その254 キルトログ、ベドーへ潜入する(2) 慌しい旅であったので、あまり詳しく調べられなかったが、さすがは獣人の巣窟だけあって、ベドーにはクゥダフの生活様式を窺わせる建築物が散見されたのである。 例えば、ベドーの入り口にあるのがこれである。牙を剥く亀の甲羅から、蜘蛛のように枝が八方に伸びている。どうやらクゥダフ族のシンボルであるようだ。 この印はベドーのいたるところで見られるが、扉の前などに限られていて、生活臭の濃い場所には存在していない。従って、生活に密着した宗教的なオブジェクトではない。形状から考えて、そうした要素はゼロではないにしても、まず戦に関連しているものとみて間違いない。旗印とするのが妥当だろう。
ベドーの施設はほとんどが金属で作られているが、長雨にすっかり腐食してしまっている。段差の上には防護壁が埋められている。一枚のかたち、大きさが不均等で、遠くから見ると、ぎざぎざした獣の牙のように見える。たまたまかもしれないが、こうした形状は、奴らの獣性が発露したもののように思えてならない。 平原を抜けていくとき、粗末な家屋も見かけた。奴らの身長に比べてずいぶん天井が低い。覆いかぶさった皿状の屋根の下に、小さい丸い窓が開いている。クゥダフの住居なのだろうか。それにしては手狭だが、亀だけに横たわって休んだりするのだろうか。
もうひとつ興味を引くものがあった。粗末な牧場に羊たちが群れている。その向こうに、壺のような建物が並んでいて、白い噴煙をしゅうしゅうと噴き出しているのだった。 指を差して、あれは何だろう、と仲間たちに尋ねた。クゥダフの家だろうという自信のなさそうな答が返ってきた。目をこらせば、建物脇に風車のようなものも見える。私の経験からして、あの煙が夕げによるものだとは思えない。バストゥークの蒸気機械に類似していることからみて、工場の煙だと考えてよいのではないか。 クゥダフたちは鈍重そうに見えるが、工業技術には侮れないものがあるのだった。クゥダフの甲羅は生来自前のものではなく、人造の複合鎧である。獣人の貨幣も彼らが鋳造していると聞く。パルブロにそういう場所はなかった。ならばベドーになければならない。きっとあの煙を吐いている建物が鋳物工場なのだろう。 出来るなら中を見たかったが、今回は優先すべき用事があるのだ。我々は先を急いだ。
Kali(カーリー)という一人のミスラに出会った。魔晶石の広間まで一緒に行きたいという。断る理由が何もないので、仲間に加わってもらった。 目指す魔晶石は、洞窟の奥にあるという。そこへ到達するには、沈黙と呪いの装置をもうひとつ突破しなければならない。洞窟の通路は巨大な石の両扉に突き当たる。「しかるべき品物がなければ、奥には入れない」とは、ここから先のことをいうのだ。 しかし私は揃えている。妖光の数珠。漆黒のマチネー。アルドから貰った銀の鈴。 魔法のかかっているらしい扉は、あっけなく開いた。我々は奥に踏み込んだ。 扉の先は、巨大なドーム状の広間になっていた。うす暗い闇に、濃い霧がたちこめている。その向こうに、サーメット質の骨のアーチが浮かび上がった……嗚呼、こんな場所にも古代人の足跡が存在するのか。 紫色の水晶が、地面から突き出ていた。高さは私の身長の倍を越える。ある日地面からにょっきりと生えてきて、四方に枝を伸ばしたような形状である。水晶の表面に黒い泥のようなものがこびりつき、まだら模様を作っている。それによって明滅する紫色の光が、より鮮やかに彩られているのだ。 こんな水晶を持ち運ぶことはとても出来ない! 私は背伸びをして、水晶の頂に手を伸ばし、かけらを拾って帰ろうとする。 水晶に手が触れたとき、異変が起こった。 魔晶石がぱっと一際明るい色を放ったかと思うと、私の脳に思念が、洪水のように流れ込んできたのだ。 鮮やかな映像。音声。感情。 記憶。 私は体験したのだった。魔晶石にまつわる思念を。石に込められた物語の全てを。時を飛び、空間すらも越えて――。 (04.05.09)
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