その197

キルトログ、西サルタバルタで絹糸を集める

 翌日、私はウィンダスへ舞い戻っていた。

 近ごろ絹糸の値が高騰している。いっとき300〜400ギル程度で安定していたのだが、供給が不足したのか、一つ1000ギルにまで跳ね上がっているという。この機会を逃す手はない。サルタバルタのクロウラーをかたっぱしから狩って、入手した絹糸を売りさばくのだ。手に職を持たない私が、金を稼ぐ方法は限られている。Chyrisalisの遺産はまだ90万ギルも残っているが、武器や防具は徐々に高価になるし、そうそう貯金にばかり頼っているわけにもいかないのだ。

 前回身に着けた、狩人をサポートジョブにつけて、西サルタバルタへ出てみた。狩人と獣使いには策敵能力があって、特定の獲物が何処にいるのか知ることが出来る(注1)。その範囲はジョブレベルと比例して広くなっていく。私は余りこの能力を信用していなかった。というのは、私の狩人のレベルはたった1だから、実用性には乏しいだろうと思っていたのだ。だが、地図を開けば、近くにどんな獲物がいるのかが一目瞭然で、クロウラーを立て続けに狩ることが出来る。これは便利だ。なるほど西サルタバルタ全域をカバーするほどではないが、絹糸を集めるのに使うくらいなら、十分すぎる能力だ。

 いざ得物を振るおうとして、背負っているのが両手斧であるのに気づいた。戦利品がたくさん持てるようにと、他の武器をあらかた置いてきてしまったのだ。

 思い出すのはLeeshaのことだった。


 私が求婚の言葉を告げたあと、彼女は私と目を合わせたまま、凍りついてしまった。たっぷり1分は動かなかったろう。私は早くも後悔していた。この完璧な沈黙は、彼女がとんでもないショックを受けたことを意味している。問題は、感情の潮が引いたあとに何が残るかだが、改めて考えてみれば、私は――求婚しなければという思いばかりが先に立って、具体的な勝算については、殆ど考慮していなかったのだ。何とも間抜けな話である。

 なるべく相手に迷惑をかけぬよう、努めて理性的に、思いを告げたつもりなのだが、果たしてそれでよかったかどうか。恋や愛ほど感情的なものはない。だから熱っぽく、それこそ体当たりでもしそうな勢いで、大好きだあなどと言った方が、本当は理に適っていたのかもしれぬ。ただし、私の彼女に対する思いは、ヒュームやエルヴァーンがしばしば形容するような「心の中にめらめらと燃え上がる炎」ではなかった。むしろずっと落ち着いていて、例えて言うなら、感謝と親愛の情が混ざり合い、時間をかけて、ほこほこと化学的な熱を帯びたようなものなのだった。

 果たして世間では、これを恋というものかどうか。他の人が、彼女と同じことを私にしてくれてたら、どうだろう。例えば、RagnarokやLibrossだったら? 他の女性だったら? よく判らない。ただ私がいま求婚したいのは、Leeshaであって、他の誰でもない。だとしたら私は、彼女を特別だと認めていることになるし、彼女を特別と認めているからには、やはりこの感情は恋の一種なのかもしれぬ。

 沈黙にとうとう耐え切れなくなって、私は息をつき、改めてことの馬鹿馬鹿しさに笑い出しそうになった。ガルカが求婚だと?

 それが合図だったかのように、Leeshaが動き出した。

「ちょ、ちょちょ……ちょっと考えさせて下さい」

 実は、イエスにせよノーにせよ、Leeshaなら返答に時間をかけないだろう、という気がしていた。だがよくよく考えれば、結婚という人生の重大事に関して、すぐに返事が貰えると思う方がどうかしている。私は「もちろん」と答えて微笑んでみせた。Leeshaは可哀想なくらい狼狽していて、汗を拭きながら私にこう言った。

「なにしろ、そんなことを面と向かって言われた経験がないもので……」

 むろん、私も言った経験はないのですよ。しかしこれが私のたどり着いた結論なのです。本当は倒れそうなほど緊張していたが、私は努めて淡々と喋った。こうした方がよいということはもう判っていた。やはり感情に訴えるのは自分の流儀ではないし、Leeshaにも冷静に考えて貰わないと困る。それにしても、彼女に落ち着いて貰うのに、これ以上何をすればいいだろう。言葉を口にすれば急いているようだし、かといって沈黙が続くのはもっと痛い。

 そのとき、女神聖堂の正面扉がばたんと開いて、純白の全身鎧を着たヒュームの冒険者がひとり、つかつかと入ってきた。Illvestだった。やはりここでしたか、と私に向かって挨拶をする。またこの人は、ものすごいタイミングで現れたものだ。心中で苦笑しながら、私は彼に手を振り返した。ところがLeeshaは、同じことをしたのはいいが、明らかに焦点が合っておらず、開け放たれた扉へ向けて挨拶しているのだった。「動揺してますよ!」と私は彼女にささやき、一人でくすくすと笑った。

 3人で大公邸に行き、壁にかかっている絵画を鑑賞したりして時間を過ごした。Illvestといるときは、全くいつものLeeshaだった。表面上は。心中ではもしかしたら、私のように落ち着かなかったかもしれないし、そうでないかもしれない。その日以来彼女とは会っていない。先刻ジュノにいるのを見かけたような気がしたが、私は声をかけずに一人で帰郷した。

 こういうとき、しなければならない事があるのは、実にありがたかった。


 格闘武器を持っていることに気づいたので、両手の爪に付け替え、見つけ次第クロウラーを襲った。絹糸は順調に集まった。それとは別に、クロウラーの石というのが取れることがある。時々芋虫の体内で見つかるもので、消化をよくする働きをしているという。

 そもそもダルメル牧場のミスラは、クロウラー退治の証明として、絹糸3巻きを持ってこい、と言っていたのだが、冒険者の織工が増えてくると、絹糸の値が高くなり、3つで600ギルの報酬ではとても釣り合わなくなった。そこで、従来通り絹糸3巻きか、あるいは代用品として、クロウラーの石3つを持ってきても、600ギルを出すことにしたらしい。いずれにせよ、芋虫を退治した証拠には違いないからだ。

 狩りをしていると、クロウラーの石がどんどん貯まり、ザックが重くなっていく。3つ揃えることが条件だが、石はひとつ200ギルの価値がある。この調子なら、予定よりずいぶんお金を貯められそうだ。

 中身を空にしようと、門の方へ歩き出したとき、

星降る丘でお待ちしています」

 何ということだ。いつの間にかやって来ていたLeeshaの声が、直接、私の耳に届いたのだった。


(03.11.17)
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