その321 キルトログ、海賊と戦う ウィンダスからバストゥークを行き来していた昔、私は常連の船客だったが、最近の利用は飛空挺ばかりで、長い船旅に身を休めることもない。マウラやセルビナからも、自然と足が遠ざかってしまった。 ブブリム半島南端の港町・マウラには、私が懇意にしている料理人がいる。ライチャードというヒュームの若者なのだが、彼の依頼により、料理の素材を何度か集めたことがあった。今回同地を訪れたのは、彼の顔を久しぶりに見たかったからである。したがって、用事を頼まれたのは全く思いがけないことだった。セルビナに住むヴァルゲールという人に、自分の料理を届けてほしいというのである。 いつもなら、魔法やチョコボで飛んでいく。しかしながら行き先はセルビナだし、潮風に吹かれるのも乙だと思ったから、船が来るのを待つことにした。 乗り場の出口脇で、海を見つめる中年の婦人がいる。 「夫の帰りを待っているのですよ」とは彼女、ブランディーネ。そういえば、以前も彼女と話をして、同じ返答をもらっていたのだ。ということは、彼女はずっとここで待っていることになる。夫は船乗りというが、セルビナから戻るのにそう時間がかかるものではない。いったいどこまで遠出していったものだろう。 その答えはすぐ得られた。乗り場の奥で、彼女の夫について、話している船乗りがあったからである。 「海賊に襲われちまったんだよ」と彼。 「無事で済むわけはない。帰る見込みはないと思うぜ」 船が出るまでには、幸いまだ時間があった。係員を押しのけて通り、私は町へ戻った。 「私は船乗りの妻ですもの。待つことには慣れています」 乗り場で聞いた話をやんわりと伝えたが、思いのほかぴしゃりと拒絶された。どう言おうかと考えていたとき、「お母さん!」と声がして、若い女が駆け寄ってくるのが見えた。 「いいかげんにしてよ……お父さんはもういないんだから!」 「何を言っているの、おまえ」 ブランディーヌは沖を指差した。汽船の黒い巨体が、ゆっくりと湾に滑り込んできた。 「お父さんは、事情があって、帰りが遅れているのですよ。きっとそうよ。もしかしたら、あの船にいるのかもしれないわ。ほらセレスティーナ、おまえもお父さんをお迎えするのよ。きっと喜ぶに違いないから」 知らない、と言い捨てて、女は去っていった。階段を駆け上がり、彫金ギルドのドアの向こうに消える。 私は彼女の後を追った。 セレスティーナは、涙を拭いながら、両親のことを話した。父親は海賊に襲われて、行方が知れない。にもかかわらず、母親は立ちんぼうで彼を待っている。もう一年になるのだが、何度言い聞かせてもやめず、朝になっては乗り場へ出て行って、沖を眺めているのだという。 「母も本当は、わかっていると思うんです。でも諦めきれない。その気持ちはわかります。私も気持ちのどこかで、父の無事を信じていますから……。 でもこんなことを、いつまでも続けているわけにはいきません。以前、船乗りの人が教えてくれました。父がつけていたお守り……珍しい砂の護符を、海賊が身につけていたと。 お願いします。無茶を承知の上で言いますが……これを何とか手に入れていただけたら……母も納得すると思うんです。このままでは……」 嗚咽を漏らす彼女を残して、私はギルドを出た。港でLeeshaが手を振っている。私は急いで階段を駆け下り、セルビナ行きの船に何とか滑り込んだ。 Leeshaが甲板で釣りを楽しんでいる。船には巨大な蛸の出ることがあるそうだが、天気晴朗、波も風もおだやかであり、いたってのどかな船の旅である。 釣り糸を垂れながら、私はおや、と沖に目をこらした。 水平線に黒い点が見えたかと思うと、ぐんぐん大きくなっていく。船である。ぴたりと横につけ、並走してくる。嫌な予感は現実となった。魔道士らしき人物が甲板に並び、呪文を唱えているのを見たのだ。何ということだ、海賊が定期船を襲撃してきたのである!
