その43

キルトログ、大羊の影におびえる

 タルタル氏の申し出に対し私は、もうすぐレベルがひとつ上がるが、それでよければかまわない、と答えた。これに色のよい返答があったので、私は彼らの仲間になった。彼ら、というのはタルタルはとうぜん一人ではなかったからである。

 一行はバルクルム側の出口の近くに固まっていたので、私はそちらへ走って行くから、と言い伝えて駆けた。一同はトレマー・ラムに襲われないか、大丈夫かと声をかけてくれたけれども、私は出くわさないようにどうぞ祈ってて下され、と冗談で返した。幸いSolと旅してよりこっち、あの大羊に出くわしたことはない。この時も拍子抜けるほど平穏無事に北へ辿りついた。

 挨拶を交わした仲間はくせもの揃いであった。

 ヒュームのシーフ。レベル13。
 ヒュームの赤魔道士
。レベル11。
 ヒュームの白魔道士。レベル12。サポートジョブはレベル6シーフ。
 ミスラのシーフ。レベル9。

 ここまで傾向が偏ったパーティも珍しい。

 ところで上に例のタルタル氏(戦士11、白5)が入っていないが、彼は私とほとんど入れ替わりに抜けることになった。あるいは自分がいなくなるので、代わりの戦士をスカウトしたのやもしれぬ。ただ問題は、彼に手を振ってから、さてどうするかと言う段になって、バルクルム砂丘へ行こう、という意見が大勢を占めたことにあった。

 私は砂丘の恐ろしさ、というか、人数を頼みに勇んで無理を通すことの困難さを知っている。強い強い敵と戦うのはそもそも無茶な行為だ。あえてこれに挑むなら、冷徹な現実認識は避けられない。ここでの状況で具体的に言うなら、ジョブ編成を決め、その上でメンバーを厳選し、作戦を練り上げ、全員が自分の役割をきっちりと遂行し、不足の事態が起これば機転を利かせる……必要がある。最後の部分に大きな比重がかかることは珍しくない。その上で最も重要なのはどれでもなく、単なる運であったりする。

 シーフという職業は残念ながら戦闘にはあまり向いていない。高いレベルになれば不意打ちという強力な一撃を食らわせられるし、とんずらと言って、チョコボよりも早足で敵から逃げさることも可能になる。私はアウトローとしての彼らを尊敬しているが、さて今の状況では? 戦士は私しかいないが、過去の経験から言って、砂丘の強敵の攻撃を一人で食い止める自信はない。回復の専門家は一人だけ。勝てるわけがない。

 案の定、ヒル・リザードにやられて、皆ほうほうのていで南へ逃げ出した。私は何とか一命をとりとめた(学習はしているのだ)。高地で戦うことを私は強弁に主張し、白魔道士がこれに同意した。あえて困難な道に挑むのもいい、などと誰かが言ったが、受け入れる気にはならなかった。我々には奇跡を起こす資格がない。それに、高地だってじゅうぶん危険な場所ではないか……。

 だが、コンシュタットで一戦もしないうちに、私はまた例の失神を起こした。この調子では仲間に迷惑がかかる。無念であったが「体調」の優れぬことを伝えて別れた。私はしばらくおとなしくしていることにした。身体を休め、精神を休めて……すると、ずっとよくなった。危険なのでデムの岩付近にまで下がり、ヒュージ・ワスプ(巨大スズメバチ)を倒したときに、とうとう私はレベル13になった。

殴打 デムの岩前で、ヒュージ・ワスプを相手にする

 強くなった私は調子にのって、再び北へと歩いた。空の色は紅から藍へと静かに変わりつつある。
 オニキス・クゥダフを叩きのめして、敵影がないのを確認し、野道をひき返した。

 それはそこにいた。

 最初は、嫌に大きいマッド・シープだな、くらいにしか思わなかった。だが、隣りに並んだ羊より、ふたまわりはゆうに大きい。背中のこぶは峰のように盛り上がり、陰は黒々として……。
 息を飲んだまさにそのとき、一人のヒュームが南への道をのんびりとたどってきた。

「トレマーー!!」

 私は大声で呼びかけた。冒険者は慌てて、私と同じようにデムの岩側へ走った。大羊はのんびりと草をはんでいる。気づかれたらおしまいだ……考える間もなく冥土へ落とされる。たった数撃で。

