その293 キルトログ、限界を越える すべての人類の前に、老いは共通の壁として立ちはだかる。長寿のガルカとて例外ではない。しかしながら、自然の流れに抵抗しようとする者がいる。肉体を鍛えて機能の衰えを防ぎ、老いのもう一つの側面――経験の蓄積――を、新しい武器に変えようとする。天地の目から見て、それがちっぽけな悪あがきに過ぎないとしても、老いを以てただ弱ることを潔しとしない、積極的な思考には、全くもって感服せざるを得ない。 私感だが、そういう人物は、とりわけヒュームに多いような気がする。バストゥークの健康老人がそうであった。彼は骨くずを傍らに置いて、死と隣り合わせの生活を望んだのだ。老いに飲まれぬ強い意志を鍛えるために。 ジュノ大公邸のマートも、同じ人種なのだろう。
大公邸奥の中庭を訪れたとき、軽快にステップを踏む、白髭の老人に会った。彼は私を見ると、瞳を細めて、ほっほっと笑った。 「それなりにできるようだの……だがまだまだじゃ。 ここの連中にとってみれば、お前さんなんぞ屁でもなかろうて。のう?」 ここというのは、大公邸か。それともジュノ全体のことか。 「わしが手取り足取り教えてやったのじゃ。いわゆる師範というやつだな。よかったらお前さんにも教えてやるぞ」 彼の弟子になったら、彼と同じ水色のチョッキを着て、ほっほっと身体を動かさねばならないのだろうか。ずいぶん滑稽な光景だろうなと、私は陰鬱になった。 「なあに、特別なことを教えるわけじゃない……普通に鍛えていたのでは限界があるでの。それをあんた自身が越えるんじゃよ。 ひとつの試練に挑戦してもらう。嫌ならやらんでもいいが」 ぜひお願いしますと私は言った。 「よろしい、次に言うものを揃えてくるがいい。古代魔法のパピルス、エクソレイの粘菌、ボムの炭。 かなりきついと思うがの。お前さんの腕を見せておくれ」 老人はマートと名乗った。私は大公邸を立ち去った。 数日たって、私はまたマートに会いに行った。 ご存じの通り、彼が挙げた品物は、私は既に手に入れていたわけだが、まさか宿題を出されたその側から、終わっていますなどとは言えぬ。品物は買ったのではない。友達の力は借りているが、まぎれもなく現地へ行って入手したものである。従ってマートの出す条件は満たしている。満たしているなら胸を張ってよさそうなものだが、間違っても金出して集めやがったなどと勘違いされたくないのである(注1)。 私が品物を渡すと、老人は莞爾と笑って、「これで、お前さんは限界をひとつ越えたな!」と言った。それっきりであった。能力を強化させる魔法も、薬も、アイテムもない。彼にそう告げられる前の私と、何が変わっているとも思えない。 限界とは何なのだろうか。私自身の中にある壁と解釈していたが、それは自身の鍛錬により、初めて越えられるものではないか。私がマートに不満をぶつけると、「そのうちわかるじゃろ」という答えが返ってきた。彼はそれっきり、あの軽快なステップの世界に戻ってしまった。 私は中庭を辞した。とりあえず戦ってみろ、と老人はいう。これで50レベルを越えられるなら詐欺のようなものだ。正直なところ、私はマートの師範ぶりには、大いに疑問を残したのだった。 注1 三つの品物は競売所では買えません。 (04.09.28)
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||