その171

キルトログ、口の院を訪ねる

 ウィンダス石の区、競売所の屋上にテレポート・ガードがいる。彼らは各区に一人づつ配属されている。ウィンダスの四区はスクエア型――2×2の正方形――に並んでおり、それぞれ上下左右のエリアに隣接しているが、残りの一つに行くには、大きく迂回して来ねばならない。テレポート・ガードは、対角線上にあるエリアに瞬間移動させてくれる。結果的にこれは「第三の道」として利用される。政府は彼らを配置することで、四区どこからでも好きな区へ行けるように手配しているのだ。

 口の院のあるウィンダス港は、天の塔が存在する石の区の南西にある。従って瞬間移動させて貰えばすぐ港に着く。おあつらえ向きにテレポート・ポイントは同院の屋上にあるので、到着するなり階段を下りればそこが目的地だ。隣接するエリアに下手に歩いていくよりずっと早い。

 五つの院はあまり一般国民に馴染みのない場所だ。私も口の院へは数えるほどしか入っていない。ここは戦闘魔道団の養成所で、タルタルの兵隊たちが日夜熱心に魔法を練習している。港という開けた場所にあるのは二つの理由からだろう。一つは水の区、森の区などの居住区から外れているので、魔法で生じる騒音を心配しなくてよいということ。もう一つは敷地を広く取れること。口の院の裏扉から抜けられる野外演習場では、壊れたカーディアンが並べられ、攻撃魔法の標的として死後まで国に貢献している。


 扉を潜って周囲を見回したが、院長の姿は見えない。内密の仕事である。あまりおおっぴらに尋ねて歩くわけにもいかぬ。聞き込みはさりげなくやらねばならない。あの抜け目のない院長のこと、下っ端の魔法使いに行き先を知られるような真似はすまい、とは思われるのだが。

 いきおい聞き込みは世間話の様相を呈する。この院は軍事力に直結する、五つの院の中でも最も重要な施設の一つである。戦時には――相手が他の国であれ、獣人軍であれ――綺麗に足並みを揃えて貰わなくてはならない。しかし平和な時代で、いささか緊張感に欠けるということもあり、個々人の思惑がまるで違う。特にそれは、20年前の大戦の悲惨さを、肌を以て知っている世代と、そうでない世代の間に顕著だ。まさしく「戦争を知らない子供たち」という奴である。

「そろそろ戦争が始まるかもしれません」
「争いは失うものが多すぎる」
「戦争をするには、兵士数がとても足りない……」
「ここは一般人が歩くには危険すぎる場所ですよ」
「空しいなァ! いつもいつもカーディアン相手にズバーンドカーンの繰り返し……」
「20年前の大戦は悲惨だったよ。口の院の優秀な兵士たちが数多く散って行った」
「たまには外に出て、獣人相手に魔法を使いたいよ」
「前の戦争みたいに、たくさんの人が死ぬかもしれません」
「あれからまだ20年しか経っていないんだ」
「英雄カラハ・バルハみたいになって、大活躍するのが夢です!」
「こんな時に戦争が起きたら、一体どうなることか!」

 20年が経つ。しかし、タルタルたちの傷は癒えていない。老人は恐れ、若者は無知と勇気を履き違えている。なるほどこの点を懸念し、民衆を惑わすことまかりならん、としたセミ・ラフィーナの意見は的確であった。


 院の奥で、院長の側付の助手二人に会う。ハックル・リンクルクロイド・モイドとは、少々腹を割った話が出来る。以前彼らが院長お気に入りの杖を折ってしまったときに、私が接着用のにかわを調達したことがあったからだ。二人は私に借りがあるというわけである。


ハックル・リンクル(左)とクロイド・モイド

「ええー、うちの院長を探してるの? そりゃ大変だなあ」とハックル・リンクル。彼をつかまえるのがいかに難しいかを、骨身に染みて知っているのだ。
「院長なら先ほど戻ったものの、また旅立ちましたよ」
 クロイド・モイドは同僚より落ち着いており、少々気取った話し方をする。
「長旅の支度をしてたようですが……」

「いつものホルトト遺跡じゃないのかな? だとしたら、やっと
満月の泉の場所が……おっとと」
 よろけて倒れそうになるハックル・リンクルを後目に、クロイド・モイドは続けた。
「そういえば、院長はカドゥケウスを持って行きましたね」

 しばらく待ったが、それが何であるかの説明はなかった。二人は思案を巡らせている。お互いに顔を見合わせて、
「とすると?」
「行き先はおそらく……」
「……オズトロヤ城かな?」 
「……そうですね」

 オズトロヤ城! 話には聞いている。ヤグード教団の総本山で、メリファト山地の奥に、岩を掘り抜いた城が構えられていると。中は侵入者を防ぐ危険な仕掛けが満載という噂だ。

「いったい何だって院長は、オズトロヤ城なんて危険な場所に、一人で出かけちゃったんだろ?」

 彼ほどの古強者であれば、ハイクラスのヤグードとて恐るるに足りないのかもしれないが、何のために同地へ行くのか、という疑問が残る。ハックル・リンクルは言う。「禁書を見つけてから、様子がさらにおかしくなったよ。まさか、禁書に何かの呪いがかかってたんじゃないだろうね?」

 彼の真意は余人には知れぬ。それにしても嫌な場所へ出かけてくれた。院長はともかく、私が一人で訪ねて、無事に帰れそうなところではない。仲間が必要だろう。国事ゆえ詳細は明かせないが、それでも協力してくれる仲間が。ヤグードの本拠地に殴りこむ命知らずの仲間が。

 幸いなことに、私には心当たりがある。


(03.09.26)
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