その184

キルトログ、女神の懐に抱かれる

 まず、私の言葉を疑いなさい。
 盲信は月のない闇夜に眼帯をつけるようなもの。疑うことなく信じる者は、黄金を塵にしてしまう。
 また、人は誰もが、自分のロウソクを持たねばならない。私に出来ることは、そのロウソクにそっと火を灯してあげることだけ。私のロウソクを貴方にあげることは出来ない。
 私が貴方を導くのではない。貴方自身が自らの道を見つけ出すのだから、貴方自身の炎だけを手に、風の吹きすさぶ闇の底を、ひとり歩いていかなくてはならない。
 そうして道の果てに、私を見いだした者は……
(以下不明)
――女神アルタナの言葉

 サーメット質の上り階段が続いていた。RagnarokとLibrossが前を見据えて、一歩一歩上っていく。好奇心が旺盛なSenkuも、先を急ぐことはしないで、彼らの歩調に合わせた。我々は努めてゆっくりゆっくりと歩いた。

 階段はやがて平行な通路へと変わった。壁面に宝石――クリスタル?――が埋め込まれ、幾何学文様の中で青白い光を放っている。よく見ると随所で表面が剥がれているし、壁にひびが走っている。私はロ・メーヴを廃城と表現したが、ここが他のサーメット質の建造物と大きく異なる点だ。崩れ落ちている。さながら大規模の、物理的な衝撃を受けたとでも言うように。

 こうした破壊の傷跡は、リ・テロアが聖地と呼ばれながら、長く封印されていたことと関係があるのだろうか。ソロムグ原野、バタリア丘陵の海に面した崖は、焼けただれた肌を晒し、立ち木は苦悶を残したまま息絶えている。私はそれを、ソロムグの地面に残るクレーターと重ね合わせて、リ・テロアを天変地異が襲った証拠ではないかと仮説を立てたが、その一撃は、時間の無慈悲な裁きにも耐え得る、サーメットの城にも、無視できない傷跡を残したというのだろうか?

 女神アルタナの楽園へ入ることを夢見た、大勢の巡礼者が目指した最終地は、訪れる人のないまま悠久の時間を過ごした。ロ・メーヴは「死んだ」。そして今、我々は試練を潜り抜けて、太古の昔に巡礼者がそうしたように、通路をまっすぐ歩いている。信心の薄い私にも、何か荘厳な空気が満ちているのが判る。同時に臓腑が凍るような緊張感をも。

 やがて我々は広間に出、言葉を失ってそれぞれ立ち尽くした。


 水に満たされた広間を通路が縦断していた。通路の両脇には、フードを被り、袖を合わせた長身の像が立ち並び、互いに向かい合って我々を見下ろしていた。広間を支える柱は天に真っ直ぐに伸び、きめの細かい霞の中へ消えている。そこからカーテンのように光が下りてきて、我々を柔らかく照らした。雨の音も、風の音もしなかった。不思議なことだが、私にはまるで霞が天そのものであるかのように思えた。通路の終わりにもう一体の像がぼんやりと見えていた。

 左右の像から凝視を受けながらも、Ragnarokは迷わず真っ直ぐに歩いた。彼は誰が自分を待っているかを知っているようだった。彼は通路の終わりに立ち止まって、しばらく目線を上に向けてから、ひざまずいた。私はRagnarokの丸い背中に近寄り、彼が敬意を表した像をじっと見つめた。

「女神アルタナです」とLibrossが言った。私は頷いた。いま我々は、人類の母の懐に抱かれているのだった。



 巡礼の旅の終点で、女神アルタナは我々を待っていた。彼女は彼女の子供たちを抱き止めるかのように、両の翼と両の腕を大きく広げていた。それを見て私は、何故アルタナ教の司祭たちが、相手を包み込むしぐさをするのかが判ったような気がした。「皆様に楽園への扉が開かれますよう」。彼らはこう言って、女神像の姿を模しながら、アルタナの慈愛が万人に届くことを祈るのである。

「私が貴方を導くのではない」
 私は呟いた。サンドリアで司祭から聞いた、アルタナ自身の言葉だった。彼女はこう教えた。人はひとりひとりが自分のロウソクを持っている。彼女はそれに火を灯す。彼女は我々を導かない。我々は女神から与えられたロウソクの光を頼りに、自分自身で道を見つけ出さねばならない。

 「そうして、道の果てに私を見いだした者は……」

 以下の文章は失われていて、サンドリア教会の文献にも記録がないという。あるいはアルタナが敢えて語らなかったのかもしれぬ。この神々の間が道の果てなのだろうか、と私はふと思った。だがそれでは余りに解釈が単純過ぎる気もする。

「私は先にここへ来たとき」とLibrossが私の隣で語った。
「私はこう感じましたよ。自分はまだここに呼ばれていないのだと。だから誓ったのです。次に来たときには、絶対に彼女に向かって嘲笑してやるんだと」

