その280

キルトログ、肝試しに行く(1)

 
 目の前に大さそりがいた。

 私はわっと驚いて飛びすさった。距離を取って身を構えたが、襲ってくる様子がない。落ち着いて両手を見たなら、てのひらが透けて床面が見えており、インビジの魔法がかかっていることに気づいた。足音もしない。1レベルに落ちてしまった代わりに、モーグリはスニークの魔法もプレゼントしてくれたようだ。

 石畳の大きな広場である。水を湛えた溝が、迷路のように床面を走っている。私が立っているのは広場の中央、正方形の足場である。足場は最も低い位置にあって、溝を横切るように階段がまっすぐ伸びている。さそりは階段の手前にいて、通行の邪魔をしているのだが、私は姿が見えず、足音もしないものだから、問題なく脇をすり抜けることが出来た。廊下まで上がってアーチを潜る。石畳の薄暗い廊下が続いている。

 この空気の冷たく、かび臭い迷宮は何処であろう。手元の地図をめくってみたが、該当する場所がない(注1)。ここがトライマライ水路であることは後に判明する。トライマライはホルトト遺跡地下に存在し、アジド・マルジドが探していた満月の泉に続く伝説の迷宮である。


 こういうこわい場所で、私は迷子になっている。方向音痴に関してはしょっちゅうLeeshaにからかわれているが、今回は何しろ地図がない。Leeshaと連絡を取ることは出来る――パーティを組んでいるし、同じリンクパールをつけているのだから。さいわい彼女のいる方向はだいたい見当がつく(注2)。二人とも遠く離れているのだが、同じ迷宮にいるのだ。何とか合流が出来ないものだろうか。

 モーグリの説明を思い出す。モーグリはゴールポイントとして、迷宮に特別な目印をつけたのだという。ゴールすると特別な品物を貰えるらしいので、互いに迷宮を出た証拠として、それらを二人で交換し、国のモーグリに手渡したらクリアになるらしい。ウィンダスへ帰るお札は既に貰ってある。私たちは何とかして、このだだっ広い迷宮の中から、かすかな目印を探し出さねばならないのである。

 あった、とLeeshaの声がした。彼女は早々とゴールポイントを見つけたらしい。ちなみに彼女の説明によれば、「特別な目印」などとモーグリが言うものの、ポイント自体は何の変哲もない床石に過ぎなかったという。

 水路をさまよううち、インビジやスニークが切れたらどうしようとびくびくしていたが、随分時間が経っても何の変化もない。どうやらゴールするまでは、魔法は半永久的にかかっているようだ。かといって安全かといえばそうでもなく、間違って自分から魔法を解消してしまうこともあるし、冒険者とモンスターとの戦闘場面に出くわした場合、範囲攻撃――特定の範囲内のすべての者を対象とした攻撃――に巻き込まれる可能性もある。何しろレベル1に落ちているのだから、このクラスの戦闘の余波を食らっただけでイチコロだ。高レベルの冒険者の脇を通り抜けるときは、注意しなくてはならない。


格子に行く手を阻まれる

 何とかLeeshaに会えると思って、通路の端まで来たが、無情にも行く手は格子に阻まれていた。格子の向こう側には確かにLeeshaが立っている。しかし手は伸ばせても寄り添うことは出来ぬ。モーグリに弄ばれている気がした。どんなに努力しても、私たちはこの迷宮で出会うことはないのではないかと。

 そういうやるせなさを振り払ったのはLeeshaだった。右だ左だと私を誘導し、大きく回り道をして、遂に同じ廊下、同じ場所に立つことが出来た。Leeshaはのんびりしていて、マイペースな性格のように思えるけれども、私なんぞよりよほどしっかりしていることを、今さらのように実感するのだった。ああこの娘には私は敵わないなあと。単に私が全然実際家でないというのもあろうけれども。

 Leeshaが私を連れてきた場所は、長い長い一本道の水路の途中で、膝までの水の下にゴールポイントがあった。なるほど確かにただの床石に過ぎない。こんなのが初見でわかるはずもない。

 二人でそこへタッチすると、水の下からざばーと音を立てて何かが持ち上がった。私たちは驚いて一歩引いた。水面から顔を出したのは、枕ぐらいの大きさをした生き物で、全身に白い毛が生えており、小さな翼でぱたぱたと宙に浮き上がった。「う〜ら〜め〜し〜や〜」

 私たちはその滑稽な生き物と目を合わせた。「何で怖がらないクポ?」とモーグリは言って、細い目をぱちぱちさせた。果たして彼が七代たたって化けて出ても、悲鳴を上げて逃げ出す者がいるかどうか、非常に怪しいものがある。

 どうやらこのモーグリは、国にいたのとは違う人物のようだ。自分の驚かしの不発に、ぶつぶつと文句を言い通し、鞄からふたつの包みを取り出して、私とLeeshaに手渡した。「これはおまけクポ」と言って遣すのは、一枚の布切れである。広げてみたら画布であった。「パートナーのびっくりした顔クポ!」とモーグリは言う。いつの間に描いたのか知らないが、確かにそれはLeeshaの驚いた顔で、なかなかの力作であった。どうにも力作すぎて、他人に見せられないような迫力ではあるけれども。

 私はそれをこっそり背嚢にしまった。隣を見ると、Leeshaも同じことをしていた。彼女の画布には、きっと私のみっともない表情が、鮮明に描かれているのだろう。


注1
「消えているのに地図が見えるとはおかしな話だが、そこはそれ、魔法の地図であるから……」
(Kiltrog談)

注2
 その場所の地図を持っていないと、ウィンドウを開いても「地図がありません」と表示されますが、パーティと自分との位置はわかるので、仲間とどのくらい離れているか知ることが出来ます。
 また、<pos>という代名詞コマンドを会話中に使えば、自分のいる座標がわかります。「いま<pos>にいるよ」などと打ち込むと、「いまJ-2にいるよ」などと自動的に変換されて出ます。ゲーム上で地図を持っていないときでもこれは有効なので、手元に攻略本の地図等が用意されている場合、たいへん便利です。裏技に近い使い方かもしれませんが。

注3
 肝試しのゴールポイントは、通常のチェックポイントと同じ、単にカーソルのヒットする場所というだけなので、ただ見ただけではわかりません。

(04.08.03)
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