 彼は私に礼を言って、静かにその場を離れた。地響きのする様子はない。追いかけて来てはいないようだ。私も不注意に逃げて、強い獣人などに見つからぬよう、周囲にじゅうぶん気を配りながら南への道をたどった。不幸にもとっくに夜中を回り、丑三つの刻をかぞえ、乳色の霧が周囲の紺を覆いつつある。視界が利かないというのはいやなものだ。霧の向こうに何が歩いているのか知れたものではない。

 東の丘まで戻ろうとして立ち止まった。デムの岩の柱の陰に黒い影が浮かんでいる……。ゴーストだ。背筋がひやりとした。気づかれて攻撃でもされたら勝ち目がない。単純なレベル差の問題もあるが、それ以前にこの妖怪には、剣や拳のような物理攻撃が、全くといっていいほど通用しないらしいからだ。

 私は壁に沿って北へ歩いた。安全に身を隠せる場所はないだろうか? そう思いながら前を見て、三たび足がすくんだ。霧の向こうに突然巨大な影が現れた。目の前。トレマー・ラムが高地を徘徊して、いつの間にかこの近辺に戻ってきたらしい……。

 前門の虎と、後門の狼。
 私は夜霧の中に立ちつくした。

 今のところ、どちらにも気づかれてないようなのが幸いだった。早く朝が来ないか、と私はひとり祈った。明るくなっても大羊は消えない。何が変わるわけでもない。それでも一刻も早く、とにかく光が恋しかった。

 冒険者がひとりまた現れて、私の前を通っていこうとする。よりによってトレマー・ラムがいる方角だ。やつが霧の向こうに消えてからしばらく経っていたので、もしかしたら遠くへ駆けていったかもしれないが、念のためこの人に直接話して注意を促した。彼はしばらく立ち止まり、周囲に警戒の目を向けると、城を迂回するように草原の中へと消えていった。私宛てにさわやかな礼の言葉を残して。


 デムの岩の西側のわき腹に、上にのぼる小さな階段があるのを見つけた。逃げる場所が欲しかったこともあるが、大半は好奇心から、階上の様子を見てみることにした。

 階段はすぐに一つの台座に突き当たった。城の中に続く道ではない。台座には巨大な、ホームポイントとはまたかたちの違うクリスタルが、ゆっくりと回転しながら浮かんでいた。

 大いなる力によるものらしい、ということはすぐにわかった。虹色の光を放つそれは、神々しくこそあれ、まがまがしい悪意は感じられなかった。私はそのかけら――デムのゲートクリスタル――を一つ手にとった。何かの役に立つだろうか? それ以前に、この岩は何なのだろう? 誰が、何の目的で、かくも巨大なモニュメントを作り出したのか?
 バス人? 違う。これは、実直的な彼らの手によるものではない。大工房で感じる雄大さは、この神秘的なイメージとはまた別の次元のものだ。


 クリスタルの傍らで、私は休憩をとった。ほどなく霧が去った。朝の光は鈍かった。この高地独特の強い風が、砂埃を巻き上げて、カーテンのような役割を果たしているのだ。粉塵がおさまったとき周囲を見渡した。ゴーストも大羊も姿はなかった。

 私は、自由に旅立てるような強さになるまで、ずっとここにいなければならないのだろうか、とふと思った。目が覚めれば、東の丘で狩りをする。北にも西にも、危険だから行かない。枯れ谷の敵は強い。パシュハウ、グスゲンの敵はもっと強い。そして仲間と組めば、砂丘へ向かうという提案に常におびえなくてはならない。

 そんな窮屈なことがあるものか。ここ以外にも、私の戦える場所はあるはずだ。馴染みの土地で、広大で、手ごろな敵がおり、大羊を気にせずやれるような場所が。コンシュタットに譲らぬ敵がいる場所が。

 心当たりがあった。たった一つ。
 決断に少し時間を要した。

 行くなら、船で大陸を渡る必要がある。冒険者の往来の多いうちに。
 私は北の方角を眺めやり、周囲を確認してから、砂丘の港町に向かって決然と足を踏み出した。
(02.08.10)
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