その182

キルトログ、聖地ジ・タを強行突破する

 我々が大樹のところに戻ると、もう霧はすっかり晴れており、こころなしか川面が前よりもおだやかで澄んでいるように思えた。

 Ragnarokは我々を小さな水路にいざなった。壁面に私の身体より一回り大きい穴が開いていて、水が流れ落ちている。覗き込むと下の水面が見えた。ここを滑り台の要領で下るらしい。私もEuclidもちゃんと下へ落ちることが出来たので、横幅がつっかえやしないかという心配は杞憂に終わったが、下った場所のすぐ近くに蟹を見つけたのにはぎょっとしたし、尻尾と尻にぬるぬるする苔がついたのには閉口した。

 何だか見覚えのある場所に出たなと思ったら、最初に蟹と一戦交えた大樹の側であった。帰り道を大幅に短縮した我々は外へ出た。ボヤーダ樹の奥には、数百年に一度、真竜が降臨して羽を休める場所があるそうですよ、とLibrossが言う。Urizaneが竜の名前を言おうとして、「ファ……ファファ……」とくしゃみのような声を出したので、「ファフニル?」と私が引き継いだ(注1)。Librossはそれで多分正解だと答えた。



聖地ジ・タの空

 眩しい光に瞼を射られたので目を細めた。チョコボを下りたときには曇天だったものが、今日はすっかり青空が広がっている。もはや木のうろの中で何日過ごしたのやら見当もつかない。「行きましょう」とRagnarokが先頭に立って北上を始める。後を追ったLibrossが、夜にならないうちに突破したい、と言った。「殉教者の霊が出てきては困るから」我々は足を速めた。

 こうやって歩いている限りでは、聖地ジ・タは――規模が大きすぎるという点を除いてだが――のどかな針葉樹の森だった。しかし随所に危険が宿っている。野良ゴブリンが次々我々の邪魔をした。LibrossやSif、Urizaneはレベルが60台なので、一匹程度ならたちまち片付けてしまうのだが、ふとどきな獣人どもは聖地にも大勢入り込んでいて、何度も何度も喧嘩をふっかけてくるのだ。そういうときに標的になりやすいのが、この森の基準に比べて明らかに強さが足りない私とSenkuである。最初のうちはゴブリンを遠く迂回するように移動していたが、あんまり何度も襲われるので、スニークやインビジで保険をかけて突破することにした。お互い姿が見えないのにもかかわらず、私とSenkuは努めていつも寄り添い、仲間が獣人を片付けるのを遠巻きに見守っていた。戦闘で私たちが役に立てることは殆ど無かった。

 やがてRagnarokが前方を指差した。「見て下さい、あれを!」オオ、とかアア、とか感嘆の声があがった。泉の上に大木が横たわって橋を作っている。澄んだ水の底には細かいクリスタルが林立していて、紫色の光を放っていた。それが水面に反射しキラキラ輝くのだ。我々はしばらく足を止めてその幻想的な光景に見入った。

クリスタルの泉

 予定では夕方までに突破している筈だったが、思ったより旅程ははかどらなかった。少し急ごう、と皆早足になった。ただでさえ攻撃的な生き物の多い土地である。このうえ夜になって、生き物でない奴まで相手にするのは危険だった。切実な理由がもう一つあった。Sifは個人的な用事を抱えており、途中から抜けなければならないということが、あらかじめ判っていた。だからそれまでに目的地に到達しておきたかったのだ。しかし無情にもどんどん時間が過ぎて行き、南中した太陽は容赦なく西へ西へと傾いていくのだった。

 やがて見慣れた小屋が左手に見えてきた。アウトポストである。我々は喜びいさんで駆け寄った。そこに立っている警備兵にも、傍らの商人にも、何の用事があるわけでもなかったが、このような心細い場所で人と話すことに安堵感を覚えた。とりわけ三国のいずれかが警備兵を常駐させているという事実は、苦しい旅を続ける我々の、ささやかな慰めになった(欲を言うなら、せめてウィンダス兵であれば言うことはなかったのだが)。Urizaneが警備兵に敬礼をした。私も頭をひとつ下げてから旅を続けた。夕暮れまでに森を突破しようという試みは絶望的で、死霊の現れる時間が刻一刻と迫りつつあった。


