふらふらする足で安全な日陰を探しましたが、なかなか見つかりませんでした。

 そんな時、眼に入った白い物体が、表にある古龍の骨でした。

 近寄ってみると、そこにはこの洞穴もありました。近くに生えるサボテンの水が熱病に効くことも解り、私は病が治るまで、安全に休むことができました。

 その間、私は命の恩人達に、名前をつけました。

 兄弟喧嘩の最中に熱波で絶命した、古くて大きな恩人ギルボ・マッジ・ナビルに感謝をこめて。

 天晶774年 エニッド・アイアンハート   

(02.12.28)
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