その231 キルトログ、デルクフの塔で駐在大使を探す(3) デルクフの塔内は彩りに乏しい。床や壁がほんのりと紫がかったり、青みがかったりしているくらいで、無闇に広く、調度品は皆無である。サーメット質の建造物はたいていそうだ。古代人の装飾の概念は、現代の我々のものとは違っていたのだろうか。 扉を抜けても同じような風景だったが、部屋を区切っている意味はあった。人間が転がっていたからである。うつ伏せて、小さな足の裏をこちらに見せている。人形と錯覚しそうだが、間違いなくタルタルだ。やがて彼――男だった――は、私の気配に気づいたのか、ぴょこんと起き上がり、頭をぶんぶんと左右に振った。つむじのくせっ毛が揺れた。 「君は? 私はウィンダス大使、ヘイムジ・ケイムジ」 ここまでのいきさつを話した。私が大使館員であり、使命を帯びて来たことを伝えると、ヘイムジ・ケイムジは感激して、「そうか、申し訳ない!」と私の手を握るのだった。 「着任早々、私のミスでこんなところへ来させてしまった……」 どうやら大使は、私が一人で来たと勘違いしているらしい。面倒なので説明はせずにおいた。 「少々油断をしていたようだ……がつんと後ろからやられて」 彼はおおげさに棍棒を振り下ろすしぐさをする。 「気がついたらここさ。君が来ていてくれなかったら、どうなっていたことか」 大使を捕らえたのは何者だろう、と私は考えた。巨人だろうか、それともゴブリン? タルタルの頭を後ろから殴る、という芸当からして、猫背のゴブリンの方が信憑性はあるが、彼を監禁する理由がよく判らない。大使は全く自由の身である。彼が望めば、ここから魔法であっという間にジュノへ帰れるのだ。 「Kiltrog君。ここは恐ろしい場所だね」 扉の向こうから、巨人の足を擦る音が聞こえた。私たちは慌てて声を落とした。 「モンスターがうろついているのもそうだが、他に何かある……この塔は何だかきな臭いよ……」 それには全く同感である。 大使は腕を組んで唸っていた。決断に迫られているのだ。調査を続けるか、中断して戻るか。やがて、これ以上の深入りはよした方がいいな、と言って、膝を叩いた。わざわざ迎えが来ている、という事態を重く見たのかもしれないし、自分の持病を心配したのかもしれない。 「私は街へ戻る。君も気をつけたまえ」 ジュノで会おう、と言い残し、大使は去ってしまった。残された私はまだ、彼の身に起こったことについて考えていた。 大使館へ出向すると、ヘイムジ・ケイムジに暖かく迎えられた。打ちどころが悪かったら、この人は死んでいたかもしれないのだった。なぜ賊は、ひと思いに殺さなかったのだろう? おそらく、警告のつもりだったのだろう。それ以外に正解はないように思える……だが誰が、何のために? 「改めて、君をジュノ大使館員に任命する!」 大使も秘書も嬉しそうだ。派遣員としては、申し分ないスタートとなったようである。しかし…… 「また君に、仕事を頼むときには、今度のような働きを期待しているよ、Kiltrog君」 出来れば政治に絡まない、面倒でない仕事がよいのだが、それはきっと望み薄だろう。私はこうしてどんどん深みに落ちていくのだ。 (04.02.22) |
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