 水滴が顔に当たった。お、と掌を差し出したら、たちまち大粒の雨がざんざと落ちてきた。ここまでにもじとじとした下草を踏み分けてきたし、ボヤーダ樹の中で滝に打たれてもいたから、今さら濡れねずみになることを厭うわけではなかったが、この雷雨は、我々の道程に立ちふさがる難苦の象徴であるように思えた。

 とっぷりと日が暮れた森の中をひたすら北へと我々は歩いた。我々が一歩踏み出すたびに、魔物が一挙一動を見ていて、邪魔をするのを楽しんでいるかのように、およそ考えうるありとあらゆる外敵が、目の前に立ちふさがった。しなやかな豹クアールを見た。無粋なゴブリンを見た。重そうな鎌を抱えた生ける屍を見た。現世への怨みの念をたぎらせる悪霊を見た。そして、地響きを立てて迫り来るゴーレムも。奴らは徐々に強さを増していく。もはや最も強い69レベルのナイト、Urizaneとて、予断を許さない状況になってきた。

 足音を消して一気に突破できればいいのだが、ボヤーダ樹の中と違って、敵は聴力だけに頼っているとは限らない。安全を期するなら、姿も消していくのに越したことは無い。だがそれでは魔道士への負担が大きいし、シーフとして参加したLeeshaのように、サポートジョブの白魔道士の能力の限界で、かろうじてスニークは唱えられるが、インビジには手がとどかない、という者もいるのだ(後者の方が魔法としては高度なのである)。従って仲間たちは、満足な回復のないままモンスターどもをなぎ倒していかなければならなかった。目的地までの距離はRagnarokとLibrossが知っている。だが傍らから見守っているだけの私にとっては、それは果てしなく続く苦行ででもあるかのように思われた。


仲間たちはゴーレムを仕留める。
果てしない戦い

 Sifが我々のもとを離れなければならない時間はとうに過ぎていたが、彼は名残惜しさと、自分が抜けたら戦力が落ちるだろうという責任感で踏みとどまり、けなげに武器を振るっていた。だが行軍は遅々として進まなかった。やがてSifは、Ragnarokを送るのにふさわしい「そこ」――彼は知っていた――にたどり着けないのは無念だ、と言って、自分はさりげなくパーティを去ることにする、と伝えた。言葉の通り、彼は本当にいつの間にか姿を消した。だがSifがいなくなっても、我々の行軍は全く終わる様子を見せないのだった。

 この頃になると、Ragnarokが眠りに就きたがっている場所の見当が、私にもつき始めていた。はるか昔、聖地が封印される前に行われていた、アルタナ教巡礼の慣習を、我々はなぞっているのだった。だとすればこの先に、女神にまつわる聖なる場所が待っているのだ。それがどんなところかは、この森を生きて突破しなければ知ることが出来ないのだが。太古のアルタナ教徒たちも、今の我々のような、苦難の道を歩んだのだろうか? 歩んだかもしれない、と私は思った。Librossが言ったように、襲ってくる屍は殉教者のものであり、女神のたもとに到達できなかった無念を、我々にぶつけて来るのかもしれなかった。あくまでも先へ進もうとするなら、我々はそれを、自分たちの実力だけを頼りに、力づくで押しのけていかなくてはならないのだった。


 どんなに長い旅もいつかは終わる。Sifが去って随分時間が経ったのち、Ragnarokが森を突破した、と告げた。我々は三々五々、クアールの群れを避けて、彼のもとに集まった。時刻は丁度零時になりなんとしていた。私は思わず万歳を叫びそうになった。

 しかしRagnarokとLibrossは、顔面を引き締めたままだった。聖地ジ・タまではパーティの力で何とかなった。だが先の危険はこれまでとは比べ物にならぬ。死を覚悟しなければならない、と彼らは言った。先にどんな恐ろしいことが待っているというのか。彼らは意を決してゆっくりと一歩を踏み出した。私もその後を追った。

 私は不信心者だが、仲間のために心中で祈っていた――。女神よ、どうか我々を見守り給え。


注1
 ファフニル(Fefnir)は北欧神話において、勇者ジークフリート(シグルド)に退治された火竜。ジークフリートはその血を浴びて鋼の肉体を得た(背中に張り付いた木の葉の部分以外は)。
 表記によってファブニル、ファヴニール、ファーブニルとも。


(03.10.13)
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