 Urizaneが首を傾げた。「ここが道の果てなのでしょうか?」
 さあそれはわからぬ、と私は言った。ただし、アルタナが残したとされる言葉――ロウソクを与えられた女神の子供たちが、試行錯誤の末に彼女を見出すという説話は、まさに我々のことを指しているのではないか、という気がした。Urizaneが目を閉じて感じ入っている。このような場所にいると、人間の卑小さを実感するのだと彼は言った。私は頷いた。正直に言って、自分はエルヴァーンたちが言うような絶対神が存在するとは信じていないが、それでもこの神々の間の荘厳さには圧倒され、人類の母とされる暁の女神に対し、不敬を働いてはいけないという思いを強くした。

 思い返せばこの旅のことを、Ragnarokは星の大樹で公表したのだった。天の塔もまた霊気の漂う場所だ。ただし同じアルタナ教であっても、ここ神々の間に篭る空気とは質が違っている。私がアルタナの像から受けるのは、冷たさだった。それは女神の本質とそぐわない気がして、私は当惑していたが、不思議なことにLibrossも同じ思いでいたのだった。だが神というのは案外そういうものかもしれぬ。すべてを許す慈悲の残酷さ。

 振り返れば、女神と対になる位置に、別の像が立っているのだった。鎖で繋がれた男神の姿は、説明して貰うまでもない。プロマシア。獣人を生み、増長した人類に試練を与えた。サンドリア式のアルタナ教では、しばしば拘束された姿で表現される。鎖が何を意味しているのか判らないが、両の翼は女神と対照的に折りたたまれ、この聖地においては、彼の姿が光を浴びて照らし出されることもない。



 時がうつろうにつれて、神々の間は彩りを変えた。天井の霞を暗闇が覆ったと思うと、朝が近づくにつれて、東の空から光の帯が届き始めた。Ragnarokは夜明けに旅立ちたいという希望だった。我々はそれまでの間、像やクリスタルを観察して回り、ロ・メーヴほか世界各地に残る遺跡を作った古代人に関して、様々な仮説を立てて楽しんだ。そういう時間は早く過ぎるものだ。曙光が射してきてから、Ragnarokはいよいよ決意を固め、女神像の下にある台座の中央に進み出た。誰かがしくしくと泣く声が聞こえた。

 我々が彼に向かって別れの挨拶をするのをかたくなに拒む声があった。「さよならではないのだ……! そうでしょう」。今となっては誰が言ったのだか思い出せぬ。私はRagnarokとの思い出と、彼が目覚めるまでに自分が果たしておきたいこと――いやしくもバストゥーク百人隊長の鎧を着るのに恥ずかしくない人物になること――に思いを馳せていたから。だから私は彼に言った。立派な冒険者になって貴方を迎えるからと。Ragnarokは頷いて、鎧の話をした。それは彼の友情に関するものだった。

 Ragnarokは友人Jackから鎧を譲り受けた。Jackがヴァナ・ディールを去る決意をしたからだ。Jackは身の回りを清算して、いずこともなく去った(この場におけるJackの不在については、私も疑問に思っていた。彼の都合が悪かったのだろうと解釈していたが、もし複雑な事情があったにしても、それは彼らの問題であると思ったから、Ragnarokに尋ねることは止めておいたのだ)。鎧はRagnarokがいま身にまとっているものである。言葉を変えれば、それは友人Jackの忘れ形見というわけだ。

 我々は思わす涙目になったが、Jackが先日ひょっこりとヴァナ・ディールへ戻ってきたと聞いて、腰が砕けそうになった。しめっぽい場が和んだ。Ragnarokはにっこりと笑って、従って今となっては、鎧は回帰のお守りでもあり、自分はもう一度確かにヴァナ・ディールへ帰って来るために、これを着てきたのだ、と語った。

 台座の中央にRagnarokがしゃがみこんだ。私は彼に向かって敬礼した。皆めいめいに彼との別れを――束の間の別れを――惜しんだ。やがて彼の姿が消え、神々の間に静寂が訪れた。だから、私は胸を張って言うことが出来る。彼はいま女神の懐で眠っているのだと。彼の母のもとで、再び大地に戻る日を待っているのだと。そうであれば、この場の涙は確かに余計なものだろう。


 我々は女神に背を向けて、神々の間を後にした。ロ・メーヴを再び抜けて行かなくてはならない。だがそれを描写するのは興を削ぐし、蛇足だと信じるので、敢えて何があったのかこまごまとは書かぬ。代わりにこれだけを判っておいて頂こう。「我々は一人の脱落者も出さずに戻った」と。

 ともあれ、今は休みたまえ、友よ。貴方と行く新たな冒険の日々を、私は楽しみに待っていることにしよう。

(03.10.17)
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