腰に下げた2本の斧を抜き、私は咆哮をあげた。予想にたがえて、海賊は直接乗り込んで来ることはない。魔法で妖怪を呼び出して襲撃させるのである。甲板に剣や鎌を持った骸骨が群れる。私は手当たり次第に斧を打ち込んだ。骨くずが飛び散る。しゃれこうべが音を立てて崩れる。一体が倒れても、また次のがいる。その数はとどまることを知らない。 だがそのうち、決死の応戦が効いたのか、海賊船が航路を外れ出した。驚くべき船足で沖に消えていく。撃退した、撃退したとLeeshaがはしゃぐ。だがこちらには死人も出た。若いエルヴァーンの青年が、甲板に転がっている。勇気を出して、大陸を渡るところだったのだろう。Leeshaはレイズをかけて彼を助けてやっていた。 骨くずを片付けながら、私は見慣れぬ首飾りを拾い上げた。骸骨が落としたものらしい。もしやと思ってポケットに入れる。船長が震える声で、セルビナが見えて来ましたよ、と告げた。 ライチャードの用事であるが、芳しいものではなかった。黒髭のヴァルゲールは、彼の料理を口にするなり、こんなものは人が食べるものじゃない、と文字通りに吐き棄てた。私はそれを正直に依頼主に告げるつもりである。 とはいえ、確かに収穫はあった。 マウラへ戻り、セレスティーナのところへ護符を持っていくと、彼女はそれをかき抱いて、つつと涙を流した。彫金ギルドの扉が開いて、彼女の母親が入ってきた。 「ああ……おまえ」と娘を指差す。 「どこでその護符を……お父さんが肌身離さず、持っていたはずのもの……」 「海賊が身につけていたのよ」とセレスティーナ。 「目を覚ましてお母さん。護符はここにある。お父さんがもう、戻って来ることはないのよ」 ブランディーネは、雷に打たれたように身を震わせた。青白い顔を手で覆い、髪をかきむしった。「そ、そんなことは……」ふらふらと椅子に腰を落とす。 「そんなことは……わかっていたのよ! でも私は待ちたかったの。私にできるのはそれだけ……船乗りの妻として、私はずっとそうして来たんだもの。 だからおまえ、おまえには、その夢を破らないでほしかった! 待つ苦しみなんか、もう二度と待てない辛さに比べれば! ああ!」 「嘘には逃げ込めないわ」 セレスティーナは静かに言った。 「私も信じたい。父さんはきっとどこかで生きてる。きっと元気にしてるって。それは嘘じゃないはずよ。希望を持つことですもの。 でも今のお母さんは、そうじゃない。だから私は、この人に頼んだの。嘘と決別するために、護符を持ってきて下さいって」 母は泣いた。椅子にうつ伏し、夫と娘の名前を、何度も何度も呼んだ。「そう……そうだね」と呟く。 「お前の言う通りよ……あの人が……悲しむ」 「お母さん」 「二人で笑って迎えようよ、ね?」 「そうよ……そうよ……父さんのために」 「そうだよ……いつも話してあげたろう。あの人はね、運がよかったもの。おまえの言うとおり。護符なんかなくなって、きっとどこかで生きているの。帰ってこなくなって、生きているはずなのよ」 「ああ、お母さん」 母娘は抱き合い、涙声を漏らした。そっと扉を開け、私は退出した。世の中には、時間でしか解決できない問題がある。だがそれは、必ず時間で解決できることでもあるのだ。 この日から、ブランディーネの姿を見なくなった、とは聞かない。やはり彼女は港にいる。ただし悲しみの色はなく、顔には笑みを讃えている。 「海で働く、すべての人に祈りたいんです」と彼女。 「どうか無事でありますように……元気で帰ってくること、それが家族の一番の願いなのだから……」 彼女はついに、待つ以外の幸せを手に入れたのだ。 (05.02.13)
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