その115

キルトログ、女神聖堂へ行く

 歴史の浅いジュノでは、種族間のしがらみなどは薄いのだが、やはり人がこれだけ多く集まると、個人的に悪く言われたり、よく言われたりする者が出てくる。特に要職にある人物ほどその傾向が強いようだ。
 
 私は医者と親衛隊長の話を耳にした。

 エルヴァーンの町医者であるモンブローは、若いのに慈悲深いともっぱらの評判である。上層にある医院には年寄りがたくさん詰め掛けている。エルヴァーンにありがちな横柄な態度を見せることなく、椅子に座ったままではあるが、おだやかで落ち着いた口調で問診をする。庶民に好かれるのはじゅうぶん納得がいく。ただし腕前のほどは知れない。彼の助手は、労働時間の超過と採算を度外視した治療に頭を悩ませている。名医であるかどうかはともかく、髯の赤いぶんだけ、モンブローは経営者としては失格のようである。

 大公の親衛隊隊長ウォルフガングは、モンブローの幼い頃からの親友である。ヒュームとエルヴァーンと種族は違えるが、兄弟のように仲がよいと評判であった。しかしウォルフガングが出世して、純白の鎧を着た頃から、二人の関係はおかしくなったらしい。彼はにこりとも笑わぬようになり、モンブローに対しても冷たい態度を取るようになった。兄貴分弟分どっちだかはわからないが、少なくともヒュームの方の評判は下落しており、たいへんよろしくない。

 ただし、火の無いところに煙は立たぬものだが、噂が的を射ていないことも往々にしてあるので、実際に目で見、耳で聞き、肌で感じないことには何とも判断の下しようがない。私はウォルフガングと会う機会があったのだが、その時の印象は少なくとも、街の人々が噂するものとはかなり違っていた。

 
 ジュノ上層にある民家に私がお邪魔したときの話である。このお宅にはイルミダという、先の大戦で夫を亡くしたエルヴァーンの老婦人がひとりで住んでいた。

 老婦人ととりとめのない話をしていると、不意の来客があった。彼女がしんどそうに扉を開ける。立っていたのはヒュームの騎士である。老婦人が名前を呼んでわかったところでは、この騎士がかのウォルフガングなのであった。興味津々で眺めたのだが、あまり不実そうな人柄にも見えない。確かに人は見かけに拠らぬものだが、人が見かけの大部分に拠ることもまた事実である。

 親衛隊長は老婦人に何かを手渡した。どうやら金品であるらしい。老婦人の恐縮するところを、ウォルフガングは制して言う。

「これは父の遺言なのです」

 ウォルフガングの父親はブランドルフと言って、やはりジュノ軍の隊長であり、この国を命がけで守ったのだった。彼は戦争で受けた負傷がもとで死んだ。臨終のさい、戦災で父や息子を亡くした遺族に、自分の財産を分けて届けるように、と言い遺した。ウォルフガングはそれを忠実に守っているのである。なかなか見上げた青年ではないか。

 老婦人は亡夫の霊前に、ウォルフガングからの付け届けを報告したが、聖なるキャンドルを切らしてしまっていることに気づいた。かわりに女神聖堂へ取りに行ってくれないか、と私に頼む。聖堂はほんの数軒先なのだが、何しろ老婦人にとっては扉を開けるのさえ大仕事なのである。私は快く引き受けて大通りへ戻った。

女神聖堂

 聖堂は静かな空気に満ちている。バストゥークの礼拝堂よりもずっと荘厳だが、サンドリアの大聖堂ほど堅苦しくない。蝋燭の光が祭壇をやわらかく照らし出す。タルタル氏が一人、眠ったように一心に祈りを捧げている。冒険者でこのように信心深い人は珍しい。

 係の人と話をしたのだが、キャンドルは今ちょうど切らしているのだ、と言う。新しく作るにはラノリンが必要である。ラノリンは別名羊毛脂と言って、羊の毛に付着する蝋状の化学物質である。どうやら私が手に入れて来なければならないようだ。

 ラノリンは競売所に出品されていない。文献や噂話を調べて、どうやらあの凶暴な野生の大羊から入手するしかないことを知る。私は荷物をまとめ、もう一匹の大羊をようやく倒せる興奮に打ち震えながら、借り受けたチョコボの背中に跨り、単騎ラテーヌ高原めがけて出発する。


(03.03.07)
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