その148

キルトログ、アルテパ砂漠をさまよう(1)
アルテパ砂漠(Altepa Desert)
 遠い昔、ガルカの都があったという。
 砂漠のいたるところに、ガルカ族の繁栄を想わせる遺跡群が残されている。
 オアシスが点在し、冒険者たちにはありがたい補給地も点在している。
東アルテパ砂漠

 我々の眼前に砂漠が広がっていた。

 時刻は真夜中であったが、砂漠を包んでいるのは闇ではなかった。頭上から月がやわらかい光を届けており、砂がそれを反射するので、周囲は明るかった。馴染み深い動物が一頭、私の目の前を横切ってゆく。タルタルの姉妹が歓声を上げて近寄り、ダルメルの長い首を見上げた。

 さてダルメルがゼプウェル島にいるとは興味深い。ミンダルシア大陸の中央、コルシュシュ地方との生物層の重なりは何を意味するのだろうか。クォン大陸のバルクルム砂丘の方が、距離的・環境的にも、ずっとここに近いというのに?

 私は地平線を見つめた。それは平らではなかった。自然が風という筆で無作為に描いたにもかかわらず、砂のキャンパスは隆起し、小さな山脈を築いていた。稜線はくっきりと空を切り取っており、夜明けはまだ全然遠いというのに山際が白く光って見えた。

 この砂の下に、昔日の栄光を伝えるガルカの遺跡が眠っているのだった。都は太古の昔に滅んだため、当時の様子を知る者は皆無である。今ではゼプウェル人は、オアシスに集ってラバオという集落を形成している。我々の目的地もそこである。尤もそのためにはこの見渡す限りの砂漠を越えてゆかねばならない。

 「砂先先案内人」のLibrossは、先頭に立って我々を導こうとはしなかった。彼はちょっとしたゲームを思いついた。目的地に真っ直ぐ一同を連れて行ったのでは味気なさすぎる。そこで主催者である私に、思うままに砂漠を歩かせ、ラバオにたどり着くまでついていこう、という趣向である。正直私は勘弁して欲しいと思ったが、表立ってこれに反対する者は、私の他にはただの一人もいなかった。

「さあ、好きな方へ進んで下さい」とLibrossが言う。私には地図がない。周囲に目印もない。本能にかけましょう、というのがLibrossの言いぐさだが、さりとて意識を集中しても、足元の砂は私に何も語りかけてこないのだった。

 それはもしかしたら、私の本能が鈍っていたからかもしれない。あるいは、アベ・コーボウという作家が作品内で語ったように、砂の本質が、あらゆるものを侵食し、腐食させてしまうせいなのかもしれない。だとしたら、砂漠は数百年をかけて、我が種族の残留思念すら浄化してしまったのだ。私の手元にあるのは磁石のみである。方角を頼りに勘を働かせて探すしかないだろう。

 私は月の出ている方角へ向かって真っ直ぐ歩き始めた。


美しい砂の山脈の稜線

 西への道はすぐ砂の隆起に阻まれた。我々はそこをよじ登った。小さな山脈の天辺は鋭角に尖っていた。正直な話、これほど脆くさらさらした砂が、綺麗に角度を保っていることには感嘆した。

 私は西を見下ろした。眼下に古い遺跡が見え、老朽化した石柱が立っていた。そのすぐ近くに数体の人影があった。ここからでは蟻のように小さく見えたのだが、皮肉なことにその生き物は、実際に近くで見ても蟻そのものにしか見えないのだった。「アンティカだ!」私は身体を震わせた。

 眼下をうろついていたのは、ガルカの宿敵の蟻獣人アンティカであった。私の血液がふつふつとたぎった。斧をつかみ、ときの声を揚げて、真っ只中に斬り込めたならどんなにすかっとするだろう! だが我々の今のレベルでは、例え全員でかかっても、奴らに軽く一蹴されるのが落ちであった。私はぐっと堪えて、稜線を辿るように進路を北へ進んだ。

 ダルメルのみならず、砂漠には様々な生き物がいた。内地同様の大きさを保ったカブトムシや蠍を何匹も見た。なるほどSifの言う通り、アルテパ砂漠は死のイメージに似合わず、生物のるつぼである。むろんそれだけ我々の危険は増す。照りつける太陽の熱、餓えと渇き。足元をすくう恐ろしい流砂。近くに寄ると、それは巨大な蟻地獄も同然だった。吸い込まれたら一体どうなるのかは考えたくもなかった。私は北へ迂回しながらひたすら西を目指した。「西」アルテパ砂漠の存在は大きな示唆で、ときおり不安に駆られる私の支えとなってくれた(今にして思えば、もう少し愚かな方が楽だったかもしれないのだが)。


恐るべき流砂

 皆は私のあとを黙々とついて来た。Leeshaら「先導者」は終始無言で、皆にスニークをかけ、足音を出さないようにしていた。この工夫がいったい何の役に立っているのかは後に判明する。それ以前に私は視覚から得られる情報を逃すまいと必死であった。例えば冒険者の存在であるとか。

 同業者が武器を振るっている光景に出くわすと、不思議に私の心は和んだ。むろん人恋しさもあったが、何より休憩地が近いかもしれない、という希望を持つことが出来たからだ。あるパーティが蠍を相手に戦っている傍ら、私は地下道を見つけた。バストゥーク鉱山区のように、下り坂が伸びて、一段低い地下の道に繋がっている。一対のアンティカどもが、坂を挟むように闊歩していた。従って地上を行くのは難しい。しかし道を下るのも危険である。それなりの幅と広さがあるとはいえ、敵と出くわしたときに、この大人数で無事に離合するのは不可能だろう。それでも私は――幾ばくかの興味も手伝って――思い切って坂道を下りていった。


一段低くなった道。
壁面には扉が・・・

 砂地であるにもかかわらず、地下道の壁は垂直を保っていた。壁面に石の扉がついているのも見られた。やがてゲートを潜り、道は本格的に下降を始めた。どうやら別のエリアに繋がっているようだ。足をはやめながらも私は戸惑いを隠しきれなかった。オアシスの集落ラバオが、地下にあるということがあり得るだろうか? 結論を言えば、ここはラバオではなかった。だがある意味で目的地であった。というのは、ガルカの本能に頼ろうとするなら、確かにラバオより、ここへたどり着く方が自然だったからだ。

 ゲートの向こうに広がっていたのは、旧ガルカの都跡として知られる洞窟――流砂洞であった。

(03.07.03)
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