その196

キルトログ、女神聖堂で迷いを断ち切る

 ハロウィンの夜のことだ。私はLeeshaに、両手斧の訓練をしている、と話した。すると彼女は、練習用に使うなら、モスアクスネックチョッパーなどのように、武器自身に命中精度アップの性能がある斧を使った方がいいですよ、と答えた。ネックチョッパーというのは、ジャグナーにいる特定のカブトムシが落とすものらしい。訓練場所がサンドリアから遠く離れていることを彼女は嘆いた。後日、郵便でその斧が届いた。どうやら彼女がわざわざ取ってきてくれたようだ。

 これはゆゆしきことだ、と私は思った。

 近頃の私はLeeshaに大きく依存している。記録を見れば一目瞭然だが、私が特別親しくさせて貰っている友人たちのうち、彼女に拠る部分が最も大きい。彼女は私を見つけると何処からでも話しかけてくるし、私のいる場所へやって来ようとする。そのぶん二人で行動することも多くなっている。他の友人はそうではない。彼らには彼らの生活があって、そちらが主流であり、ときに私と交錯することもあるが、ずっと会わず、話さない時間の方がだんぜん多いのだ。

 考えねばならない。Leeshaが友人の一人であるなら、今の関係は近すぎて、互いによくない。けじめをつけなければならない。彼女と会い、一度腹を割って話さなければ。

 Leeshaと友人でいつづけようとするなら。


 近頃、ジュノの女神聖堂をよく訪ねる。私自身の人生について、真剣に考える時期が来ているからである。

 数々の不思議を目の当たりにしながら、信心という点では未だに怪しい私だが、悩みがある時には、神が存在するという考えのありがたみを強く感じる。結局のところ、神との対話は――私の考えでは――自分自身との対話にすぎないが、聖堂で女神像に向かっていると、モグハウスで自問自答のすえ、おのれを見失うという事態だけは避けられる。宗教とは、信心とは、人ひとりになったとき、最後に頼る杖となるものではないか。それはアルタナがくれるロウソクの炎だ。目の前にある闇をはらって歩くのは、結局は私自身の決意にかかっているのだ。

 私の鍛錬は順調である。いくつかの冒険を経て、暗黒騎士と狩人の資格も手に入れた。おそらくこの先、他の職業への道も開けるだろう。しかし私は、何を持って身を立てるべきか、今もって躊躇している。私の時間は限られており、複数の生き方を試すわけにはいかない。選ばなければならない。だがいくら考えても答えが出ない。戦士でいるのは成り行きに身を任せるようだし、さりとて他の職種に就くということに、特別な興味が沸いているわけでもない。

 私はどうすればいいのか?

 両手斧を訓練している間は、武器を振るうことに没頭していられた。しかしそれもとうとう終わった。私はシュトルムヴィントを会得し、ジュノへ帰参した。Leeshaが声をかけてくる。私がジュノ港に入ったとき、彼女は門の近くで私を待っていた。そうだ、Leeshaについてもさんざん考えたのだ。もしかしたら、彼女との友情は終わりになるかもしれない。私のしようとしていることはそういうことだ――それでもやはり、けじめはつけねばならないのだ。


 私は女神像に合掌し、両手斧の訓練が終わったことを報告した。こういう祈り方でいいのかよく判らない。Leeshaは跪いてこうべを垂れる。彼女のやり方が正しいのかもしれないし、あるいは作法なんて人それぞれで、思い思いに敬意を表せばそれでよいのかもしれない。

 私は迷いがあって、聖堂に足を運んでいることを彼女に言った。

「Kiltrogさんは信心深いんですね」

 いや、まさか。

「とかいって、私もここが好きでよく来るんですけど……」
 

 生き方を考えるということは、死を考えるということでもある。私はそれについても最近思いを馳せる。いつか去らねばならない世界。姿を見なくなった友人たちは多い。Chyrisalisのように、別れの文をおいて。あるいは、Ragnarokのように、友人たちに見守られながら(最も彼自身は、単に長い休みを取っているだけなのだが)。

 果たしてLeeshaはどうだろう、と思って尋ねてみた。

「私ならきっと、誰にも告げずにひっそりいなくなると思います」

 いかにも彼女らしく、悲しい話題にも明るく答えた。その日が瞼に浮かぶようで、私は一瞬目頭を押さえた。

「生き方を決めるのは……」と、私を慰めるように続ける。
「すべての道が揃ってからでもいいと思いますよ。ナイト、侍、忍者、竜騎士、召喚士、吟遊詩人、獣使い」


 私は微笑んだ。それが問題を先送りするだけなのには気づいていた。しかし彼女にそう言われると、何だかほんの少しだけ楽になったような気がして、ありがたかった。Leeshaに感謝の言葉を伝えた。


 沈黙が訪れた。困ってしまった。このような話題のあとで、彼女に言いたいことが言えそうにない。「Leeshaさん」とようやく口に出した。

「はい?」と答えて彼女が振り返った。私は身をひねってLeeshaに正対した。
「笑わないで聞いていただきたいのだが……」

 Leeshaと経た幾多の冒険のことを思った。出会ってからほぼ一年になるが、サンドリアで魔道士として過ごして以降、彼女がいなければ決して今の私はなかった。

「もし私が……」
 
 別れを待つまでもなく、彼女との日々も終わるのかもしれないのだ。怖気づいた。しかし今さら後へは引けぬ。

「もし私が、あなたに」



 そして私は、一世一代の勇気を振り絞り、私の目の前にいる、かけがえのない女性に向かって、こう言ったのだった。

「もし私が、あなたに、結婚してくださいと言ったら――あなたは、どうします……?」


(03.10.14)
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