その179

キルトログ、聖域の森に入る
聖地ジ・タ(The Sanctuary of Zi'Tah)
 ミンダルシア大陸の北端リ・テロア地方の陰からの入り口にあたる鬱蒼とした針葉樹林。
 樹齢数千年を越える大木も珍しくない森の中は、少数の日光しか届かず、昼なお暗いが、時折、点在する岩の先端部が発光し、辺りを不気味に照らし出す怪現象が見られる。
 このような超常現象のせいもあってか、この地はヴァナ・ディールの人々に神域と信じられており、ロ・メーヴの巡礼者と不信心なゴブリンの追い剥ぎ以外、長い間、訪れる者は稀だった。
 8体のチョコボと8人の冒険者たちがメリファト山中を駆け抜ける。彼らは北東を目指している。近頃になって封鎖が解け、リ・テロア地方へ立ち入ることが許されるようになったが、いにしえの時代に多くの巡礼を集めた聖地も、現在は恐ろしいモンスターが徘徊する危険地帯となり、人間が寄り付かなくなってしまった。敢えて立ち入ろうとするのは三通りの人種だけだ。熱狂的なアルタナ教の信者。相当な腕自慢。あるいは単なる命知らず。三番目に属する8人は聖地ジ・タに駆け入った。幸いにして同地はオープンフィールドで、チョコボに乗ったまま散策することが出来る。

 Euclidがここへ来るのは初めてだ、と言った。私も同じだった。そもそも私がドラゴンを退治する頃までには、入り口がずっと封鎖されたままだった。当時聖地ジ・タに入ることは、ガルカがゼプウェル島に帰るくらい非現実的なことだった。既に時代が変わって久しい。私はゼプウェルに帰った。だがジ・タには行ってない。もう少し信心深い人間であれば、真っ先に訪ねた場所かもしれない。現に今も私を突き動かすのは、先に何が待っているか知りたいという純粋な欲求だけだった。

 私は聖地に鳥を乗り入れた。どん、と鼓膜を揺るがす轟音がなり響き、数秒遅れて空に閃光が走る。我々とチョコボは一瞬でずぶ濡れになった。スコールほどの勢いはないが、雨粒のひとつひとつが確かな大きさを持っている。私は目を細めて空を見上げた。灰色の雲の厚みからして雨は当分止むまい。

 雲を見上げて驚いたことが一つある。針葉樹がまっすぐに伸び上がって雷雲を突き刺している。その幹の太さたるや相当なもので、ロンフォールやラテーヌで見られるものの数倍の直径を持つのではないか。何やら自分が小人になって、魔法の世界にでも迷い込んだかのような風情である。

聖地ジ・タ

 聖地ジ・タは歴史の古い森である。ユタンガもそうだったが、太古の森林というのはスケールが余りに大きい。ただし互いに北と南の果てにあるので植物相はかなり違う。ユタンガでは屋根のように重なった枝が空を覆っていたが、ジ・タでは針葉樹が主なせいか、木は垂直に伸びている。雲へ溶けた梢の先は見えない。この幹の太さと枝の高さからして、もし晴れた日に見上げたとしても先端は確認できないかもしれぬ。私が本気でそう信じそうになるほど森林の規模が圧倒的なのである。

 いったいどんな力が働いてここまで木を丈夫に育てたものか、不思議でならない。古代人の生きていた時代にもジ・タはこの規模だったのだろうか。だとしたらここが聖地に選ばれたのも頷ける。人間が神の存在を強く意識するのは、たいてい大自然の偉大さを味わったときだからだ。

 このぶんでは星の大樹より大きいものも存在するかもしれん。私が独り言を言うと、あんなのは序の口ですよ、と誰かが答えた。無礼な言い方にもあまり腹は立たなかった。むしろその通りだろう。ジ・タは肌寒く、静けさに満ち、雨が葉先を揺らす音が彩りを添えているだけだったが、どこかしら大霊樹の登場を予感させる、そういう空気に満ちていた。

 チョコボで走っていてちらちらと見かけるのは、ごつごつした水晶で出来ている石柱だった。それは地面から筍のように生えて、薄闇のなか紫色の光を放っている。ブブリム半島にギブブ灯台と呼ばれる奇岩があり、天辺で鉱石が鈍い光を放っているが、あれに似ていた。この石柱が複数個寄り添っている場所に、夜の帳が下りると、岩は輝きを増し、周囲をアメジストの色に染め上げる。美しい光景である。この地が聖地と信じられて、巡礼が集まるようになったのも無理はない気がする。


紫の岩

 その石柱の間に巨大な人影を見かけた。横幅が広く、肩は瘤のように隆起しているが、手や腰は絞られたように細長い。身長はチョコボに乗った私のゆうに数倍の高さだろう。近くへ寄ってみると、それが生き物でないことがはっきりした。ゴーレムである。ゴーレムは魔法で命を吹き込まれた巨大な人形で、本体の材質によって類別される。ジ・タをうろついているのはロック・ゴーレムといって名前の通り岩でできている。恐ろしいことに人間を見ると襲ってくる習性があるという。

ゴーレム

 こんなのに殴られたら無事では済むまい。そう思って視線を脇へ逸らしたらグーブゥー・ガーデナーの姿が見えた。パシュハウ沼で見かけた人間型の生き物で、このリ・テロア地方が原産らしいという研究結果が出ている。悪いことにこいつも人間を襲う。付近にはゴブリンの姿も見える。凶暴な獣人のみならず、夜になると骸骨が鎌を持ってうろつきだす。全く危険な森である。安全なのはキノコやリーチくらいだ。後者はチョコボの足元を避けるようにぽんぽんと群れになって跳ねとんでいく。他の地域と異なり紫色の体色をしているのが何だか綺麗に見える。

 
 前方に双子のような対称を見せてそびえ立つ二本の木があり、根っ子の部分に潜り込むように通路を下った。Ragnarokがチョコボを降りた。Librossも降りた。だから私も降りた。八頭の鳥はたちまち駆けていってしまい我々は取り残された。前方に虚穴が開いている。どうやら中へ入るつもりらしい。

 仲間が次々と穴へ消えていくのを見守る。私は深呼吸をする。いくらか落ち着くのを待って決然と一歩を踏み出す。後に私はここがボヤーダ樹という巨木の朽ちた迷宮であることを知る。そのような知識はしょせん後付けだ。ましてやあんな驚くべき場所だなどとはこの時には知る由もない。

 我々はボヤーダ樹へと踏み込んだ。ジ・タの雨はまだ続いている。


(03.10.08)
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