その294 キルトログ、ゴブリンの都市を訪れる(1)
ゴブリンの都市が見つかったという報告が、ヴァナ・ディール中を駆け抜けた。これは二つの意味で衝撃だった。集団生活を好まないと信じられていたゴブリンが、都市を築いていた! 以上の事実によって、文化獣人学の常識はあっさり覆されてしまった。また、学問上のややこしい話を、象牙の塔の学者に任せている者たちも、そういう大規模な都市が、自分たちが知り尽くしたと信じてやまなかった、身近な土地に隠れていたことに驚いた。ムバルポロスは、グスタベルグの穴の中で見つかったのである。 おりしも世界は再び広がりを見せていた。先日にも、名前は調べていないが、著名な探検家がコルシュシュを踏破し、アットワ地溝と呼ばれる土地への抜け道を開拓した。ウィンダスの猟師ギルドは、ブブリム半島の西南・ビビキー湾の漁業権を獲得、新しい観光地として、大々的な宣伝を始めていた。 ところで、ゴブリンの都市などと聞いて、私が興奮せぬ筈はない。モブリンという亜種が、どのような姿をし、どのような文化を持っているのか、考えただけでも脳内麻薬が踊る。人外境のバルドニアならいざ知らず、グスタベルグなら、気軽に足を運べる場所である。もっとも、中が安全ならの話だが! ジュノでParsifalに会った。赤獅子騎士団の一員で、結婚式にも来てもらったことがある。友達とムバルポロスに行くのですよ、と彼は話した。私は妻を連れて、新しい土地のどこかへ旅しようと考えていたが、もろもろの話を聞いて、是が非でもムバルポロスに行きたくなった。「それでは、ごきげんよう」と手を振って別れた。Parsifalとは、Leeshaの買い物と着替えを待っている間、バストゥークの門前でもすれ違うことになる。 おりしも現地にはRagnarokがいて、一足先に新世界を味わっているようだった。彼はグスタベルグまで出て、私たちを出迎えてくれた。なるほど北グスタベルグ東端の壁に、大きな穴が開いている。その手前には冒険者が群れていて、自分たちが知らなかった世界の入り口を、もの珍しそうに覗き見ているのだった。
我々は洞窟へ足を踏み入れた。 周囲は暗かった。足元でばん、ばんと、固い板を踏んだときの音がする。それは時おりカツン、カツンという金属音に変わった。ムバルポロスは移動都市である。モブリンは増築を繰り返しながら地底を動く。従って通路も急増であり、弱い部分に、つぎはぎのように鉄板が重ねられている。建築美学の点ではでたらめな代物だ。もっともモブリンは暗黒の世界にいたのだから、見てくれを気にする必要はなかったのかもしれないが。 通路は空中を通っていた。下を覗いて血の気が引いた。柱の根本が奈落の底へ消えている。モブリンははるか底の地面に基礎を築き、とんでもなく高い位置まで通路を組み上げたのだ。その通路であるが、足場が複雑に入り組んだ立体構造である。ここからだと、全貌とは言わぬまでも、おおよその通路は見渡せる。しかしながらあんまりごちゃごちゃとしているので、見当をつけた廊下へと進むのに、いったいどこをどう通ったらいいのかさっぱりわからない。この土地では、Ragnarokに一日の長があるわけだが、彼によれば、ムバルポロスの地図が売られているという話は聞いていない、おそらく宝箱の中から入手できるのだろう、とのことだった。要するに地図はないのだ。Ragnarokも持っていない。ただここで狩りを繰り返したので、経験上何となく道は頭に入ったとのことだった。そこで私たちは、彼に先頭に立ってもらって、ゴブリンの都市を案内して貰うことにした。
ムバルポロスにはゴブリンも幾種か出現するが、やはり本来の敵はモブリンで、Ragnarokも奴らを重点的に狩っていたのだという。ここはマウラやセルビナのような、統治の効いた街ではない。稀にであるが、通路を通っている獣人で、冒険者に襲いかかってくるのがある。実力では問題ない。私一人ならまだしも、LeeshaとRagnarokがいれば、万が一にも遅れを取ることはない。実はその手の心配は杞憂で、ムバルポロスにはぎっしりと冒険者が群れており、獣人が出現しようものなら、たちまち彼らによってなますにされてしまうのだ。 このようにゴブリンの都市が混んでいるのは、モブリンの落とす道具がもたらす経済効果のためだった。競売所で恐ろしく高く売れるのだ。そこで彼らは先鞭をつけて、この「金脈」に群がったのである。Ragnarokも実はその一人で、ここ数日ゴブリンの都市に篭りきり、20万ギル近くを稼いだという。私とLeeshaはぐうと言った。なるほどそれでは、冒険者が集まるのも無理はない。そのうちに商品が過剰になり、市場の値は安定するだろう。ゴールド・ラッシュは短期間で終わると思うが、この都市の殺伐とした空気は、何も建国主の獣人に起因するものでなかったわけだ。
階段の下にモブリンを見つけた。基本的な体型はゴブリンと大差ない。が、黄色い具足を身につけており、その表面は、筋肉を表すように不自然な波の打ち方をしていた。かぶとの覗き穴は細く、横に長いため、何だか眠そうに見える。ゴブリンの外見はユーモラスである。一方モブリンの外見は、さながら、誰かに残酷な悪戯でも施されたかのようだ。 「ハラハラ〜〜! ム〜バルポロォスのォい〜モブリ〜」 モブリンは、弦をかきむしるような声で喋った。共通語が苦手らしい。生理的な問題もあろうが、人間社会と関係が出来て日が浅いので、まだ十分こなれていないのだと思われる。 (04.09.28)
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