その255 キルトログ、魔晶石の記憶を見る(1) しっかりした石造りの坑道を、談笑しながら引き返してくる人影がある。三人ともつるはしを抱え、ズボンの膝を土で汚している。ひとりむっすりしているのはガルカである。残りのヒュームはからからと笑い、どら声を坑道内に響かせている。 「オムラン殿、火薬の威力はすさまじいものですな!」 オムランと呼ばれた男が、ヘルメットの顎紐を外しながら頷く。 「おかげで新しい鉱山を得ることが出来た。これでサンドリアにも対抗できるだろう」 ガルカの子供がひとり、彼らを出迎えて、無表情の坑夫のもとへ歩み寄る。ガルカがうやうやしく一礼をする。二人のヒュームはそのまま去ってしまう。子供は彼らの後ろ姿を見つめながら、重々しい口調でガルカに話しかける。 「どうだった、バベン……」 「ラオグリム様」 バベンは頭を垂れた。 「やはりパルブロ鉱山には、クゥダフの神殿がありました……しかし連中は意に介さず……」 ラオグリムと呼ばれた子供が吐息をつく。 「なるほど、そんなこと知ろうともせんか、奴らは」 暗転。 剣が横なぎに一閃した。首をはらわれたクゥダフが倒れた。石畳の床に緑色の血が広がる。髭を生やしたヒュームの戦士が声高に言う。 「何だ何だ、クゥダフどもが大事そうに守っているから、宝物でもあるかと思いきや……」 ガルカの青年が部屋に入ってきた。しゃがみ込んで死体を検分し、傍らの機械に目をやる。ドーム上の表面に開いたくぼみに、1ダースもの卵が差し込まれている。 (雌か……) (やはり、卵を守ろうとして……) 髪の短い女がそれを見ていた。髭の戦士が彼女の肩を叩き、通路へと引き返す。 「コーネリア、さっさと作戦を終わらせちまおうぜ!」 「ちょっと、ウルリッヒ」 女が立ち上がって部屋を出て行く。廊下から「ラオグリム!」と彼女が呼ばわる。ガルカはようやく重い腰を上げて、二人のヒュームの後を追う。子供を守って死んだ獣人を振り返りながら。 暗転。 雪原で戦っているのは、ヒュームとガルカである。分厚い雪が地表のあらゆる物を覆いつくしている。得物をふるう彼らの頭上から、牡丹雪がまた降り落ちて、髪を、肩を白く染める。目下のところ動いているのは彼らのみで、この白銀の世界では、二人とも黒い点のようにしか見えない。 ガルカががっくりと膝をつく。戦意があまりないらしく、ヒュームの攻撃を受け止めることに終始していたが、いよいよ力尽きた格好だ。 「ウルリッヒ……」 戦士が髭面に笑みを浮かべる。ガルカは肩で息をつきながら、彼に向かって話しかける。 「自分が何をしているのか、わかっているのか? ミスリル銃士隊の仲間を、手にかけようとしているんだぞ」 「うるさいな、ラオグリム」 戦士の笑みは止まない。 「前からお前は気に食わなかったんだよ」 目の前の男は本気だ。ガルカはそう察したらしい。ウルリッヒが得物を振りかざす。ラオグリムが全身に力を込める。 剣を突き出すのが少し遅れた。ウルリッヒの心に一抹のためらいが残っていたのか、あるいは、雪の切片が彼の目に飛び込んだか。 彼が串刺しにしたのは、ラオグリムではなかった。 「コーネリア!!」 女が彼らの間に飛び込んだ。ウルリッヒの剣は、彼女の腹部を刺し貫いた。彼はうわあと叫び、剣を取り落とし、雪原の中を走り去ってしまった。 白雪に鮮やかな赤が散った。ラオグリムが彼女を抱きかかえた。剣を引き抜こうとして、ためらい、手を引いた。血がとめどなく流れ出している。コーネリアの全身からは、すでにぐったりと力が抜けている。命の灯が消えようとしていた。 「なぜ助けた……?」 それだけを尋ねた。 コーネリアが力なく笑った。 「あなたは……死んではいけない人だから……」 「俺は……俺が……語り部だからか」 彼女は答えなかった。もう死んでいた。 ラオグリムは、コーネリアの死体を抱きかかえて、号泣した。力任せに雪を蹴飛ばした。 「くそ……くそう! コーネリア! 奴らは……奴らは……」 血の叫びに答える者はない。 果たして「奴ら」とは、クゥダフであったか。それとも。 三たびの暗転。 そして、一条の光。 (04.05.09)
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